08
天蓋の着いたベッドの、薄く張り巡らされた薄絹の向こうに柔らかな陽が踊っている。
まるでお姫様のような可愛らしい寝室には、可愛らしいベッドと胸がときめくほどの大きな窓が在った。
窓の向こうには牧歌的な景色が広がり・・・・・大型猫も広がっている。
「何時まで寝ている。 寝穢いのは知っているがほどほどに致せ。」
寝戯たない。
居眠り猫族に云われたくないと思うのは間違ってますでしょうか。
せっかく清々しい朝を迎えたというのに ↓
あれ。
そう云えば昨日はどうしてた?
あんなに皆で真剣に話し合っていたというのに。
・・・・・・・・そうですか、用事があったんですか。
ひょっとして奥様やお子様とお過ごしで?
しかとこかれちゃいました。
「云って置かなくてはならん。
我はこの国では無いものとしておく。弓月も人前では呼んで呉れるな。」
判りました。
ゼルとガイ以外の人にクロウの存在は秘密ですね。
了解です。
良い女には秘密が有る物です。
さて着替えましょう。
それにしてもこんな異世界で知らない国の為のネゴシエートするとは思わなかった。
グレィス王国の最低譲歩ラインを維持しながら、戦争を回避する。
戦争に突入したらこの小国は一捻りで消滅する事は眼に見えている。
穏やかで優しいお爺ちゃん国王も、なんとなく季節労働者っぽい気さくなエルダ王太子も、人外店長やおそらくはヲタク魔導師も国と一緒に消えてしまう。
いやだな。
うん。
絶対いやだ。
何が出来るかなんて判らないけど。
頑張って見よう。
朝食はミルクスープと焼き立てパン。
おおっ、此処でも焼肉ですね・・・・・焼肉率高いでしょ。
良いです。
好きだから。
「牛豚馬はここは多いな。畜産も良い牧草が育つから盛んだ。」
エルダ様と二人で食べるご飯は、なんだか気楽で良いですね。
「俺たちはガイやゼルには返しきれない恩が有る。だから弓月には本当に悪い事をしたと思うんだが、実際の話、俺はガイが楽しそうで安心したんだ。」
えええええ、あの俺様ヲタク黒魔導師はあれが楽しい顔ですか。
それはきっと罪もない少女を甚振っているからでしょう。
きっとそうですそうに違いない。
げっ。
何時から其処に。
さすがお師匠様、気配もなく存在さ・・・・
「ゼルが呼んでいる。中庭で基本を習ってこい。」
両頬引っ張って云わないで、そして基本って何?
頑張ろうと思った。
ご飯も美味しかった。
でも二時間後には挫けていた。
ゼルはシミターと短剣、双剣の使い方を懇切丁寧に教えてくれ、次は弓矢だという。
きっとその後はバトルアックスとトライデントとハルバートも教えて呉れるのだ。
なんて良い人なんだろう。
有り難くて泣けてくる。
「午前のお茶は特別美味い木の実入りケーキが出るぞ。」
もちろん戴きますとも。
ご褒美目当てと云われようと負けません。
「さすがだな、聖騎士伯。僅か三時間であそこまで仕込めるとは。」
おやつ目掛けて跳んで行った小さな背中を見送ってエルダがため息交じりに呟いた。
「とてもじゃないが俺には真似が出来ないぞ。」
ゼルは苦笑しながら肩を竦める。
「さすがなのは弓月自身ですよ。如何に俺でも素養も無い素人を仕込むことは出来ない。
あれは魔力も意思も恐ろしいほど持っている。自覚だけは無いが。」
「あぁ、確かに無さそうだなぁ。」
素人丸出しでシミターの柄を握り立つ姿はひどく覚束ないものだった。
何しろ背中の剣を抜くことさえ出来なかったのだ。
そんな弓月が三時間でアーリィア大陸で五本の指に入ると云われている剣豪、ゼラフィス・オーガスタと対等に打ち合えるようになって居た。
いったいどんな力を内包しているのか。
「午後はガイか。」
エルダの問いに答えたのは本人だった。
「ええ。任せて戴きましょう。あの膨大な魔力を余す事無く覚醒させて見せます。」
魔術。ではなく魔導。
魔力を導く術。
魔力の根源たる黒髪を掻き上げふわりと流した。
腰に届くほど長いそれはくるくると縺れ広がり落ちる。
意識を凝らし集めていく。
枯渇することの無い魔力だと、ガイが云った。
だから。
指先に集中して唱える。
「炎よ、此処に具現せしめよ。」
火はガスの尽きかけたライターほど弱々しく現れ、頼りなく揺らめいて、消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
真面目にやってます。
これ以上無いほど真面目です。
どう見ても手を抜いている。
此処までの力を持ちながら、彼の国の小道具程度の火しか出せないとは。
まるで五歳児並みだ。
ぶち切れそうになった時、不意に気付く。
「弓月、ライターやガスコンロの火以上の大きな火を見た事は有るか。」
横に振られた首にやはりとため息をつく。
花火だと?
そんなものは頭から消し去れ。
止む負えず見本を見せることにした。
弓月の右手を掴んで魔力の流れを躰で覚えさせ、手の上に顕わせば良いはずだ。
「焔よ 此処に具現せしめよ。」
己の魔力に曳かれた弓月の力が奔流のように一気に流れ込む。
「い、いかん・・・」
とっさに手を離したにも拘らず、掲げた右掌に異常な密度を持った直径三メートルに及ぶ火球が出来上がっている。
バチバチと不穏な音、輝きは最強の白、威力はおそらく直径で百メートルを吹き飛ばすだろう。
城の中庭でこれを放つ訳にはいかないが、消し去ることも出来ない。
「弓月、真上に打ち出すぞ。力を貸せ。」
喰いしばった唇から漏れた言葉に弓月は両手を添えてきた。
「行くぞ!」
ドンッ!!!!
残響を残してとてつもない速さで打ち出された火球は白昼の蒼穹で弾け飛ぶ。
視界が白くかすみ、二拍遅れて轟音がとどろき渡った。
「た―――まや―――――!」