06
指輪は捥げそうになった右手ではなく左の中指が押し込まれた。
あくまで指<が>押し込まれた。
どっちも痛くて泣きそうです。
汚い皮袋・・・あ、名前有るんだ。
良いですめんどくさい。
じゃあ汚いの形容詞は外します。
皮袋から鐙と鞍、その他良く解からない馬具を出して、さぁ困った。
よし、ゼルに押し付けよう。
聖騎士伯ゼラフィス、良きに計らえ。
お願い。
後ろ襟つかんで振り回さないで。
覚えます。
覚えますとも。
あれ、世界が変わった。
そうかゼルの視界はこれか。
確かにこれなら偉そうなのも良く解かるぞ。
偉くなった気がするもん。
ちょっと嬉しくなってニマニマしてたら肩の上に超小型猫九郎が出現した。
大、小、ミニマムと変幻自在ですね。
「へらへらしてないで脚で馬の胴を締めろ。落とされるぞ」
子猫サイズなのにやっぱり偉そうだ。
そうだ。
ずっとこのサイズならご飯も少なくて良いんじゃないの。
超低燃費で魔法も使えてお得感満載。
一家に一匹魔法猫。
蔑んだ眼差しは見なかった事にしよう。
並足、速歩、駆け足に早駆け。
繰り返して繰り返して繰り返す。
魔法具尽くしのお蔭で取り敢えずは何とか熟しているけどさすがにキツい。
人の脚で七日は馬の脚に変わったことで四日に短縮された。
綺麗に色分けされた畑と、牧場がやたら眼につく。
何処か北海道みたいな景色で嬉しい。
行った事無いけど。
その間町には二度宿泊し、あとの二回はキャンプです。
キャンプと云えばカレーが定番。
しまった。
先に云ってくれたら用意して来たのに。
レトルトだって、カップだって、諸々。
え?
遊びじゃない?
知ってますよそんなことは。
プリン食べながら何を偉そうに。
「寝たか、弓月は。」
夜番をしていたゼルの問いにガイは頷いた。
「良く寝ている。さすがに疲れたようだな。」
呆れたようにため息をついて若い魔導師が続けた。
「それでもあれほどの魔動力は滅多に無い。
魔道具に込められた力が倍加しているからだが、初日から早駆けなど非常識にも程が有る。」
焚火に木切れを投げ入れてゼルが低く笑った。
「魔力は完璧。後は腕だな。」
口調は軽かったが緑の双眸は笑っていなかった。
「それは私の管轄ではない。聖騎士伯に一任しよう。」
「承った。」
濃紺の夜空に片月が浮かんでいた。
この夕方には王都に入るんですね。
お城が有るのが王都。
お城には王様が居て、王子様やお姫様もセットで居るんです。
きっと、ツベツべさらさらの金髪ぱっつんおかっぱ頭の少年王子様と、金髪縦ロールでドレスを纏った愛らしいお姫様だ。
それがお約束と云うものだ。
いやあファンタジーだねぇ。
妄想系ヲタの諸氏が涎垂れ流しでしょう。
デジカメ持って来て撮れば良かったかな。
スマホでも撮れるかな。
背中のシミターはゼルが選んだ。
皮袋に入れておけば軽いし、邪魔にもならないのになんでこんな物を背負う?
皮鎧にマントにブーツは良い。
却って楽だから。
でも、有るとも思えない潜在能力アップしたってさして変わらないでしょ。
正直重いけど、なんでも直刀よりは抜きやすいらしい。
何時抜くんだろう。
抜いて何するんだろう。
それと。
ガイ、髪の毛なんで解くの。
手入れも何もしてなくて、放っといたら伸びちゃったグリグリの癖毛。
縺れて絡んで・・・承知しました。
こうしなきゃいけないんですね。
ほほう、私の魔力は髪に宿って居なさるか。
はい納得です。
なだらかな丘陵の彼方に街が見えた。
あれ。
おかしいな。
直に夕方で、到着するのは王都の筈だけど。
周囲は畑や牛馬のいる牧場ですよ。
此処は何処の街でしょうって、王都・・・でしたか。
あ―――、いろいろ(ヲタ物語に)聞くには。
外壁とか、
賑やかしい城下町とか、
荘厳なお城とか、
・・・・・・・・・・・・・・・・無いんですね。
実に細やかで馴染めそうです。
綺麗な石が嵌め込まれ、磨き上げられた長い回廊を渡って行く。
両側に立ち並ぶ円柱は大人三人分の手で繋ぐほど大きい。
遠目から見るより遥かに立派なお城に、埃塗れの旅装束は浮いていた。
大扉が開くと謁見の間だろう。
華美では無いが正装に身を包んだ多くの人たちが眼を向ける。
その真ん中に開かれた深い青色の絨毯の道が、三人を誘った。
右側の一人がその長身を伏した。
「遅くなりました事、お詫び申し上げる。」
左も同じように膝を着き。
「なれど異界の戦士を此処に無事召喚致しました。」
正面の華やかでも無く、豪華でも無い石造りの椅子に座っていた白髪白髭の老人が頷いた。
「故国を離れての任務、ご苦労だった。無事で帰って来れた事を天に感謝致そう。」
響いた深く優しい声が真ん中の俯いた黒髪に落ちてくる。
「さてもお若き戦士よ、よくぞ参られた。我はグレィス王国国主、ウェールである。」
深く頭を下げたまま少女が応える。
「北城弓月と申します。」
うむうむと頷いて国王が微笑んだ。
「お顔を上げられるが良い、我が国はアーリィア大陸の中でも哀しいほどの小国。
お気を使われるな。」
顔を上げた弓月の眼に穏やかそうな老人が映った。
庶民的・・・としか言いようもないが、温かい人柄を感じさせる。
がちがちの王様よりは良いかもしれない。と、思った時、バタバタと駆け込んでくる足音。
「親父! ゼルとガイがガキを連れて来たって!?」
振り返った先には肉体労働者然とした中年男。
眼が合うと破顔一笑。
「おうっ、お前か。俺はエルダだ。王太子と云う奴だ。」
金髪おかっぱ美少年王子は夢か。