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ドアノブがカチリと廻される。

俺はそれを黙って見ていた。

客棟の廊下は分厚い絨毯が敷かれていたが、人の気配までは消せはしない。

音も立てずに扉が開かれ、一つの影が滑り込んでくる。

この部屋の向こうに寝室が続き、本来なら弓月が寝んでいるはず。

その弓月に何をしようと思ったのか見定める為に俺は此処に居る。


暗殺か。

脅しか。

よもや凌辱目的ではあるまいが。


闇でも労せず見える視界の中で、違和感を感じた。


やけに小さい。


子供でも暗殺目的に育てられる事もあるが。


おかしな事に殺気は無い。

その代わりにびくびくと動く耳が有った。

しかもその小さい影は足元も覚束ないほど屁垂れていた。


「小僧、何の用だ。」

一瞬、影が飛び退き。

反射で俺の躰も跳ね起きる。

灯りの布を払うと、扉にへばり付く様に蹲る子供がいた。




「なるほど。で、ゼル。こやつは消すか?」

どうしてそうなる。


決めてあった合図にガイが来ると俺は一部始終を話したが。

どうやらガイは不審者は消す方向で動いているようだった。

「そうも行くまい。此処はべべリア王国だ。此奴が消えれば騒ぎが起こる。それはなるべく避けたい。」

「ふん。発覚しなければ問題にもならんぞ。」

薄闇に光る暗い紫の眼。

その視線を浴びて弓月の部屋に忍び込んできた獣人は身を縮めた。

蹲ったままの態勢では顔までは判らないが、耳からすると犬系か。


「とにかく話を聞こう。」

厭そうなガイを無視して子供に向かった。


「怖がらなくて良い。話が聞きたいだけだ。」

おどおどと眼だけ上げてガイを盗み見る。

「お前が素直に話せば此奴も無茶はしない。俺はゼルと云う、お前の名は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・エルフィ。」

相当怖いのだろう、気持ちは判るぞ。

溜息を堪えて尋ねた。

「エルフィか、エルと呼ぶぞ。」

頷いた子供がやっと俺を見る。

顔を見て初めて判った。

犬では無い。

絶滅したと云われている銀狼。

驚きを隠して、

「ではエル、此処が客棟だと知って来たな。誰の命令で、何をしに来た?」




『生き物、殺すの厭なんだ。』


そうではないかと思った通りの答えに俺は納得し、ガイは苦笑した。

早朝の、太陽がやっと顔を出す時間。

弓月の言葉にエルフィの命は伸びることになった。


エルフィは今年十歳になる。

ほんの子供だ。

その子供が弓月の部屋に忍び込んだのは王都に行きたいが為。

自分を奴隷として買い取って欲しいと頼み込むためだった。


この北の領、フィランドから王都まで馬車で十二日は掛かる。

人の(獣人でも)脚なら二週間以上は確実だ。

十歳の子供ならもっと掛かるだろう。

まして奴隷として買われた身に自由は無い。

べべリアの王都に居る筈の母親にひとめ逢いたいと唇を噛みしめた。

もう家族は母親一人だからと・・・


エルが五歳の時、彼の村は襲われた。

狼族の隠れ里は、その中でも特に珍しい銀狼の村だった。

青みを帯びた銀灰色の毛皮と、爪と牙。

それはかなり高い金額で取引をされる。

商品として。


壊滅した村で生き残ったのはエルフィと母親のみ。

どちらも競売にかけられ奴隷として彼はマクガバン伯爵に買い取られた。

母親は王宮に買われたと云う。

今現在生存しているかは全く判らないとも。



「さて、概ねの事情は聞いたが、どうする? 弓月。」

「うん、連れて行こう。」

即答か。

らしいと云えばらしいが。

おそらく大枚はたいたマクガバンは承知するまい。

「マークビル卿に云えば良い。」

表情も変えずにガイが云った。

「あれはどうでも弓月を連れて行きたいのだから、この子供を置いて行けないとお前がごねれば手を打ってくれるだろう。」

おかしな奴だ。

さっきは消すと云っていたのに。

「仕方が無かろう。弓月が知ればこうなるのは眼に見えている。

なれば、さっさと片を着けて出発した方が良い。マクガバンに考える間も与えずにな。」

俺の内心を読んだのかガイはふふんと嗤った。


確かに確実な手だ。

誰が聞いても納得するだろう。

だが、その交渉をなぜ俺がやるのかが判らない。

もっとも、弓月やガイに任せたら悲惨な事になるのは判り切っているが。




もっと揉めるかと思ったけど。

案外ゼルは交渉上手だったんだ。

褒めて遣わすと云ったら耳を引っ張られたけど。


エルはいま、ゼルの馬の前に座っている。

良いなぁ。

あの耳がぴくぴく動くの。

触ってみたいなぁ。


「獣人は耳や尾を触られるのを嫌がる。まして緊張してる今は自重しろ。」


ヘヘ――んだ。

一番怖がられているガイに云われたくないよ――だ。

見なさい。

エルのガイを見る眼。

恐怖の俺様大王様を見るようじゃない。

でも、涙目になるほど怖いなら見なきゃ良いのに。

ああ、きっとこれが怖いもの見たさと云う奴か。

納得。

あ、そっちは駄目。

さっきゼルに引っ張られてまだ痛い。

いだだだだだ・・・・・


お、おほん。

それでですね、奴隷は開放したいんですが。

あれ?

何ですその顔。


「お前が知らないのは仕方が無い。だが、これは覚えておけ。」

この世界では奴隷制度は普通に有る。

良いとか悪いとかではない。

それを生業として生計を立てているものは無論、生きて行く術を持たない者にも必要な制度だ。

親のいない子供や、住む場所の無い者は我が身を売る。

売って得た場所で生きる事が出来る。

エルのように生まれた場所がなくなると云う事は死に直結しているのだ。

特に子供の場合はな。

あれは運が良かった。

少なくとも伯爵家に拾われたから五体満足で生き永らえたし、こうしてお前のモノになったのだから。


そんな顔をするな。

世界を一つ変えるには時が掛かる。

お前の世界でも同じであろう。



少しずつ詰めていた息を吐き出す。

この世界の現実は、今の私には重すぎる。

いや、そうじゃない。

私の世界だって同じだったんだ。

自分の周りにそれが無かっただけで。

見えないから知らない振りが出来ただけで。







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