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幼虫

作者: 群青猫
掲載日:2013/10/09

 





 通りすがりにふと違和感を感じ、見やった鉢植えの蜜柑の葉に緑色の幼虫を認めて女は驚きながら咄嗟に後退った。

 視線の先の幼虫は人の小指ほどの大きさにまで成長してしまっており、その気色の悪さに両腕が粟立つのを女は感じた。買い物どころではなくなってしまった。

 蜜柑の葉は全体の3分の1が、特に若い葉ほど、喰われてしまっており、中心の葉脈だけが残されているという無惨な姿をさらしている。

 蜜柑の木が欲しいと苗を選び、買ってきて、鉢に植え、庭先に置いたのは女だった。乾けば水を与え、必要とあらば肥料もくれた。成長は目に捉えられるようなものではないけれども、それでも少しずつ着実に枝葉を茂らせていく蜜柑を日々愛おしんでいた。忙しさにかまけてたった数日目を離したその隙に、こんなにも食い荒らされてしまった。

 幼虫の太々しさに女は憤怒した。玄関先の石畳に叩き付けて駆除してやる。それとも押し潰してやろうか。そうして、深緑であろう腹のなかの罪の色を目下に晒してやる。

 激怒しながら辺りに何か幼虫を挟む物はないか、たしか使い古しの割り箸をこんな時用に下ろしてあったはずなのだが、と探している間に、幼虫に近づき箸越しにでも触れなければならない事への嫌悪感と、大きければ大きいほどに手に残る命を潰す感触への抵抗感が怒りよりも上回り始めて、女は留まった。だからといって幼虫をそのままにしておくわけにもいかず、怒気が収まるはずもなく。

 幼虫をきっと睨み、ではどうしてやろうかと女は思案する。

 逆に、蜜柑の鉢を家の中へと運び入れて、窓辺にでも置いてやろうか。

 そう遠くはない日に、蜜柑の葉を鱈腹喰らった幼虫は蛹になるだろう。やがて羽化し、蝶になり、ひらひらと部屋を優雅に舞い飛び始める。黄色と黒のありふれた蝶だろうか。潔く黒一色かもしれない。青と黒だったらいいのに。いずれにしても重力に逆らう術を手に入れて蝶は浮遊を謳歌するのだろう。窓の外には無限に広がる往くべき自由があるというのに、悲しいかな、許されるのは部屋の中だけ。隔てられた部屋から出られず、何処にも行けやしない。無論、部屋に花はなく、同族もいるはずはない。すぐに餓えて、孤独に、何も知らず、苦しみに蝕まれて死んでいくがいい。

 一枚の蜜柑の葉の真ん中に、緑色のつるりとした柔らかそうな節くれ立だった体で、先はまるで頭部とでもいうようにこんもりとして丸く、その両端には目玉のような模様があり、それらをつなげる眉毛のような模様、そして中腹の白と黒の斜めに走る模様が模倣するは葉脈か。それともまったく別の禍々しい何かか。いくつも並ぶ突起のような足は純白に染まる。

 いつのまにやら女は顔を近づけて、爛々と見開いた眼で食い入るように幼虫を見つめていた。唇には紅い薄ら笑いをひいて。




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