魔王と魔人のレーヴァテイン
すかさず魔王は魔城内全てと魔人を除く全員に衝撃遮断と熱量遮断の結界魔法を張り、炎帝の業火には燃えずに済んでいた。
それでもいきなりの放火には、魔王は呆れて言うしかなかった。
「やれやれ、騒ぎを起こさせるためにお前らを呼んだわけではないのだぞ。それにすでに皆は寝静まっているのだ。あまり派手に騒ぐな」
その言葉に自身の炎で身を燃やしながら炎帝は笑う。
もはや炎帝は完全に炎と一体化している姿だ。
火は炎帝にとっては空気以上に自然なもので、火力が高いほどより力を強くさせていって炎そのものが強化されていく。
「あっははははははは!わりぃな魔王様よ!だがもう終わった!人間など所詮はこの程度!絶大な力を持つ炎の前では無力だ!」
全てを包み込み燃やし尽くすような炎が充満していて、さすがにこの炎では人間である魔人では耐え切れない。
それには魔王も同意見だ。
でも魔王には炎の中から確かに感じる力があって、耐え切れないという意見はあくまで魔人が何もしなかったらという話に限った場合だ。
それに感じているのは呪いの力、それも魔人がいた場所からだ。
「焼き切れ、レーヴァテイン」
炎が燃え盛る音の中から、確かにその声が聞こえた。
そして炎が赤い一閃によって斬られる。
切られた炎は空気中で霧散していき、魔人の周りの炎のみが跡形もなく消え失せた。
まるで炎など最初から無かったようで、魔人には燃えた跡は一切ない。
それどころか魔人は涼しげな顔をしている。
これには炎帝はなにが起きたのか理解できなかった。
「なぜだ?なぜ生きている?しかも今、見間違いでなければ炎を斬ったように見えたぞ。その脆く朽ちそうな剣で、どんな武器であろうと絶対に斬れるはずもない炎を!」
「えぇ、そうさぁ。悪いが炎帝さんの炎は斬らして貰いましたよ。この……斧で」
そう言って魔人は手に持っていた手斧を見せた。
その手斧は赤黒い刃を持っていて、いかにもずっと魔人が持っていた武器のように魔人の手元にある。
炎帝が指摘していたときは間違いなく魔人の手元にあったのは刀身の薄い剣だった。
なのに今は形どころか全くの別物の武器となっている。
「じゃあ、今度は私がいかせてもらいますかねぇ。このレーヴァテインの力の一端、見せてあげますよ」
魔人が手斧を振ると、うっすらと赤い輝きを放ちながら瞬間的に剣へと形を戻した。
その剣の形状は、さっきまで持っていた刀身の薄い剣だ。
一体なにがどうなっているのか炎帝には把握できなかった。
魔人は理解する時間を与えずに腰の方へ一度剣を構えると、すぐにレーヴァテインを居合抜きのように引いて振ってみせる。
今度はレーヴァテインの刃が鞭のようにしなりながらも、今までの武器の形からは考えれないほどに刀身が長く伸びて炎帝へと向かっていった。
「何なんだこれは!?何が起こっている!」
戸惑いながらもとっさに炎帝は伸びてくる刀身へ炎を放つが、レーヴァテインは炎に耐えるのではなく炎を断ち切ってくる。
すぐに炎が斬られたことに気づいた炎帝は刀身から逃げるように、後ろに身を引いて刃を避けてみせる。
しかしレーヴァテインは更に形を変える輝きをみせて、刀身の先が木の枝のように分かれながらいくつもの刀身を生やして伸びていった。
追い詰める姿は、まるで獲物をタコの脚だ。
獲物を掴もうとうねりながらくる恐怖の触手。
でも伸びてくるのは全てが刃で、どれほどの切れ味か分からないが、触手と違って刃に当たればただでは済まないだろう。
この奇妙に変化していく形状すら不明な武器を狙っても仕方ないので、炎帝は再び魔人へと腕を振るって火炎を放射する。
さっきは炎は簡単に斬られたが、今のレーヴァテインはあまりにも刀身を複雑に伸ばしすぎているために室内だから振ることはままならないはずだ。
そう狙っての攻撃だったが、魔人は慌てる様子を見せることはなかった。
「レーヴァテインを甘くみたらいけませんよ、炎帝さんの旦那ぁ?」
魔人は今度は振ることすらなく、形状を瞬間的に変えたレーヴァテインで、向かってくる炎を目の前で留めてみせる。
今度のレーヴァテインは曲がった杖の形となっていた。
「なぜさっきから炎が届かん!ありえんぞ!」
炎帝は更に火力を上げて火炎を放つが、絶対に魔人の目の前で炎がなにかに遮られてしまう。
まるで見えない壁があるみたいで、気味すら悪くなるほどだ。
「炎帝さん、悪いけどレーヴァテインで空間を焼き切らせて貰いましたよ。アンタの炎は絶対に私には届きゃあしませんって」
「わけのわからないことを!ならこれでどうだ!」
炎帝はこの階に撒き散らした炎をかき集め、巨大な炎の渦を魔人を中心にして作り上げる。
この火力は今までの比ではなく、街中で使えば石どころか地面すらも焼いて溶かすほどのもの。
そして炎による渦は激しく巻き上がり、執務室では特大の嵐でも起きてるのかと思うような状態となっていた。
ここまでの業火となると、強固なる結界魔法を厳重に張ってなければ脆い結界魔法程度なら溶かして一帯を一瞬で焼け野原にしてしまうほどだ。
「今度は貴様の周り全てを炎で取り囲んだぞ!しかも火力は俺の中でも最上級のもの!完全に燃え尽きろ、この人間風情が!」
炎帝は吠えるが如く大声で叫ぶが、やはり魔人は平然としてしまっている。
しかもこれまでの炎帝の攻撃で、魔人は全てを悟ったように呟いた。
「なるほどねぇ、典型的な力押しだ。どおりでいくら強くても軍隊が機能しきれていないと魔王たちは嘆くわけさぁ。嫌かもしれませんけどその力、もっと有効活用させて貰いますよっと!」
魔人はレーヴァテインを刀身の薄い剣に戻し、今までとは違って素早く大きく刃を振ってみせた。
「焼き切れ!レーヴァテイン!ここにある全ての炎を!」
レーヴァテインは魔人の叫びに呼応するように、振られた刃から赤き閃光を解き放たれると炎の渦が一瞬で消え失せてしまった。
こうしていとも容易く炎が消失させられた事によって面をくらっている炎帝へと、魔人はレーヴァテインを片手に走り出した。
もはや苦し紛れに炎帝は腕を力強く振るって魔人を殴り飛ばそうとする。
しかし魔人は完全に見切った体の動きのようで、体を反らして炎帝の攻撃を避け流れるように剣を振る。
まさに一瞬だった。
魔人はレーヴァテインを炎帝の首筋に当てた所で止めてみせ、最初に会った時とは別人のような目つきとなっていた。
「これで勝負ありですぜ、炎帝さん。どうです?ひとまずは負け、認めてくれませんかねぇ?」
「お、おのれ…!お前など炎が当たれば一瞬で消し炭に…!このぉ……!!」
「……とりあえずでも負けを認めないなら、ここで炎帝さんの首を切り落とさせて貰いますさぁ。でも、それでいいんですかね。負けっぱなしで死んでしまってねぇ」
「こ、こいつ……!くそっ、分かった。今回は俺の負けだ!負けでいい!だがな、次はお前の身を燃やしてやるぞ、絶対にな!」
魔人にとっては不吉なことを炎帝は口にしているが、負けを認めた以上はこの勝負はここまでだ。
魔人はレーヴァテインを腰の鞘に納めて、炎帝から離れていつものようなお調子者のような雰囲気へと戻った。
「いやぁ危なかった!さすが炎帝様!一瞬でも私の動きが遅れていたら本当に消し炭になってましたよ!本当スリル満点、恐怖も満点、戦慄もついでに満点。願わくば二度と戦いたくないと思うほどでしたよ。それより、これから仲良く頼みますよぉ炎帝様」
そう言いながら、あからさまながらも魔人は好意的な言葉を口にしてみせたが、どの言葉への反応も炎帝は不服そうな表情をするばかりだった。