魔王とシャルの特訓
魔王は途中で魔城の武器庫から剣を二本拝借して、シャルと共に散歩で来た森へと歩いた。
相変わらず冷たい風が身に染みる寒さだ。
魔王は森の中に着くと、シャルに向かって剣を放り投げた。
「シャル、受け取れ」
シャルは投げられた剣を避けて地面に落としてから、剣を拾いあげた。
かなり受け取りやすいように投げたはずなのだが、どうもシャルには不可能だったみたいだ。
剣を重たそうに両手で持ちながら、シャルは魔王を見つめ返した。
「この剣で………、なにか…するの…?」
「ふむ、その前にだな。シャル、それを片手で持つことは可能か?」
「……無理、です。重い……」
「自分の腕に付加魔法はどうだ?」
「それなら……」
シャルは自分の腕に付加魔法をかけて筋力の強化をしてさせて、剣を片手で持ってみせる。
しかし今度は剣の重さに耐え切れずに、足元がふらつきだした。
そのことに魔王はため息を漏らす。
「やれやれ、足腰にも付加魔法かけなければ駄目か。その様子だと羽にも付加しなければ飛べまい。さすがにそれぐらいは付加無しで、行動できるようにしないとな」
「頑張り……ます…」
「まぁよい。両手で持っていいから、まずは俺の持つ剣に刃を当てて見せろ」
「はい…!」
シャルは魔王に言われるがままに両手で剣を支え持ち、魔王が持っている剣の刃に向かってバランスを崩しながらも振った。
魔王はシャルの拙い動きに合わせて刃を当ててやり、そのまま金属音を鳴らしながら刃を滑らせ振り払ってみる。
するとシャルの持っていた剣は簡単に手元から離れていき、完全にバランスを失ったシャルは尻餅を着こうとした。
それに反応した魔王は思わずシャルの腰に腕を回して支えてやり、倒れないように気を遣わざるえなかった。
「あ……、魔王…。ごめん、なさい……」
「いい、気にするな。なにもいきなりこの剣を扱えというわけではないのだ。それよりだ、これでお前の必要なことは分かった」
「なんでしょうか…?」
魔王は丁寧にシャルを立たせてから、落ちた剣を拾い上げる。
それから魔王は二本の剣を地面に突き刺して、剣の柄に身を寄りかかるようにしながら話を続けた。
「筋力が圧倒的に足りないが、妖精の種族によるものか分からんがお前の体質では簡単につくものではないはずだ。なら、なにが必要か。答えは簡単だ、魔法のコントロールだ」
「魔法のコントロール……」
「そうだ、大悪魔の戦いの時や鷲の側近の報告で確信したが、お前は決して魔力そのものは弱いわけではない。軍用レベルには達していないだけで、個人の戦闘では充分な魔力だ。つまり、お前が魔法を上手く扱えればあの大悪魔だろうと圧倒できるはずだ」
そもそもシャルには軟化の付加魔法がある。
それを大悪魔にかければ全ての血の結晶を防げるため、魔王の言っていることはあながち嘘ではない。
問題はあの動きについていけるかだ。
大悪魔はすでに音速を超える速さだったから、下手すると数百年かかっても無理かもしれない。
それがシャルには分かっているのか、言い返すように発言した。
「さすがに……あの、大悪魔さんとは……戦うことすら無理だと…、思います……」
「もちろん数年でそのレベルに達せれるとは思っていない。まさに長い年月を要するだろう。だがな、お前にはそれだけの素質があるということだ。俺がそういうのだ、間違いない」
魔王は冗談っぽく言いながら、自分で馬鹿らしい発言だと思って含み笑いをする。
しかしシャルは真剣だった。
目や顔は無表情だが、魔王にはそう読み取れた。
「魔王が……言うなら、そう…なんですね。分かりました、コントロール…やってみます……」
「うむ、それでいい。では、まずは相手が居る場合は常に応用といこうか。相手の体術や武器の動きに合わせて付加を使い分けろ。そして自室や一人でいるときは基本を養え。一つずつ、時間めいっぱい発動を持続させろ。長時間の発動に慣れればそれだけで、まるで今までとは違うはずだ」
「はい…」
「今日は俺が相手をしてやる。まずは組手といこうか。俺の攻撃に合わせて、適性な付加魔法を自分に発動させるんだ。よし、適当でいいから構えろ」
魔王は二本の剣を地面に刺したまま放置し、シャルとの組手にはいる。
しかしシャルは素人どころか体の動かしや腰すら滅茶苦茶で、構えにすらなっていなかった。
適当とはいったが、さすがにそれには見かねて魔王は助言をする。
「今ままで逃げて生きてたのだろう。その時の感覚でいい。体を動かせないわけじゃないだろう」
「………うん」
そう言われてシャルは少しは構えがよくなる。
でも引けた腰のために戦う姿勢とはほど遠いが、ひとまずはやってみるしかない。
とりあえず様子見として魔王はゆっくりと手刀をして、シャルの腕に当てる。
それにシャルは腕に強化の付加、するはずができていない。
そのせいでシャルは腕を痛がる仕草をした。
「魔王…、痛い……」
「すまん。……いやいや、おかしいぞ。なぜ俺が謝らなければならん。冷静に付加魔法を発動させれば、何ともなかったはずだ。俺を大悪魔との戦闘から助けた時を思い出せ。あの時の付加魔法は相当上手にできていたはずだぞ」
「あれは……、魔王を…助けなきゃって……思って………」
「夢中になって発動させたのか」
魔王がシャルが言う言葉を先に口にすると、シャルは無言で頷いた。
どうも集中力が欠けすぎている。
魔法が安定してないのは間違いなくそれが原因だ。
治癒もできていたから、もっと自然に魔法を扱えているものだと思っていたが、案外そうではないらしい。
これは本当に道のりが長そうだ。
こうしてシャルの指導には骨が折れそうだと思いながらも、魔王は日が暮れそうになるまでシャルとの魔法と組手の特訓に付き合っていた。