魔王と人間軍師への推薦
これ以上は人間軍師はレーヴァテインの呪いの力に関しては何も知らなさそうなので、魔王はこの場の戦況を人間軍師から確かめることにする。
「それで、戦況は?」
「あぁ、戦況ですかい。見たとおり有利ですよ。実は相手の部隊に内通者がいましてね。それで嘘の作戦を流すようにして、敵部隊の指揮系統を混乱させました。それからこちらに有利な地形に誘導させて、何とか敵の副指揮官を捕らえましたわ。そして忠告し、丁寧に敵部隊へと返還しましたよ」
「忠告?」
「こちらにはもう少しで魔王直属の援軍が来る。だから兵を連れて逃げるがいい、と。それで指揮官と一悶着あったんでしょうね。副官は素直に逃走、指揮官は残って戦闘。おかげで相手の統率は乱れて、完全に烏合の集と化してますさ」
そう言って人間軍師は嫌らしさたっぷりにニヤリとほくそ笑んだ。
まさに小悪党らしい笑顔だ。
話方そのものは馬鹿らしいが、決して魔物にとってはその不真面目さは嫌いな調子ではない。
それに対して、魔王は人間軍師の調子に合わせた。
「ほぅ、実に人間らしい嫌味な手法だ。単に相手の指揮官のプライドが高いのか、馬鹿なだけかもしれないがな」
「余程手柄をあげたいのでしょうね。統率すら執れていない時点で自分の底を知るべきなのに。愚かな人間です」
鷲の側近の皮肉な発言に、人間軍師は気味悪い笑い声を発した。
歯を見せて笑い、自虐混じりに発言する。
「ひひひひ、欲深いのが人間ってものさぁ。さぁて、私は更なる策を仕掛けますか」
「連環の計か。確かにこの戦い、兵力だけで言うなら魔物であるこちら側が不利だ。得策だとしても、よく頭が回るものだ」
連環の計とは、圧倒的に不利の状況時に用いるのが一番良い策だ。
いくつもの策を連動させて用いて、勝利を得るのを連環の計と言う。
強力な策だが、その分の手間や条件は圧倒的に厳しく、策を用いる側ですら一筋縄でいかないものだ。
また、魔王が勇者アテナと出会った南の地の戦で用いた策も連環の計にあたる。
「まぁ、今回は内通者がいなければ、成り立たない策ばかりなんですがね。ですが、中身から瓦解させるのは非常に気持ち良いものですからたまりませんよ。自ら破滅していくなんて、滑稽極まりないさぁ」
「ははは、お前は本当に嫌な人間だな。気に入った。俺はこいつを推薦しよう。この戦に勝てば俺の参謀の一人となるがいい。もちろん、参謀になれば特別待遇だ。張り切れ」
突然の気まぐれのような魔王の計らいに、人間軍師は大げさに喜んだ。
大げさな身振り手振りで満面の笑みで声のトーンまであげて、人間軍師はおどけた姿で喜んでいることを魔王に側近たちに見せびらかせた。
「おぉ、なんて魅力的なお言葉!なら頑張りますよぉ!どうせ人里ではお尋ね者の身分ですからねぇ。では、そろそろ行かせて貰いますわ」
「健闘を祈ろう。さぁ側近、次の戦場へ飛ぶぞ」
「はい、魔王様」
鷲の側近は転移で飛ぶ前に人間軍師に使いを残してから、魔王の転移魔法で共に次の戦場へ飛ぶ。
次に飛んだ場所は砂埃がとてつもなく、飛んだ瞬間ではここはどこかと迷うほどに辺りを視認できなかった。
ただ、草が剥げた黄土色の大地に這いつくばっている魔物達の姿を最初に確認できた。
それだけで、どうも魔物側が敗色濃厚なようだと察することができた。
「ふむ、側近よ。昨日は特等席を頼むとは言ったが、何も戦地のど真ん中に用意する必要は無かったのだぞ?」
「すみません、まさかここまで攻め立てられているとは思ってもいませんでした。………魔王様、気をつけてください」
いきなり鷲の側近がそう言うと、一メートルはある巨大な岩が魔王と鷲の側近に向かって二つ飛んでくる。
風を切る早さで、並大抵の魔物を紙のように薄っぺらくして潰してしまいそうな岩だ。
しかし魔王にとっては、指先ほどの大きさの小石が飛んでくるより造作もなく対処できる。
巨大な岩を片手で受け止めてみせて、そのまま飛んできた方向へと手首の動きだけで投げ返してしまう。
そして隣にいた鷲の側近は普段は隠している爪をむき出しにして、大きく爪を立てながらもうひとつの岩を片腕で殴り壊してしまった。
「ほう、また力が強くなったのではないのか?そんな芸当、少し前ならできなかったであろう?ずいぶんと更に鍛えたようだな」
「魔王様に比べたら大したことはありませんよ。それよりこの戦場ですが、投石が激しいですね。ここに居座っていましたら、すぐにまた飛んできますよ」
「構わん。それよりこの戦場にいる魔物どもを救援してやろうではないか。馬鹿だろうが弱かろうが、部下を見捨てる気には俺はならん。頼めるか、側近よ」
「魔王様が望むなら…。では私は負傷者の避難と残りの部隊の撤退の誘導をおこないます。魔王様には、それまで引きつけをお願いできるでしょうか?」
鷲の側近の提案に、魔王は口元を緩めて微笑んでみせる。
そして押し殺したような笑い声をだした。
「っくくく、つまりは俺が囮か。いいだろう!たまに部下には俺の力を見せつけてやらねばな。そして魔王の恐ろしさというものを多くの人間に刻んでやろう」
……そうすれば、きっとアテナは俺にたどり着こうと努力して怠惰することはないはずだ。
ただの傭兵が勇者になれると証明してみせろ。
さぁ楽しませろ、人間どもよ。
俺が魔王だ。
魔王は自分の体の周りに、浮遊する魔法陣を小型ながらいくつも展開させた。
そして片腕を振り上げて、魔力を欠片ながら発動させる。