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グレィス王国に奴隷制度は無いそうです。
建国の王様、今のウェール国王の父王様が人に階級はいらないと仰ったそうで、その意思をウェール国王様もおそらくエルダ様も引き継がれるのだろう。
国と云う形を取っていてもどこか伸びやかなのはそのせいなんですね。
小さな国だからそれが出来るとガイは云う。
だから自分のような逸れ魔導師を置いてくれるのだと。
ガイはグレィス王国とそこに住まう人たちが好きなんだ。
悪魔のようにクツクツ嗤ったり、他人(おもに私)を甚振ったりしていても。
ゼルも同じなのかな。
この三日、ゼルはエルから離れずにいる。
うんうん。さすが狼変種同士。
仲が良くて大変結構ですね。
「同じ境遇だから判るのだろう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「私が云う事ではないが、本人も隠している訳でも無いから良いだろう。」
そう云ってガイはゼルの話をしてくれた。
ゼラフィス・オーガスタの生まれた街は決して大きくは無かったが、西の中でも豊かな国の地方だったせいで生活に苦労することは無かった。
まして、その地方の領主をしていた家格から辺境伯爵の地位に在り、三男二女の末っ子でも裕福な暮らしを送っていたと云う。
そんな生活が一変したのはゼルが七才の時、大掛かりな盗賊団が襲いかかり奮戦むなしく街が壊滅したのだ。
盗賊団は練り上げた作戦と、迅速な攻撃と、容赦のない暴力を叩きつけた。
守備隊は時間を稼ぐ間もなく全滅。
住民も男の大半を失い、逃げ惑う女子供にも躊躇いなく刃が向けられた。
逃げ切った者は十数人と云われている。
最後には火を掛けられ、その煙で初めて隣町では異変を知ったと云う。
四方から駆けつけた軍が見たのは焼け焦げた町の残骸と炭化した人らしき亡骸だった。
伯爵邸の残骸の中から半死半生のゼラフィスが見つかったのは奇跡ともいえる。
母親と姉の手で地下室に押し込まれたために命だけは助かったものの彼はその後ひと月、覚醒しなかった。
眼は開いている。口の中に粥を入れれば嚥下する。自力で呼吸もできる。
だがそれだけだった。
昼はまだ良い。
夜になると気が狂ったかのように叫ぶ、暴れる、手当たり次第に物を壊しスイッチが切れたかのように気を失う。
それが繰り返され。
もう駄目だろうと周囲の者は思ったらしい。
この子供の心の傷は生涯癒えることは無いと。
その日、隣の領主が見舞いに来なかったら彼は自我を取り戻すことは無かっただろう。
彼の父親と親しかったその領主はまだ七才の子供の胸ぐらを掴み上げて言った。
『家族の敵を討て。領民の恨みを晴らせ。お前にはあの父の血が流れていると証明して見せろ。』
その叱咤が幼いゼルを引き戻した。
現実に。
この世界に。
その領主の屋敷に引き取られたゼルは剣を習い、勉学に励み、盗賊団の足跡を追った。
出来ることは何でもした。
出来ない事でも出来る様になった。
王家の温情で辺境拍を継ぐように示唆された十五歳の時、それを固辞した彼は復讐の旅に出る。
二年間腕を磨きながら盗賊団を追い続け、国境の山中でアジトを見つけた。
半年と云う時間をかけて、情報を集め、作戦を練り、唯の一人も逃さぬように画策したうえで乗り込む。
復讐を誓ってからまさに十年の時が過ぎていた。
時間の経過と共に、盗賊団の規模が縮小されていたのも幸いだったのだろうが、ありとあらゆる武器に精通し、躰も作り上げたゼラフィス・オーガスタはたった一人で盗賊団を潰したのだ。
その偉業に自国民も他国民も褒め称えた。
どの国も彼を迎えようと湧きに沸いた。
だが。
躰中に受けた手傷が癒えないうちに彼の姿は消える。
『アーリィア大陸 屈指の剣豪』の名を残して。
「ゼルの過去は悲惨なものだ。だからこそあの子供の気持ちが判る。
私が思うに弓月、お前は昔のゼルも救ったのかもしれんな。」
この世界は盗賊が居る。
奴隷制度が有る。
戦にも巻き込まれる。
其処には常に生と死が存在し、どんな人間にも別け隔てなくどちらかが賜われる。
剣を振るい血に塗れたゼル。
長閑なグレィス王国を望んだゼル。
どちらも本当のゼラフィス・オーガスタだ。
「ガイ、次の宿で夜食に取って置きを食べよう、四人で。」
妙に嬉しそうなのは私が正しく受け取ったからか。
よもや『取って置き』じゃないよね。
やん、杖で突かないで。
それ痛いから。
先っちょ尖ってるし。
ひゅははははは・・・こちょばいって。
前を行くガイの呟くような言葉が僅かに漏れてくる。
俺が聞こえる以上に耳の良いエルには当然届いているだろう。
ずいぶんと昔の話だが、あの時の生々しい感情は未だに消えてはくれない。
躰に着いた傷跡と同じように。
ただ、眼の眩む様な怒りはあの時点でももう無かった。
何故だろう。
盗賊団のアジトに単身乗り込む瞬間も怒りとは違う感情だった気がする。
これで片が付く。
確かにそうは思ったが。
本当なら最後の一人と相打ちならば良かったんだが。
奴らも存外意気地が無い。
まあ良いか。
お蔭でおかしな連れが出来た。
銀狼族のエルフィはまだ緊張してるが、呑気な癖に妙に鋭い弓月と、隠者に成り損ねた黒魔導師ガイ。
俺は、今が一番楽しいのかもしれんな。