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臆病者の上手な慣らし方  作者: 田山
入門編
5/8

04 ハリネズミ姫のお留守番

「テオドール、明日からしばらくの間城に出て宮中の仕事をするつもりだ。お前もついてきなさい」


 朝食の時間、それまで話していたツェツィーリアの話を折って唐突にジグムントがそう告げたので、テオは驚いて食事の手を止めた。テオはなんと返したものかと思案していたが、すぐに返事をしなかったテオの代わりにツェツィーリアが答えた。


「そういえば、そろそろ南方の宮殿で集会が執り行われると告知がありましたわね。気を付けていってらっしゃいね。テオ、あなた」


 ツェツィーリアは自身の話の腰を折られたにも関わらず、それを気にとめた様子はない。おっとりとした笑顔で横に座るテオへ微笑みかけられ、テオは無理やり愛想笑いを返さなければならなかった。


 テオがイーゲル家の屋敷へ来てすでに1ヶ月ほどが経った。屋敷にいてもする仕事がなくなってきてしまっていたのも確かだ。

 現在テオの直轄の領地であるシュタインフェルト男爵領は、両親に仕えていた官吏とジグムントが後見人として代理統治している。そのため、採決が必要なものはイーゲル家へ、つまりジグムントに回ってくる。それをテオは横で盗み見て学んでいる最中なのだが、まだ一人前とは言い難いテオだけでできる仕事は少ない。

 実務経験を積むためにも、テオはどうしてもジグムントの後ろをついていかざるを得ないのだった。

 宮中では宰相を勤めるジグムントの屋敷は、現在王が構えている城からも比較的近い位置にある。だが、それでも馬車で1日程度の移動が必要であるため、長期で滞在するならば泊まり掛けになることが多かった。

 今回の出仕でジグムントは宮廷で年に数度開かれる貴族集会の前準備を整えなくてはならない。根回しや交渉の類いも予想されるため、数週間は滞在する予定だった。

 とはいえこれは宰相であるジグムントの予定である。文官見習いのテオはジグムントの後ろに付き従い仕事内容を学ぶことが主な仕事であった。

 すっかり仕事は二の次でフローラとの関係ばかりに注視してしまっていたが、こればかりは無視出来ない。もともとテオは文官として研鑽のためにイーゲル家へやってきた。なかば脊髄反射でテオは「承知いたしました」とジグムントへ簡潔に返答した。


 それからしばらく続いていた仕事の話が一息つき、あらためて食事を口に運ぼうとしたテオは、そこでフローラがちらりとこちらを見た気がした。しかし、視線を感じても食事の席では、彼女の様子は横目でチラリとしか確認することはできない。そのため本当にフローラから視線を受けていたのかどうかは判然としないまま食事の時間は過ぎていく。

 彼女と出会い、イーゲル家に逗留し始めて1ヶ月が経った。それにも関わらず二人の席順は変わっていないのだ。あまりの手応えのなさにテオも疲れを感じてきていた。

 空いた時間は相変わらずフローラと過ごしていたが、少し離れて気を紛らわしてもいいかもしれない、とテオは思った。


 あっという間に時は過ぎ、ジグムントとテオが王の滞在する城へと出発する日がきた。出立の準備を終えた二人と挨拶を交わすため、フローラとツェツィーリアが玄関ホールへ見送りに出てきていた。


「あぁ、テオ!道中はくれぐれも気を付けてね。ジグムントがいれば大丈夫でしょうが、ちゃんとお渡ししたお守りは持っていって。絶対よ」

 

 ツェツィーリアが大袈裟に嘆いてテオを抱き締めたので、テオは彼女から香る香油の香りにクラクラした。抱きしめたついでとばかりにツェツィーリアにお守りの刺繍付きハンカチを無理やり掌に押し付けられる。まるで母親のようなその姿にテオは困惑するも温かい気持ちになった。

 フローラは相変わらず五歩以内の距離は保っているものの、もじもじと手を擦り合わせて落ち着かない様子だった。俯いていて顔が見えない。

 前に垂れる白髪が窓から注ぐ太陽の光でキラキラと反射している。


「フロレンツィア嬢、しばらくの間留守にするが……その、なんだ。体調には気を付けてくれ」


「…………お気をつけて」


 ぽつりと小声で呟かれたのでテオは驚いた。少しは寂しく思ってくれていることに感動し、心の中でぐっと拳を握った。


 行きの馬車の中で、テオはジグムントから根掘り葉掘り聞かれそうな雰囲気を感じ取った。なるべく会話が続かないよう、短く返答をするばかりだったからジグムントが怒っていないかテオは不安になった。居心地が悪くもぞもぞと座り直しながら極力窓の外を見ていたが、ついに話しかけられてしまった。


「どうだテオ、フローラとは仲良くやっているのか」


 ジグムントの表情を仰ぎ見ると満面の笑みである。なぜそんなに機嫌がいいのだろうか。怒られているのではないかとこちらは心配していたというのに。テオは『逆に怖い』と恐れ慄きながらおそるおそる返答した。


「……どうなのでしょうか。()()距離は縮まっていませんのでなんとも……」


「このところフローラは倒れていないだろう。善きかな善きかな」


 そう言ったジグムントはこの頃のフローラの様子からとても上機嫌のようで、丸く出っ張った腹をさすっては時々ポンと叩いていた。その様子を見たテオは安堵で詰めていた息をそっと吐いた。

 執事のセバスティアンによれば、フローラがここまで親密に近寄れるのは乳母以来のことらしい。乳母のカタリナと同じ土俵に立てるようになったことをテオは素直に喜んだ。初めはカタリナのようになれるなど到底思えなかったから、テオは過去の自分の努力に拍る手を送りたかった。

 特に朝の出立で玄関へ見送りに来てくれたこと、そして身を案じる言葉を貰ったことが本当に嬉しかった。

 馬車で時折思い出してはにやけそうになるテオを様子を見たジグムントから、盛大にからかわれるのも無理はなかった。


 馬車を走らせて半日ほどでジグムントとお付きのテオは王の滞在する城へ到着した。ここは小さな山間の湖のほとりに建っている城塞で、規模は小さいが城下町は貿易の要衝都市として栄えている。城からは少し距離があるが、街道沿いにある広場には四日市が立っているようだ。馬車の窓越しで遠目に見た範囲でも、広場はたくさんの屋台で埋め尽くされ人々が集まっているのが見えた。

 入口を抜けると馬車の乗り入れは禁止されている。案内に出てきた宮仕の侍従と合流したジグムントとテオは、イーゲル家の馬車を返してゆるやかな丘を登った。

 

「ジグムント様、お待ちしておりました」

 

 掃除夫と洗濯女がやいのやいのと仕事をしているのを横目に到着した城の入口には、王の筆頭侍従が待っていた。

 軽い挨拶の後そのままジグムントの使用する謁見室横の執務室へ通された2人は、少しの休憩をしてからさっそく仕事を始めたのだった。

 

 テオはジグムントから一通り滞在中に必要な仕事のレクチャーを受けたあと、中庭へ行くように指示された。

 なぜだろうと不思議に思ったテオだったが、中庭にはテオのように若年で見習いの令息達が集まっていたので合点がいった。

 一部は修道院から派遣された見習いのようで、一様に黒い衣を纏っている。衣服の特徴を見るに湖畔の反対側に建つ修道会の者のようだ。ジグムントは『そこで人脈を作って来い』といっているのだろう。

 テオがざっと見渡すと、知った顔を見つけた。テオはジグムントの後見を受ける前、両親が亡くなって直後の一瞬だけ一人で仕事をしていたことがあったのだが、その頃からの友人だ。彼に声をかければ他の人へも繋がりを得られるかもしれない。テオは彼の元へ駆け寄った。

 

「やあ、アルバン。久しぶりだな」

 

 彼の名前はアルバン・バルーテル。テオより5歳年上の好青年だ。テオの領地からほど近いところにあるバルーテル領の首都ヴィスマルは海沿いの交易が盛んな都市である。新しい交易のルートを開拓するためにテオに声がかかったのが出会いのきっかけだった。

 彼は爽やかなプラチナブロンドに透き通った碧眼を持ち、性格も穏やかで実直な人物なのだが、にもかかわらず未だ婚約者がいない。そのため、狩り大会が開かれる度にご令嬢方から熱視線が注がれていた。


「おう、テオドールじゃないか。この頃はイーゲル卿のところにいるらしいな。調子はどうだ?」

 

 相変わらず爽やかな笑顔にテオは眩しさを覚えて思わず目を眇めた。

 

「ジグムント様のもとで必死に仕事を覚えているところだ。まだやれることがそう多くないから、屋敷でフローラ様と話す時間の方が長いくらいだが……」


「お前のところは色々あったからな、落ち着いてなによりだ。ところで新しい婚約者のイーゲル家のご令嬢といえば美しいと評判じゃないか。もう愛称で呼び合うなんて生真面目なテオも隅に置けないな。まだ婚約者もいない私に惚気話は刺激が強すぎるからほどほどにしてくれよ?」


「何の話だ。厳密には彼女はまだ俺の婚約者ではないし……たしかに可憐な方ではあるが……い、いや、アルバン、何だその顔は。ニヤニヤするな!」


「なんだなんだ、さては結構気に入っているな?せっかくだから深窓のご令嬢がどんな方なのか教えてくれよ」


 アルバンからのからかいを必死に避けようとしていると、横から修道士見習いの一人が話しかけてきた。

 

「面白い話をしているな。ここには戒律で女人禁制の人間もいるんだ。女不足で悲しい男のために、ぜひ私にもその話を聞かせて貰いたいな」


 声をかけて来たのはヨナスと名乗る修道士の見習いだった。長い黒髪を軽く結っており、切れ長の目元は鋭く涼しげだ。笑顔が柔和なので全体としては優しげな印象である。

 清廉な雰囲気で生臭坊主であるような様子はなかったが、随分俗気なことを言う。在俗に戻る予定でもあるのだろうか?高位貴族の中では親兄弟が流行り病などで亡くなって、修道士になっていた親族が出家から戻される話も聞くから、その可能性を揶揄しているのかもしれない。

 黒髪といえは東方の公爵家当主がそうである。遠縁もあり得るが、話しぶりから教養を感じるので少なくとも繋がりを持って損はない相手だろう。

 アルバンのせいで砕けた調子で話してしまっていたが、テオは頭をすっかり仕事モードに切り替えた。

 フローラの話はそこそこに、話題はこの頃の教会側の政治動向へと移り変わる。


「教会は異教徒対策でわざわざ集会を東でやるらしいと聞いたが、修道士達に告知は来ているか?」


 テオがそうヨナスに尋ねると、それまで静かに聞いていたアルバンが軽口を叩いた。


「なんだ、そうなのか?南の教会の問題の方で手一杯だろうに」


「はは、違いない。修道院長からは、今度の大規模な聖地巡礼に伴う集会だと聞いているよ」


 ヨナスはアルバンに軽く笑いかけると、テオにそう答えてくれた。本当にヨナスの言う通りなのだとすると、東の集会は次回の十字軍にも関係しているようだ。教会騎士団の動きも注視しておいた方が良さそうだから、ジグムント様にも報告すべきか……そんなことを思案していると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「テオドール様〜!」

 

 声の方へ目をやると、イーゲル家の侍従が城内の丘を駆け登ってきているのが見える。わざわざ馬に乗っていて、よほど急ぎの用事だろうか。そんな様子である。

 ゼェハァと息を切らした侍従が馬から降りて全速力で駆け寄ってきたので、テオは少し二人と離れて話を聞くことにした。


「ジグムント様はまだ執務室だ。呼んでくることは出来るが……」


「ぜぇ……いぇ、旦那様には後でご報告いたしますが……はぁ、はぁ、あの、お嬢様が倒れられまして……!」


「なにっ!?倒れただって!?」


 テオは両目を見開いて思わず侍従の襟元を掴んだ。一体、なにがあったというのだろう。テオはイーゲル家の事情を知らないアルバンとヨナスに聞かれないよう、先程よりさらに距離を取ってから侍従に続きを急かした。

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