魔王の感情
時を同じくして、南の魔物の砦では炎帝が目を覚ました所だった。
炎帝がしっかりとした意識を持ったことに気づいた魔王は炎の魔法を解き、確認の意味を含めて声をかけてあげる。
「気分はどうだ、炎帝」
炎帝が炎のコントロールを失っている間は物を燃やすためにベッドではなく、石床の隅へと寝かされていた。
しばらく炎帝は呆然としているかのような遠い目をしていたが、辺りを見渡して自分は砦にいるのだと気づく。
それから重く口を開いた。
「くそっ…記憶が飛んでる…。つまり俺はやられたのか…。ちっ、人間にこうも負けるとは……!情けねぇ…!」
悔しそうに愚痴ると炎帝の炎が一気に強くなり、生命力溢れるものとなる。
炎の様子からして、もう生命に関しては問題ないみたいだ。
わずか一日で瀕死から復帰するとは、魔王のおかげであっても凄まじい回復力だと魔人は感心した。
炎帝は再び周りを見渡しながら、怒声を張り上げた。
「あの女は生きてるのか、焼いてやらねぇと気がおさまらないぞ!はらわたが煮えくり返る!」
「あの女?俺は見たことないが、ルナのことか。悪いが俺がお前を助けに行ったときには、誰一人の姿もなかった」
魔王がそう言うと、炎帝はそこで魔王の存在に気づいたようで、取り乱した調子を落ち着かせようとする。
炎を鎮めていき、砦から出始めていた熱気や熱風が弱くなっていく。
それから炎帝は魔王に挨拶をした。
「魔王様か。よぉ、来てたのか」
「お前のお守りをしにな。全く最高幹部だと言うのに世話をやかせる。……まだ本調子ではないのだろ?もうしばらくはゆっくり休め。二日後には、お前の大好きな戦いを嫌というほどする事になる」
「それは結構な話だがよ、今すぐ俺はここを出てルナって女を探し出したいぜ。この受けた屈辱、万倍にして返してやる」
炎帝の表情は険しくなり、怒りを充分に表しているものだった。
心の内にある怒気が溢れていて、炎の熱度も再び上がっていっている。
そのせいか、魔人は手で扇ぐ仕草をしだしていた。
やれやれと思いながらも、魔王は炎帝をなだめるしかない。
「落ち着け。今のお前が出ても、今度は風前の灯火では済まないぞ。また俺に手間をかけさせるつもりか?」
「そういうつもりじゃあねえ。ただ許せねぇだけだ」
「………少しは冷静に物事を考えてくれるようになったのかと思ったのだがな」
魔王が魔人と炎帝を組ませたのは、炎帝がもっと冷静に周りを見る力を知って欲しいことでもあった。
しかし炎帝に限った話ではないが、やはり目先と自分のことしか考えない。
良いとこでもあるが、悪いところでもある。
魔王はとにかく炎帝が勝手な行動しないように忠告をしようとした時、力強く砦の窓が外から叩かれた。
そのことにより司令室にいる全員が窓に注視する。
そして鳥族の魔物が窓を叩いた事に気づいて、魔人がゆっくりながらも窓を開けた。
それから慌ただしく羽ばたいている鳥族の魔物は魔人と会話をして、すぐに空の彼方へと飛び去ってしまう。
一体何を話していたのかと問う前に、魔人は会話の内容を口にした。
「悲報…って言えばいいんですかねぇ。南の地でも重要となる資源地に襲わせる予定だった、魔物の中隊の一つが壊滅させられました。何でも相手は女性一人だとか…、いやぁ参った参った」
そう言いながら魔人は両手をあげて、いかにも困った仕草をしてみせた。
だがそんなふざけた動作など炎帝は気にせず、一人の女性と聞いて噛み付く勢いで声を荒げた。
さっきまで瀕死だったとは思えないほどに、張り上げられて響く怒声だ。
「ルナだ、間違いない!あいつめ…やはり生きていたか!俺が今すぐ行こう!」
「えぇ?病み上がりの炎帝様が?それはちょっと…、大規模戦闘では、資源地はダークドラゴンが襲う予定の場所だから下準備はしっかりはしておきたいですが、炎帝様が負傷する方が作戦に影響でるって分かっているんですかねぇ?」
「ふん病み上がりだろうと関係ない!俺の炎が負けるなどありえん!それを証明してやるだけだ!人間などに負けてたまるか!」
「でもねぇ…」
魔人は言葉を濁しながら魔王に向かって、この流れを助けて欲しいという視線を送り出した。
さすがに魔人の説得ではどうしようもないか。
魔王は魔人に合わせて、厳しい口調で威圧的に炎帝に命令した。
「炎帝、黙れ」
「だが…!」
「…聞こえなかったか?黙れと言ったんだ」
魔王の声は空気を震わすほどに恐ろしく、自分が言われたわけでもない魔人ですら身震いするものだった。
一気に空気は冷え上がり、魔王の殺気を嫌でも感じずにはいられない。
まさに絶対的な弱肉強食の空間。
魔王の悪意をライオンとするなら、炎帝の意思など野うさぎと変わらないほどに弱いものだ。
魔王は捕食者としての目で、萎縮する炎帝を見つめてゆっくりと言葉を続けた。
「俺が行く。転移で行けば、まだ間に合うだろう。分かったか、炎帝は待機だ。返答は了承しか許さんぞ…?異論は無しだ。もし異論を唱えるというのなら、俺を殺してからにしろ。ただし、その時は本気でやらせてもらうからな」
殺すなど無理だ。
そもそも魔王を殺すどころか炎帝だろうが四帝全員であろうが、本気の魔王を傷をつけるのは不可能である。
実は昔に一度、四帝全員の戦力調査と言って四帝全員で魔王と戦闘したことがある。
結果は、四帝が数分も持たなかった。
それは言葉に尽くし難いほどに圧倒的で、到底魔王には逆らえないという想いをさせるには充分なほどのものだった。
だから、炎帝は大人しく返事するしかない。
「分かった…。黙って……待っている」
「それでいい。では魔人、また俺は出かけさせてもらう。戻るまで、事は任せた」
「はいはいっと。どうぞ、いってらっしゃいませぇ魔王様」
魔人が手をひらひらふりながら見送っている間に、魔王は転移魔法を発動させて転移する。
そして魔王の姿が砦から消えたあと、魔人は苦々しい顔をしながら笑って話すのだった。
「いやぁ、魔王様を怒らせたら怖いんですねぇ。怖すぎて吐きそうになりましたよ」
「あれは…魔王様からしたら怒っているというより叱っている程度のつもりだっただろうさ。本当に激昂したらあんな程度では済むまい」
「えぇ?それはいやだなぁ。あれで少しなら本気で怒らせたら命は無さそうですさぁ。いっひひひひひ」
魔人は笑って適当に空気を和ませようとしたが、炎帝はそんなのは関係なく魔王について思い出していた。
そういえば、魔王の心の底からの怒り……それ以前に喜怒哀楽を見たことがないと。
元から他人に晒すような性格ではないのだろうが、何か似た者を最近見た覚えがある。
そう、まるでシャルという半精霊のように心がどこか死んでしまった雰囲気が魔王にあった。
そして魔人ほどまでに演技臭くないが、魔人に近い上っ面の形だけの感情しか魔王は表現していない。
それが、炎帝には少しだけ気にかかった。




