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呪われし魔王の安寧秩序  作者: 鳳仙花
第一章・魔王軍
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優秀なる魔王と新しい遊び

魔王の命令に魔物の副官は敬礼して了解の意を示し、魔王が転移する瞬間まで見届ける。

そして魔王は本拠である北の魔城へ転移して執務室へと舞い戻った。

すでに執務室には鷲の側近が待ち受けていて、魔王は羽織っていたマントを鷲の側近に手渡してから愛用の椅子に座る。

やはり座り慣れた椅子は心地いい。


「魔王様、ご無事のようで何よりです。南の戦いは如何でしたか?」


「相手方が容易く策にかかり、つまらぬ戦いとなった。しかしこちらの被害が想像以上に大きくてな。人間に甚大な被害を与えはしたが、しばらくの間は南は膠着状態となるはずだ」


「結果的には痛み分けとなりましたか。さすが魔王様。敗戦から勝利へと導くとは恐ろしく素晴らしい采配です」


ありきたりな台詞だが真面目な鷲の側近が口にする相応しい言葉だった。

だからいつも通りの対応に、魔王は少しばかり口元を緩ませて見せた。


「世辞は良い。それより他の戦いはどうだ?大きな問題は無いか?」


魔王の問いかけに側近は資料の紙をめくりながら答えていく。

戦況は常に変化していくから、内容はどれも喜ばしいものとは限らない。

むしろ普段は悪い報告ばかりで、今回も例外ではない。


「危機的な問題だけでも上げればきりがありません。西では大規模な飢餓。北東は支城を奪還され撤退。同じく北東では将が捕まり、処断されました。更に中央地では近々人間の新しい特殊部隊が編成されると、スパイから連絡が入りました。他には…」


「よい、それほど多いならリストを作ってくれ。後で目を通す。それにしても………」


魔王が途中で言葉を止めたため、鷲の側近は手元にある資料の紙をしまって続きを促すように声をかける。


「如何なさいましたか?」


「魔王の職務とは言え、さすがに手が足りん。解決しても問題は増える一方だ。幹部は全て各地方で指揮を取り、この城には実質お前と俺しかいないと言ってもいい。頭が回り、行動できる者がせめてもう一体は欲しい」


「なら、探し出しましょうか?遅くとも三日後には二体は用意できますよ」


「では頼む。種族や身分は問わん。力だけでは今以上の長期戦は無理だと露呈しているからな。きっと部下達も快く賛成するだろう」


「畏まりました。では早速手配致しましょう」


手配の準備か、鷲の側近は資料と魔王のマントを手にして部屋から出ていく。

それから魔王は疲れたようにため息を吐いた。

例え信頼できる側近だろうと、露骨に疲れた様子を見せるわけにはいかない。

上の者とは下々から見ればただ威張り散らして優雅にしているように見えるかもしれないが、実際は一番束縛が多くて大きいものだ。

いや、そうでなくては組織とは機能できない。


「さて、あとは何が必要か。強力な魔物を自ら造り、戦力増強か。それよりまずは更に地盤を固めるべきか。…どちらにしろ、何か遊びは欲しいな」


遊びがなければ我々魔物は戦う意味が無くなる。

しかし何も戦いこそが至高ということではない。

ただ単純に、俺たちは今を楽しむのが至高なのだ。

今を楽しめるなら戦うことだけに行動を絞る必要はない。

そう考えていると、ふっと魔王は勇者アテナを思い出してクスッと笑った。


それから翌日。

魔王は各地方の問題の打開方を鳥族の魔物達に伝達させてから、自室でくつろいでいた。

その魔王の手には鷲の側近がまとめあげた昨日の報告のリストがあり、執務室で座りながら読み流していた。


「ふむ、そういえば人間は特殊部隊の編成をするのだったか。それならばこちらも特殊部隊に対抗できるものが必要か」


だが、まず人間の特殊部隊がどういうものか分からない。

戦闘のプロによる部隊なのか、戦闘以外の手法を扱う部隊なのか検討がつかない。

もし後者なら魔物にとっては面倒きわまりない。

戦闘しかできない魔物が大半だから対処は必ず不可能だし、魔王ですら始末には手を焼くだろう。


「……先に偵察か」


魔王はぼやくと魔法で人間の姿へ変える。

普段は滅多に使用しない変化の魔法。

変化といっても周りの生物にそのように見せているに過ぎない。

どちらかというと幻惑に近い部類の魔法でもある。

魔王の赤い髪は人間らしく黒く、小さな角は無くなって爪は丸くなる。

肌も人間に近くなり、一見人間と何ら変わらなくなる。

服装も人間の市民に変えて、人間たちが特に栄えている中央地の王国都市。

その都市の住宅街の近くに転移をした。

中央地は完全に人間が幅を効かせていて、特に王国都市は人間にとっては最も安全で最も軍事力のある場所となっている。

それほどに荒れている北の地の様子とは真逆で、人間に住みやすい環境であり、人間には非常に都合の良い所だ。

一応魔王は人目を気にしながらも仲間の魔物の気配を探り、潜伏させているスパイを探し出す。


「近いな」


魔王は商店街へと歩き出し、店頭の入口に立っていた兵士に話しかけた。

その兵士は鎧を着ているため一目では姿が分かりづらい。

しかし牙が鋭く、目はどす黒く輝いていて人間ではないと魔王には気配ですぐに気づくことができた。


「どうだ、何か特殊部隊についての進展はあるか?」


「え?あ…、マ…魔王様……?」


突然の魔王の来訪に魔兵士は驚き戸惑う。

それを魔王は唇に人差し指を当てて、落ち着いて静かにするよう示した。


「そうだが、ここではそう呼ぶな。ただの町人でいい」


「は、はい。ただの町人サン」


「それで、特殊部隊について情報があるはずだ。知っている限りでいい。詳しく頼む」


魔兵士は、あぁと呟いてから頷いた。

それから数秒の間があったが、魔兵士は器用でもなければ特別に賢くもないために即答ではないのは仕方ない。


「特殊部隊についてはまだ分からないんですヨ。どうやら明後日の午後に選別を行なうようなのデ」


「選別方法はなんだ。筆記か実技か?」


「それも分かりまセン。ただ、旅人や民間人も希望すれば選別が受けれるようでス」


「ほう、言葉通り特殊部隊というわけか。いや混成部隊の方が正しい呼び名になるだろうな。お前は受けないのか?」


魔兵士が特殊部隊に入れれば、警戒するに値にならなくなる。

それが魔王にとっては一番楽だ。

ただそれでは面白味に欠けてしまい、あまりにもつまらない結果となるだろう。


「この中央地の情報収集を優先していますので、受けてはいませン。受けた方がよろしいでしょうカ?」


「いや、聞いただけだ。別に構わない。編成された部隊について報告してくれれば十分だ」


「分かりましタ」


受けたところで魔兵士の正体がバレるだけだろうなと魔王は思う。

それはそれで面白いが、なにも魔族を苛めるのは趣味ではない。

だからそのような馬鹿な命令は絶対にしない。


「さて、特殊部隊の他に何かないか?」


「特にハ。………でも、妙な噂が人間の城でありましタ」


「妙な噂?」


魔王はわずかに首を傾げる。

何か報告以外で問題になるようなことはあっただろうか。

リストに記入されてないだけかもしれないが、思い当たる節がない。


「ハイ。勇者と呼ばれる人間が何とかだとカ。すみませン。朝聞いただけなので、まだよく分からないのでス」


「ん、あぁ………勇者な。それについてはこちらも把握している」


「そうなのでスか。さすが町人サン。情報の仕入れが速いですネ。では、他に何かありましたら逐一報告しまス」


「頼んだぞ」


勇者、か。

まさか南の出来事が、わずか一晩で中央地に伝わるとは驚いた。

まして勇者とは俺の妄言だ。

それでも信じる者がいたか。

愉快だな。

きっと今頃アテナという傭兵は勇者と祭り上げられて、困惑しているだろう。

魔王は含み笑いをして、魔兵士との挨拶もほどほどにしてすぐさまに北の城へ転移した。

そして変化の魔法を解いてから北の魔城の地下室へと足を運んで、手の平を石の床に押し当てる。


「……では、こちらも特殊部隊に対抗できる魔族を呼び出そうではないか。側近には手をかけず、私自らな」


魔王は魔方陣を地面に浮かび上がらせて、手の平を地面から離すと描かれた魔法陣が輝き出した。

禍々しい紫色の明かりが不気味に地下室を包み込む。

魔王の魔力が、何か別の者を呼び出そうとしているのだ。


「これであとは召喚に日数がかかるが、放置でよかろう。次は西の飢饉を……?」


次の場所へと転移しようとしたが、違和感を感じた魔王は東北の地方を向く。

普段は感じることがなかった僅な力を感じたのだ。

それは決して魔王しか扱えないはずの力、魔法だ。


「今の感覚は、魔法か?そんな馬鹿な……。新しい式術、というわけではないだろうが。…気のせいか?」


式術とは札を使った魔術に近い技で、人間や魔物の一部が好んで使う代物だ。

だがそれは魔力というのは無く、式術はカラクリと似たような扱いを受けている。

ある程度は手軽にあらゆる力を発揮するが、さすがに魔法のように特別ではなく不便な所が非常に多い。

早速、魔王は魔力を感じた東北へ転移する。

転移した先は深い森で、自然に生きる物達が溢れている命ある豊かな地だった。

ほどよく日光が入り込んでいて、茂みや木に命と恵みを与えている。

その森の中、魔王は辺りを見渡した。


「とりあえず転移したが、さすがに正確な場所までは分からんな。魔力の残留も微弱なだけではなく、風で舞ってしまっている」


それでも魔法の存在を見逃すことはできないので、魔王は神経を研ぎ澄まして魔力を探り当てようとする。

気がつけば、一匹の青い大狼が魔王を見ていた。

狼の体は非常に大きくて高さだけでも一メートル近くもあり、全身の毛は青黒い色をしていた。

鋭い目と牙、そして勇ましい姿に白色が混じった長い尻尾。

単純に大きさからしてただの動物ではないのは見て分かる。


「…なんだ貴様は?魔物、とは少し違うな。半魔獣か」


「………」


「だんまりか、何か用があるのか?」


適当に質問をぶつけながら魔王は目の前の半魔獣から魔力を探ってみるが、特別な力を感じ取ることはできなかった。

つまり魔法という現象を目の当たりにしていなければ、この半魔獣は魔法とは無縁だ。

念の為に訊いてみるしかない。


「無いなら俺から質問をしよう。ここでさっき魔法…、いや…妙なことが起きてないか?」


半獣は首を傾げて、鳴き声をあげる。

魔王の言葉は理解できるようであるが、まるで言語で答えることができなさそうに。


「くぅ~ん」


「おい、あからさまに阿呆の真似をするな。俺を騙せると思ってるのか?姿は犬でも言語ぐらい話せるだろう」


「………ワン」


不機嫌そうに半獣は小さく吠える。

それに対して魔王は一瞬だけ殺気立たせた。

決して本気ではないがその殺気だけで木々の葉は揺れて、風の流れが乱れる。


「理解できないのか?鳴き声ではなく言語で答えろと言っている。俺は拷問はしたくない」


魔王の殺気に半獣は身構えて、これ以上はふざけるのはやめたのだろう。

鈍く低い声で半獣は喋りだした。


「………フン、よく半魔だと分かったな。これでも半魔としての気配を殺していたつもりなんだが。お前のような面倒そうな奴と戦うのは真っ平御免だから、素直に質問に答えておこうか。別に妙なことは起きてない。ただ、今獲物を逃しただけだ」


「犬の姿の割には愚鈍だな。…愚犬か」


「わぅ…くだらない侮辱はやめろ。獲物が鈍いから少し遊んでいたんだ。だが突然獲物が加速して逃げてしまってな」


それを聞いて魔王は腕組みをした。

思い当たると同時に考える仕草だ。


「加速だと?……あぁ、なるほどな。付加魔法か。どおりで妙に微弱なわけだ。しかし、どちらにしろ魔法か。一体どういうことだ」


「ほう、あの妙な現象は魔法というのか。興味深いな」


「ふん、興味があろうと齢が千年にすら届かぬ者には魔法とは全くの無縁だ。それよりだ。お前が狙った獲物の特長を言え。俺が探し出す」


魔王は高圧的に半獣に聞き出そうとする。

それに怯む様子も意に介すことも無く、半獣は鋭い目で睨みつけながら条件を突きつけた。


「それなら交換条件だ。魔法について説明をしたら逃げた獲物の教えてやる。どうだ、難しい話ではないだろう」


すぐに魔王は条件を否定する。

急いでいるというより興味がないようだ。

余計な時間浪費にしからならない交渉に耳を貸す気は毛頭ない。


「駄目だ。先に獲物の特長を言え。あまり離れられたら探すのが困難になる。魔法についてはすぐに教えてやるから、そうしろ」


「………フン、ずいぶんと偉そうな態度だな。逃げた獲物は透けるほど薄い羽を持った少女のような奴だ。おまけに髪は緑色で、人間ではないのは確かだ。だが非常に人間に似た容姿をしていた」


「透けた羽?まさか妖精、か?だが妖精は………うむ。これは必ず見つけ出す必要があるな」


「何一人でぶつくさ言っているんだ?さぁ、教えたんだ。魔法について説明…!」


半獣が話していると、足元に魔方陣が浮かび上がると同時に半獣は空高く飛ばされた。

それは半獣が余計な言葉を発する時間がないほどで数秒のできごとだった。

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