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マークビル王は彼のヨシュア王とは違い、会議室の外で迎えてくれた。
ゼルとガイと、私の手までしっかり握って労をねぎらってくれた。
いや、いいです。
どうかひとつ、火球転がしの話は忘れて下さい。永久に。
驚いたのはマークビル王が実に堂々と会議を取り仕切っている事。
トーリア王国のロロ姫とランスロット聖騎士を向こうに回してこの間の武力進攻を詫びたうえ、今後の国としての指針を説明している。
他国への攻撃を主体として集められた軍はいったん解体し、再度作り変えるがその規模は恐らく半減するだろうと告げる。
「最重要は財政の立て直しです。国庫は空に近い。しかし逼迫した民から吸い上げることは出来ません。軍事に掛かる金を減らして余剰分を稼ぎ、少しでも税を抑えます。
我がべべリアは起伏には飛んでいるが平地が少ない。グレィス王国のような農業は厳しいだろう。
その代わりにエルダ殿から工業を推奨された。御力もお借りできるし頑張ってみます。」
ただ、と少し言いよどんだ。
「結果が出るまで相当の時間が掛かると思われる。」
苦しそうな表情で、だが堂々と言い放つ。
「今回の仕儀はいかなる理由が有ろうと簒奪である。臣下の域を超え、王陛下に手を伸ばすは許されざることと委細承知で断行致した。
総ての罪は我が身にある。
なればこそ後継はヨシュア様の直系にして曾孫に当たられる、今現在、御年六歳のカイト様を擁立いたしたい。
豊かで健全な、民の笑顔を譲り渡すよう心してかかる所存。
どうか皆様には御助力を賜りたい。」
深々と下げられた頭に思わず拍手だ。
驚いたような顔が上げられた。
「・・・・・魔女殿にはご賛同頂けるか。」
当然でしょ。
我が友、マークビル卿、いやマークビル王。
この北城弓月、べべリア国王マークビルを支持いたします。
応援もしましょう。
大船に乗ったつもりでドドンと任せなさい。
だからその口は慎め。
お前が絡むと事は雪だるま式に大きくなるのだと自覚しろ。
「いや、ゼラフィス殿。
これ程の言葉を戴けようとは思わなんだ・・・感謝致す。」
いやいや、マークビル王、泣かなくても。
ほら見なさい、ゼル。
マークビル王は男として、王として、敢然と立ちあがったのですよ。
如何に好き勝手をやっていたとはいえ、御耳も遠い、虚弱体質のヨシュア様を慮ってのこの勇気。
心に響かないですか。
ぐっと来る物が有るでしょ。
簒奪などとトンデモナイ。
頑張りましょう、マークビル王。
「それでマークビル王。ヨシュア様は如何致した。」
盛り上がった私を置き去りに、酷く冷静なガイの言葉にマークビル王は頷いた。
「南の領地、エドラの王家ゆかりの館に御滞在願っている。誓って御身に傷ひとつ付けては御座らぬ。」
「ふむ、ヨシュア様は御年七十二歳に御成りだ。心安らかに過ごされるようお手配だけは怠られるな。」
そうだね、後片付けは大人の基本です。
続く数日は会議と打ち合わせが繰り返される。
エルダ様とガイ、ゼルにランスロット様もそれに集中している。
政治には疎い自覚が有るから私はパスしましょう。
どうもね、グレィス王国のほのぼの感は此処では通用しないみたいだし。
その代り街の治安を守る警邏部隊と一緒にパトロール。
この間は街中を見学も出来なかったからおのぼりさん気分で闊歩します。
えへへ。
美味しいパン屋さんを見つけました。
これを狙っていた訳では無いです。はい。
ところが、パン生地はとても美味しいけど惣菜パンが無い。
これはいかん。
まったくいかんです。
ご亭主、取って置きのサンプルをあげましょう。
こんなパン作ってよ。人生は常に勉強だからね。
≪傾翁ベーカリー≫のクリームパンとソーセージパン。
甘いの食べた後はしょっぱいのが定番でしょ。
お礼?
良いってことよ、マークビル王を宜しくね。
うんうん。これも外交です。
小さなことからコツコツとです。
街の人たちはだいぶ落ち着いたみたい。
最近は子供も多く遊ぶ姿を見るし。
おや、警邏部隊とはぐれちゃった。
パン屋さんで時間喰ったかな。
でも大丈夫さ、ほらあそこにお城の尖塔が見える。
この角を曲がって、路地を抜けて・・・・あれ?
トーリア王国第一王女ロロ・セプテンは悩んでいた。
ゼラフィス・オーガスタを誰よりも望んでいる。
それこそ子供の頃から。
滅多に会えず、だからこそ久方ぶりに会えた時は嬉しかった。
誰もが認める英雄ゼラフィス・オーガスタ。
その男が自分の為に剣を教えて呉れる。
だからこそ褒められたい一心で日々剣の修行に励んで来たのだ。
きっと彼も同じ気持ちだと思っていたのに。
大国と呼ばれる国の王女の立場も、剣の腕も、容姿も。
望めば手に入るのに。
なのに何故、ゼルは諾としないのか。
あれほど恐ろしい話を聞かされても諦められる想いでは無い。
何と云っても盗賊団なのだから。
それを倒した英雄なのだから。
そうだわ。
私もゼルの役に立とう。
他国の王が誰だってはっきり云って私にはどうでも良い。
ゼルがマークビル王を支持するなら私も付き合ってあげましょう。
あの子の様に街の巡回ぐらいなら出来るわ。
不審者を見つけて懲らしめれば良いだけ。
簡単ですわ。
「おや、弓月はどうした?」
「何時ものパトロールですよ、もう来るでしょう。」
夕食の席でエルダ様に応えてガイが俺に眼を向ける。
「ゼル、ロロ姫は?」
今までお前と一緒だった俺に聞くな。
責任者のランスロットに聞け。
だいたい弓月の行動は知っていて、ロロは無視か。ふん。
おお、これは実に美味そうな。
見事な厚切りローストビーフではないか。
焼き方はエルダ様が?
「うむ。弓月に褒めて貰おうと料理長のクーヤが頑張ってなあ。びっちりメモ入りのレシピを持たされてきたんだ。」
良くやった。
良くやり遂げた。
人生辛い事も多いが、生きていれば必ず夜明けはやって来るのだぞ。
人の感動を踏みつけるがごとくの足音が響いた。
バンッと、扉が開かれる。
ランスロットの常にない真顔が眼に飛び込む。
「ロロ姫が居られぬ!」




