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ポクポクと並足で四頭の馬が進む。
グレィス王国へと向かう四騎の騎馬の小隊は穏やかに、和やかに。
晴れ渡る空に笑い、流れる雲に眼を見張る。
思わぬほど長引いた旅路も、今は懐かしい記憶になるばかりだった。
国に帰る。
その地で産まれたのはただ一人にも拘らず、四人は心から嬉しそうな笑顔を見せていた。
嬉しいね。
グレィス王国に帰ったら料理長のご飯が食べれるね。
実はねガイ、まだ取って置きが有るんだ。
え、それは秘密。
楽しみに待っていてね。
今までできっと一番美味しいから。
「ほほぅ、弓月がそこまで言うならさぞ美味いのだろう。」
何やらご機嫌な弓月を見るに、今まで以上の取って置きが予想できよう。
楽しみな事だ。
それにしても今回の騒動は心底まいった。
永い永い刻の、人の世を見てきた私でも此処まで予想を覆されるとは思わなんだ。
まるで弓月の火球のごとく、盲滅法転がり回った事態が兎にも角にも落ち着くとは。
人の思惑なぞ所詮は知れた事と思い知らされるわ。
もっとも。
その大半に弓月が関わっている。
その無尽蔵の魔力に惹かれて伴った異界の少女は、ある意味驚異の塊だ。
無垢で、素直で。
欲望(食欲が大半だが)に正直で。
だがそのお蔭でグレィス王国最大の危機を乗り越えられた。
まぁ、総てが結果オーライなのだが・・・
惜しいのぅ。
心からそう思う。
彼の地に送り帰さねばならぬとは。
ゼラフィスよ、お前もそれに気付いたか。
表情の乏しいお前にしては珍しく情けない顔をしておるぞ。
どんな顔でも良いさ。
だが、弓月は帰さねばならん。
あれはまだ子供だ。子供は親と共に在るが本当だ。
ふ、強がりを云いおって。
それほど偉そうなことを云えるのか。
ついこの間、弓月の前で平べったくなって居ったに。
それにしても見事な瘤であったな。
扉に当たったデコの瘤と、ぶっ飛んでできた後頭部の瘤。
ククク・・・
眼を廻した弓月の前で慌てふためいたお前を思い出すと・・・
ククッ・・・笑いが収まらんわ。
あ、またガイがゼルを苛めてる。
ゼルは出会い頭だったから仕方が無いと思うんだけど。
それよりガイの方が問題でしょ。
笑い過ぎて治癒魔法も掛けられないっていったいどうよ。
人の瘤を見て。
パニックになったゼルを見て。
真剣に、涙目で嗤うなんて在り得ないっしょ。
黒魔導師の風上にも置けないし。
そうは思いませんかエルダ様。
あ―――っ、エルダ様まで何で笑う。
もう良い。
取って置きはゼルと二人で食べるもん。
絶対あげないからね。
弓月よ、あれを見よ。
ガイが指した指先に細やかなお城が見える。
帰って来た。
ウェール国王様が待つお城に。
料理長が待つお城に。
帰って来たんだ。
早く行こう!
ほら急いで!
一気に駆け足になった弓月の馬を見送ってガイが呟いた。
「ちょろいぞ、弓月。ククク・・・」
国王ウェール様も、内務大臣のロリア様に外務大臣のバース様。
農産大臣のカリリン様と畜産大臣のクロス様。
料理長のクーヤやエルフィとお母さんまで。
みんなが出迎えてくれた。
良かったね。ちゃんと帰って来れて。
良かったね。みんな元気で。
今日はお祝いパーティーだ!
弓月、花火を上げるが良い。
おお、そうです。ガイ、ナイスアイディアです。
お祝いには花火だ。たまやだ、かぎやだ。
ウホッホ・ホ―――イ!
おお、見事な花火だの。
火球使いの魔女の名に恥じぬ出来栄えだ。
とうとう色まで付けられるように成りおったか。
太魔川の花火の様に華やかに細工をも凝らして。
惜しいのぅ、その情熱を別方向に向けたなら世のため人の為になろうに。
ふふっ、火球花火ではそうはお役立ちには成らぬかのぅ。
ねぇ、ゼル。
この処ガイはやけに機嫌が良いね。
腹黒魔導師でも美味しいご飯や花火は好きなのかな。
結構捻くれてるから判り難いけど。
さあな、俺はガイの事は良く解からん。
噂では二百歳とも三百歳とも云われる黒魔導師だからな。
俺に判るのはガイがお前を大切に思っている事だけだ。
なぁ弓月、如何に時を統べる魔導師でも寿命は有る。
時はどんな人間にも限られている。
俺もガイも、そしてお前にも。
だから・・・
いや、お前は判っているか。
ならば言わぬが花という物だな。
三人は硬直していた。
在り得ない事実に直面して、身動き一つ出来ない。
エルダ王太子は脂汗を、滲むと云うよりだらだら流し。
ガイは眉間に渓谷の如く深い溝を刻み。
ゼルは既に死を覚悟している。
余人には計り知れない緊迫した状況の只中で動く者はひとり。
「ちょっと待っててね、いま盛り付けるから。」
視線を外すことも出来ない中で、誰かがごくりと息を呑む。
「あ、ウェール様にも分けた方が良くない?」
蒼ざめた顔からさらに血の気が引いた。
「い、いや・・・それは・・・」
「弓月、国王様は・・・お、お歳じゃで、夜食は控えられておろう。」
「うむ。そうだそれはそうだ。だいたいもうお休みだろう。」
瞬間、三人の視線が交錯する。
何が有っても父王には回すな、死ぬぞ。国葬になるぞ。
承知しておるわ、ゼル一粒たりとも残すでないぞ。
おお、俺か。俺なんだな。俺に確定なんだな。
「はい、お・ま・た・せ ♪♪ 弓月特製スタミナもりもり炒飯。」
浅い鉢にてんこ盛りに盛られた物体が三人の前に置かれた。
茶色と白と黄色が入り混じった中に得体の知れない何かが散らばっている。
黒であったり、緑であったり、青であったり。
「見て呉れは何だけど、上手くできた方なんだ。」
にこにこと笑う顔には何の邪気も無い。
「ゆ、弓月、聞いて良いか。この黒いのは何だ?」
「おお、何を隠そう、それこそがスタミナの素。焦がしニンニクで有ります。ゼルは眼の付け所が良いね。」
「そうか・・・・焦げたニンニクか。ちなみにこの青いのは?」
「うふふ、チャーシューなのです。普通は赤く色を付けるんだけど、ちょっと一捻り。お料理はインスピレーションが大事でしょ。」
まずは普通に作れるようになってから捻って欲しかった。
真っ青な焼豚はこの上なく食欲を減退させる。
緑色はどうやら潰れた豆らしい。
「ささ、遠慮しないでお召し上がり下され。」
此処は腹を括るしかない。
それぞれの人生でおそらく一番の危機だろうが、彼らは覚悟を決めて運命に雄々しく立ち向かっていった。




