魔王と半精霊
魔法により飛ばされていく半獣を見上げなら魔王は嘲笑って呟いた。
「口で説明より体感した方が良いだろう?ただの移動魔法だが、半獣にとっては貴重な体験だ。さて、俺は謎の妖精を探すか」
魔王は地面に手を当てた。
すると魔法言語と特殊な模様が描かれた物が地面に円の形となって、あっという間に広がっていった。
その円は数秒足らずで数キロメートルにも広がり、魔王は円形の上にいる者達を感知する。
感知したのは動物だけではなく、風で舞っている葉などと動いている物全てだ。
「とりあえず結界上で移動している物は全て捕らえようか」
魔王が腕で魔法の流れを変えると、円に描かれている模様が変わる。
そして同時に光りの欠片が溢れて空中を舞っていき、光るツタが魔法陣から這い出るように伸び出していく。
すると魔王の近くを飛んでいた鳥が、突然魔法陣から生えた光るツタに絡まれた。
きっと同じように結界内で移動しているのは全て捕まっているはずだ。
「次だ」
次に結界の色が変わり、光るツタは捕らえた物を地面へ引きずりこむ。
そして鳥は地面に衝突する瞬間、魔法陣には不思議な暗闇ができて鳥は中に吸い込まれていった。
一体どこへいって何が起こっているのか、それは魔王以外には分からない。
「さぁ目当ての者はいるか」
物体を吸い込んでいた暗闇が消えると結界は瞬間的に縮まり、魔王の目の前の地面に半径二メートルほどの円だけが残った。
やがてその円の中には暗闇が再び現れる。
それと同時に暗闇は吸い込んだ物を全て吐き出した。
風で舞っていた葉、鳥、走っていた野性の動物に川にいた魚と様々なのが嵐のように荒々しく出てくる。
その中に、葉とは違う緑を見つけた魔王は素早くそれを掴み取った。
それは半獣が言った通り透けた羽を持った少女のような生物だった。
身の丈は一メートルと三十センチ程度しか無く、髪は緑色でセミロング。
体は華奢で一見幼く見え、白く薄い布一枚だけを身に纏っている。
人間との大きな違いは耳が少し大きく、目の瞳孔が異常に開いているぐらいだ。
「ほう、これは驚いた。半獣の次は半精霊か。妖精とエルフの混血とはずいぶん珍しい」
魔王は半精霊を手放して、指を鳴らすと光るツタを生み出されて半精霊を拘束した。
その間は半精霊は抵抗どころか反応もせず、ただ大人しくしていた。
「妖精の特長のせいで齢が分からんが、一体いくつだ?魔法を扱うという事は千年は下らぬはずだ。答えろ」
魔王の質問に半精霊は消え入りそうな声で答えた。
「分からない…。年月も分からないで生きてきたから………」
「なるほどな。なら他に仲間はいるのか?」
「多分、いない……」
あまりにも弱々しい返答だ。
風で吹き飛びそうなほどに覇気はなく、生気や意思も薄弱すぎる。
まるで操り人形みたいで、自分の意思というものが感じられない。
耳を傾けないと聞き逃しすらしてしまいそうだ。
「そうだろうな。魔法を扱える者が産まれなくなったのだ。少なくとも妖精とエルフの純血は九百年ほど前に絶滅している」
「………詳しいことは、分からない」
「しかしそれなら都合が良い。半精霊よ。俺の部下にならないか?」
半精霊は首を人形のようにカクンと下げて傾げた。
一つ一つの小さな動作にすら半精霊の力が無い。
「部下?」
「意味が分からないか?つまりは仲間だ。種族はバラバラだが、魔法を扱える者は俺以外にいなかった。だから、貴様の魔法を重宝したいのだ」
半精霊は少し考えてから小さく首を横に振る。
それから虚ろな目で魔王を見つめて言った。
「でも……、私は貴方のような魔法は使えない」
「他者に付加魔法をかけれるなら十分だ」
「………できない。だって貴方には付加魔法が届かない」
「俺には自分の魔法しか通じないようになっている。それに今は俺の拘束魔法で、あらゆる魔法が使用不可になっているはずだ」
半精霊は目を瞑るが、すぐに開ける。
魔王の言葉通りか、魔法を使った様子は一切見られなかった。
魔法を封じる拘束魔法を発動させたのも魔王でも千年ほど久しぶりだ。
半精霊にも使用不可の効果が表れているか分からなかったが、どうやら発動はできないみたいだ。
「………本当。私にすら付加魔法が届かない。不思議な魔法、なのね」
「魔法というより呪いに近い効力だがな。ところで返事はどうだ?俺の部下になってくれるのか?」
「一つだけ、条件」
半精霊の綺麗な緑色の髪が風で揺れる。
魔王は全く意に介さないが、それは特別な事を言う前兆だったろう。
それには互いに魔王も半精霊本人すらも特別だとは思っていなかった。
「何だ?」
魔王の聞き返しに、半精霊は小さな声ではっきりと答えた。
この時だけは風すら止み、あらゆる物は半精霊の言葉を阻まない。
「私を、死なせないで」
思ったより単純な半精霊の条件に、魔王は一瞬だけ面をくらった。
もっと魔物や人間のような強欲な条件を出すと思っていたのだ。
だから魔王は快く半精霊の条件を受ける。
「守れ、ということか?いいだろう。死なせるつもりなど僅かもない。俺の力と部下達の力で貴様を死なせぬと約束しよう」
「ありがとう」
半妖精は死んだような目のまま表情だけは笑ってみせた。
小柄で綺麗な顔をしているのに、あまり可愛げの無い笑顔だ。
愛想笑いとすら到底呼べはしない。
「では、まずは俺の城へ案内しよう。代わりが効かないからな。特別待遇として部屋も服もくれてやる。そのボロい布切れよりは良いだろう」
「嬉しい……」
本当に言うだけで気持ちが全くないように感じる。
まるで義務的な言い方だった。
さすがの魔王でも本心ではどう思っているか察することができなかった。
「俺に近寄れ」
魔王が光るツタの拘束を消すと、すぐに半精霊は細い足で魔王に歩み寄って足にしがみついた。
半精霊のしがみつく力も歩く力もどこか儚い。
しがみつく必要は無いんだがな、と魔王は思いながら転移魔法を発動させて北の地の魔城へ飛ぶ。
転移した先は北の地の魔城の魔王の寝室だった。
内装は魔王らしい豪華な作りとなっている。
だが薬やよく分からない骨董品も沢山置かれていて、見た目は少し不気味で不思議な部屋となっていた。
「ここは?」
勝手に様々な物を見回しながら半精霊は魔王に訊く。
その質問に魔王はクローゼットに向かいながら答えた。
「俺の部屋だ」
「まさか、貴方と同室…?」
「違う。あと俺の事は魔王と呼んだほうがいいぞ。部下がうるさいだろうからな。さてと、確かクローゼットにお前にも合う服があったはずだ」
そう言って魔法は小さめの鮮やかに黒いローブを取り出した。
所々、金の糸で刺繍がされていて妙な紋様が付いている。
高価そうではあるが、どう見ても現在の魔王のサイズには合わない代物だ。
「俺が昔、着用していた服だ。魔法により劣化はしない。おまけに防護魔法が付いていて、多少の物理攻撃も式術も弾く。更に魔法抜きに見ても単純に服としては異様に丈夫だ。ついでに他にも妙な力付きだ」
「綺麗」
半精霊は魔法のローブを受け取って、まじまじと見ながらそう呟いた。
かなりの上物の生地で作られたから、色映えが非常に良い。
また、ベースとなっている黒色がより金の刺繍を目立たせているから華やかに見える。
「そうか、気に入ってくれたなら幸いだ。後で着替えるといい。次にお前の部屋だ」
魔王は私室から出ると、半精霊と城内を歩きだした。
するといきなり半精霊は小さな手で魔王の手を引っ張るように掴んだ。
「…魔王。お前や貴様、ではなく……、私の事は名前で呼ぶと良いよ………?」
「いきなりどうした。何故だ?」
魔王は理由を訪ねると、半精霊はきょとんとしながら首を傾げた。
なぜ半精霊が疑問に思うのか魔王には分からない。
いや、魔王に限らず誰にも分からないだろう。
「え…?」
「……?ん、あぁ。よく分からないが名前で呼ぼう。その方が分かりやすいからな。それでお前の名前はなんだ?」
当然の流れからの当然の質問に、半精霊は固まってしまう。
それから少しだけ間が空いて半精霊は口を動かした。
「ない…」
「ない?ナイと呼ぶのか?それともまさか…名前がないのか?」
「名前がない…。うぅん、もう忘れちゃった……」
半精霊の答え方に率直に魔王は面倒な奴だと思った。
自ら提案となる発言したのにそれに対しての答えが無いとは恐れ入る。
仕方ないので魔王は即興で適当に半精霊に名前を与えた。
「ならお前は今日からシャルだ。お前の亡き両親である絶滅した種族の妖精とエルフに敬意を表し、美しき者という意味だ。わかったか、シャル」
その言葉に半精霊、シャルは初めて口元を緩めた。
シャルなりの喜びの精一杯の表現だろう。
「シャル……。良い、名前…だね。八十五点ってところかな…」
「悪くはないが、微妙な点数だ」
よく分からない奴だと思いながらも魔王は次の扉を開けた。
そこは人間が扱うような家具が一式揃っていて、一人で過ごすには明らかに広すぎる部屋だ。
魔物の根城のという割には掃除もされていて清潔な空間となっている。
多分人間が見たら驚くのは間違いない。
「ここが半精霊であるお前、シャルの部屋だ。これからはここで過ごすと良いだろう」
「……分かりました。広いお部屋。でも…、お城はもっと広い。私、迷うかもしれない」
「そうか?なら…」
魔王はシャルの新しい住居となる部屋の壁に魔方陣を描いた。
それから紫色の透明な結晶石を懐から取り出して、シャルに手渡す。
「今渡した結晶石に付加魔法を使えばここに転移される。迷ったら使うがいい。ただし結晶石が手元にないと転移はされない。気をつけるんだな」
「ありがとう、魔王。大切に……します」
シャルは嬉しそうな声だけをあげて、かすかに微笑んでみせた。