魔王とアテナ、セイラ、天狼との戦い
「天狼、セイラに武器を頼む」
テンロウ?
あぁ、あの青い狼の名前かと魔王は察する。
どうも出会う者にはつくづく縁があるようだ。
まさか天狼という半獣にまで、もう一度出会うなど予想はしていなかった。
いや、アテナに会うことすら予想なんてしていない。
アテナに呼ばれた天狼は、体に巻いているベルトの小型のバックから、ナイフの束を体を揺することで器用に放り出してみせた。
そのナイフの束を口にくわえ、セイラへと投げる。
「ありがとう、天狼」
セイラは天狼からナイフの束を受け取ると、何本かを着用しているローブの隠しポケットに仕込みながら、片手にも新しいナイフを持って構えた。
その間はアテナが剣を魔王へ向けていて、微塵とも隙をみせまいとしていた。
突然の攻撃に対処できるようにとしている構えだ。
だが魔王は元から準備ができるまで仕掛ける気はない。
余裕によるものか、ただの気まぐれか。
天狼は魔王を見据えて、獲物を狙う野生の獣らしい姿勢をとって吠えるように喋った。
「あいつが魔王だったのか…。ふん、これは面白い。この前は侮辱されたしな、食ってやる」
セイラはもう片方の手に札を持ち直す。
まだ戦う気力は充分といったところか。
仲間が来て気持ちを持ち直したのか、目も構えも先ほどのような弱気を見せずに声をあげる。
「魔王、か。そう思うと怖いけど、これは負けられないね。千載一遇かもしれないこのチャンス、何としてもここで仕留めないと!」
次にアテナは声を張り上げ、戦う姿勢を示した。
勝てる気でいるのか分からないが、前回からそんなに日にちが経っていないのによく強気でいれるものだ。
「さぁいくぞ魔王!その首、貰い受ける!」
「……っくくく」
魔王は笑った。
その反応は、目の前にいる一匹と二人とはまるで対象的な態度そのものだ。
魔王に立ちはだかるこのメンバーは真剣そのものだが、魔王はおもちゃと遊ぶ気でしかいない。
「っくははは。まさかお前ら、俺に敵うつもりでいるのか?身の程を知れよ、雑魚が。所詮、勇者など俺が付けた名称に過ぎん。いいか、お前らがどう足掻こうと懸命になろうと俺には勝てん。絶対になァ!」
魔王は大声を出すと共に、まずはアテナの目の前へ転移魔法で接近した。
突然の出現でアテナは一瞬だけ面を食らうが、すぐに剣を振ろうと腕に力を込めた。
しかしその一瞬の隙は魔王に対峙したこの場面ではあまりにも大きく、剣を振る前にあっという間に魔王の腕の動きに合わせて剣が空中へと弾き飛ばされた。
次に、転移に反応した天狼がアテナが行動するよりも早く魔王へ飛びかかっていた。
天狼の脚の速さは異常なもので、特に初速が普通の生物と比べて段違いで、初速による移動距離は非常に長い。
瞬間的とも言える速さで、魔王の首元まで飛んでみせた。
まさにハンティングする獣らしい動きだ。
でも魔王の首元へは届かない。
魔王は素早い手の動きでありながらも天狼の顎を優しく押さえて、喰らいつこうとした天狼の口を閉ざしながら受け流した。
そのまま天狼は魔王から通り過ぎるように移動してしまいそうになる。
だが天狼が魔王の傍らを飛んで通る時に、すかさずアテナが天狼のバックからナイフを抜き取って、構えすら取らずそのまま魔王へ突き刺そうとする。
今の魔王は天狼を受け流したことにより姿勢も崩れていて、手も使っているから攻撃が通るはずだ。
それでも魔王には見えているのか、手の動きをさっきより加速させて的確でありながらも無理矢理にナイフの刃を指で掴んで止める。
「くそっ!」
悔しながらもアテナは止められたのが分かると、力比べではどうしようもないと理解しているために、すぐにナイフを手放した。
それから力強く後ろへと跳んで、魔王とは一旦距離を取る。
でもただ距離を取るわけでもなく、アテナはセイラへ視線を送る。
その視線は式術使えという合図となる。
式術は魔王に一瞬とはいえ傷を与えれるほどに威力は高いが、仲間を巻き込みかねない諸刃の刃だ。
セイラはすぐに札を巻いたナイフを魔王へ投げた。
でも即興で用意した式術との併せ技である投げナイフは、まだ充分な時間調整ができておらず魔王に近づいたら発動とはいかなかった。
時間調整しなければ発動できないのは、式術の大きなデメリットだ。
そのために魔王はアテナが使ったナイフを受けて止めていない方の手で、投げられたナイフをあっさりと受け止め、セイラへと投げ返そうとする。
しかし非常に危険だが、その攻撃は天狼が地面に着地したと同時に、また魔王へ飛びかかったことにより回避されることになる。
それは天狼が魔王の首を狙わずに、札の巻かれたナイフを魔王の手からくわえて奪っていったのだ。
そしてそのまま天狼は魔王の足元に降りて、くわえたナイフを地面に突き刺す。
天狼が足元に降りてきたので魔王は蹴ろうとするが、天狼はまた驚異的な初速で、魔王の蹴りを回避して数メートルは離れた場所へと移動する。
そのタイミングで式術が発動しようと札には点火が始まり、セイラとの戦いのように再び地雷となって爆発する前兆をみせた。
「くだらん」
慌てることなく魔王は呟きながらアテナから奪ったナイフを、地面に刺さっているナイフへ投げつけた。
よほどの力で投げたのか、地面に刺さっていたナイフは魔王が投げたナイフに当たると地面から弾け飛ぶ。
そして魔王から僅かに離れた空中の場所で式術は爆発した。
その様に、天狼は自嘲するように笑ってぼやく。
「くぅん、今のも防ぐか…。攻撃が当たりすらしないか」
アテナは弾き飛ばされた剣を拾い上げて、構え直しながら近くにいた天狼に声をかけた。
「この様子だと、どうやら俺の剣と天狼の牙は通りそうにもないな。まだ魔王は全然本気じゃない。これだと下手に攻撃をしかけても返り討ちにされる。天狼の気は進まないだろうけど、式術を中心に攻撃しよう。それが一番だ」
「…別に構わないが、そんな余裕が俺たちにあるのか?とてもじゃないが、魔王は作戦を立てさせるほどの時間は与えてくれないぞ」
「それでもやるしかないだろ…、臨機応変にだ」
アテナは再びセイラへ視線を送る。
その視線に気づいたセイラはアテナの意図を理解したのか頷く……、ことができなかった。
魔王はアテナ達の考えを読み切っているのか、次はセイラの近くへ転移してセイラの首を掴みあげたのだ。
そのことに慌てて天狼が一足先にセイラの元へと、地面を蹴りあげて素早く走った。
確かに天狼の初速は驚異的だ。
でもそれは決して速いだけで、小回りや変化に対応できるようなものじゃない。
魔王はセイラを掴んだまま、セイラごと天狼の真正面へ転移した。
危ないと認識した頃にはすでに間に合わず、魔王はセイラを天狼へ向けて仲間同士で衝突させる。
間抜けにも見える光景でも強い衝突には変わらず、セイラと天狼は強い痛みに襲われる。
次に魔王はセイラを手放してはアテナの近くへ転移して、すぐにアテナの腹を軽く殴りつけた。
「がはっ…!」
軽くても魔王の早さと力は人間には強力すぎる。
目を見開き、アテナは腹に穴が開いたような強烈な痛みを感じる。
だが激痛に悶える暇もなく、魔王はアテナの首を掴んだまま地面へと押し倒した。
大地へと叩きつけられアテナは更に痛むが、剣は決して手離さない。
アテナは剣を振ろうとするが、それより先に魔王が追撃をかけようとする片手に目がいった。
それは攻撃してくる手だから、視線がそちらに向けられたのではない。
魔王の手には札がついていたのだ。
それはセイラが魔王に首を掴まされた時に、抵抗しようとすると同時に貼り付けていた札だ。
今度はすぐに点火して、札は燃え上がろうとする。
爆発ではなく火炎の式術だ。
「ほう…?」
魔王は手が燃えたことにより、ほんの一瞬だけ追撃をかけようとしていた手の動きが止まった。
もちろんアテナはこの隙を見逃さない。
魔王を突き刺そうと、無理に剣で突こうとする。
でも追撃をかけようとする手の動きが取りづらいのなら、もう片方の手を動かせばいいだけだ。
魔王はアテナを掴んでいた手を離して、すぐに剣を鷲掴みするようにして突きの動きを止めさせた。
この時だ。
魔王が両手が使えていない今しかないとアテナは持っていた札を手に、魔王の腹へ押し付けた。
アテナもセイラのように山ほどではないが、僅かばかりだけ護身用に式術は持っていた。
そして貼り付けた札は爆発の式術。
なのにアテナは手を密着させたまま、札は点火した。
密着していれば転移でも避けれないというアテナの判断だ。
さっきは掴んでいたセイラごと転移していたから、密着しているものごと転移してしまうはずだ。
だからダメージを与えるには捨て身しかない。
「俺の腕ごと吹き飛べ魔王ぉおおぉぉぉおおおおぉおぉ!!」
アテナがそう叫ぶと式術の発動により札は爆発して、魔王とアテナの間で破壊的な炎が大きく巻き起こり爆発音が鳴り響いた。