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09

非常識だ。

全くもって非常識だ。

如何に魔力が膨大であっても、一歩間違えれば城ひとつ潰しかねない火球を具現させるなんて。

まして王城を破壊し損ねたのは、火球だ。

唯の、火球だ。


『火球とはほとんどが威嚇の為に使われる、虚仮脅かしの類いに過ぎませぬ。』


そう教えて呉れたのはガイだった。

あれは俺がまだガキの頃。

やっと十歳になろうとした冬だった。

『エルダ様、どれほど大きな魔力が在ると云われる魔導師でも、火球は火球。

明かり程度とお知り置きください。』

慇懃無礼な口調と共にはっきり覚えている。

なのになんだ。

この世の破滅かと思うほどの白熱洸と肝が震える轟音に、俺を含めたどれだけの人間が今までの人生を悔い、これから赴く天に感謝の祈りを奉げた事か。

しかも、あろう事か・・・


『た――――まや――――――。』


生きているという実感を身に染みて感じたのが、あの間抜けな声だった。



ウェール王は相変わらず穏やかに微笑んでいる。

エルダ様は憮然として太い腕を組んでいた。

さすがにへこたれた弓月が肩を落としていて・・・・・

どう云う訳かゼルと、一番被害を被ったガイが抑えきれない笑みを浮かべていた。


「不可抗力と云うか、ガイ。それで済むとは思えんぞ。

あの衝撃波で塔の玻璃が粗方割れたし、それで怪我人も出ている。

細かい被害は数えきれないほどだ。もっとも大事には至らなかったから救われてるが。」

「ごめんなさい。」

弓月が何時になくしおらしく誤ったのは、割れたガラスで傷を負った怪我人を見たからだろう。

「確かに考えていたよりもはるかに大きな力が働いてこんな騒動になったがな。

エルダ様、乏しい力より想像を超えた力の方が今は有り難いと思わぬか。」

ガイの言葉にゼルも続いた。

「要は弓月自身が自分の力を把握しなくては意味が無いだろう。

今後は抑える術を覚えると良い。暴走させないようにな。」


エルダは二人の顔を見て深く息をついた。

アーリィア大陸には幾多の国が存在しているが、その中でも底辺と云われる自信のある小国、グレィス王国に不似合いな至宝がある。

それがこの二人だった。

剣豪ゼラフィス・オーガスタと変わり者黒魔導師のガイ。

父王の深い懐が有ればこそこの二人はこんな小国の為に命を張ってくれている。

まして、二人の連れ帰った弓月もエルダ自身いたく気に入っているのだ。


「わかった。今回に限って不問にしよう。弓月、早く力の使い方を覚えてくれ。頼むぞ。」




「なんだまだ気にしているのか。」

クロウが喉の奥で笑いながらふわりとベッドの上に飛び乗った。

「些細なことだ、あの程度の怪我などすぐに治る。」

膝を抱えて丸まった背中を包むように寄り添う。

「どうした、うん?」

何時にない優しい声に弓月が顔を上げるとその顔をペロンと舐める。

「泣くな。」

「ど・・・・どうやって良いのか分かんない。」

また溢れてきた涙をぐいぐい擦る。

クロウが眼を細めて頬を摺り寄せる。

「その為にガイが居るのだろう。それに失敗できるのは今の内だぞ。」

「・・・・・・うん。」


己の躰に手を回してやっと寝入った弓月の寝顔をクロウは見つめていた。

涙の痕が残る小さな顔を。

妙に人間臭いため息をついて呟く。

「だから云ったであろうに。まだ十八の子供だと。こんな時に放り出してどうする。馬鹿共め。」




放り出していた訳では無い。

存在自体をなるべく公にはしたくないガイは日頃は表立った行動を控えているが、今回ばかりは治癒魔術を駆使して負傷者の手当てに勤しんでいた。

しかも妙に愛想よく。

もっともそう思っているのは本人だけだったが。


「片付いたか。塔の掃除はやっと終わったが、半分しか在庫が無かったから玻璃を購入しなくてはならんな。」

ゼルが疲れも見せずに告げるとガイも滅多に見せない顔(笑顔らしい)で応える。

「向こうでは手早く済むが、さすがにこちらではそうも行かんか。」

「ああ、全く便利な処だな。弓月はどうした?」

ガイの視線が客棟に向けられた。

「クロウが宥めているはずだ。これで萎縮しなければ良いんだが。」

猫族に云われるほど、この二人は弓月の精神構造が図太いものだとは思っていない。

やはり何と云っても十八の子供、それも女の子だと十分承知していた。


「此処まで急ぎすぎたから、本当なら少し休ませてやりたいんだが。」

ゆっくりと足を進めながらゼルが呟いたが、ガイはそれに反した。

「いや、向こうで時間が掛かりすぎた。本来なら半年の予定だったのだぞ。

もっとも、あれの力を知って魔道具創りに嵌り過ぎたのは確かに私なのだが。」

自嘲気味に笑った顔を引き締める。

「膨大な魔力をあの性格が扱うのは確かに空恐ろしいが、私としては弓月が自分を見失うほどの怒りや絶望に囚われる方がよほど怖い。

私自身、身に覚えがあるからな。弓月にはあんな思いだけはさせたくない。」

独り言のような呟きにゼルは僅かに頷いた。



初めて出会って既に十年。

その頃から何一つ変わらない二十歳そこそこの綺麗な外見。

時さえ超越した黒魔導師とは、今回の任務が無ければ滅多に声さえ交わす事も無かったはずだ。

接点と云えば二人ともウェール国王に拾われてこの優しい地に居場所を与えられたぐらいである。

異郷の地でただ二人、八か月もの時間を過ごせたのはグレィス王国とウェール王の為では有るが、何より弓月の存在が大きかった。

底の抜けたような魔力と、やはり底の抜けた性格。

物怖じしない処か、魔道具さえ平然と受け取っている。

他国の騎士が眼を付けた時は、少なからず慌てて威嚇してしまうほど今やゼルにとって弓月は掛け替えの無い存在になっていた。

過ぎる時間と焦る気持ちが抑えられたのは常に弓月が居たからだろう。



「なぁ、弓月。このゼラフィス・オーガスタをお前に奉げよう。命の尽きるその瞬間まで俺はお前のものだ。」





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