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自称女神とかふざけた事をへらっと告げた魔女は、確かに空恐ろしいほどの力を持っている。

それは認めよう。

小さな顔に妙に煌めく黒瞳。

艶やかな赤い唇。

驚くほど豊かな腰まで届く黒い巻き毛。

幼さの残る容姿だがその黒髪に宿る魔力は只ならぬ力を秘めている。


だが、今の彼のターゲットはこの魔女では無かった。


べべリア王国伯爵、マークビル卿には目的があった。

それはグレィス王国秘蔵の黒魔導師、ガイをべべリア王国に連れ帰る事。

この三十余年、ちんけな国とも云えぬ小国グレィス王国が独占してきた、おそらく魔導伯爵として名高い彼自身と同じ程の力はあるだろう黒魔導師を。

得意な術は天候操作か、土壌開発か。

まったく旨みの無かったこの土地を此処まで豊かに作り替えた手腕は確かに見事なものだ。が、

くくくっとマークビルは嗤った。


天候や土壌など何の役に立つと云うのだ。

本来ならば黒魔導師の仕事は戦での魔法攻撃に尽きる。

馬鹿馬鹿しい。

昨年の飢饉が無ければべべリアとて見向きもしなかった小技に過ぎない。

この辺鄙な土地に住まう代わりの土壌開発など真の黒魔導師の仕事ではない。

おそらくロリア内大臣の嘘とは言わないまでも、大袈裟に吹いたのだろう。

どちらにしても黒魔導師ガイを連れて帰れば済むことだ。

このちんけな国がどうなろうと興味は無い。


マークビルの眼が魔女から黒魔導師に移った。


まったく呆れ果てる。

それが第一印象だった。

真っ直ぐな銀の髪、紫色の瞳、少年のような線の細い風貌がそこに有る。

力強さも威厳も無い。

六十歳を過ぎたロリアが、初めて黒魔導師を見た二十代の頃から全く変わって居ないと云ったのはどうやら本当らしかった。

だが、これほど人に侮られる容姿をわざわざ選んでいるのは自らに自信が無いからだ。

べべリア王国魔法伯爵マークビル卿は余裕を持って着座した。



過去何度かこの国を訪れている彼はこの地の料理を知り尽くしている。

だいたいが知り尽くすと云うほどの種類も無い。

産地である肉は確かに美味いが、出されるのは毎度変わり映えの無い焼肉。

ミルク系スープ。

塩ゆで野菜。

パン。

以上、終了。


自国もさして変わらないが此処までひどくは無い。

内心うんざりと席に着いたのだが、思わず目を疑った。


なんと美しい。


カリッと焼いたパンに挟まれた肉汁の滴り落ちる肉の焼き加減は初めて食するもの。

ソースと絡んだ味は絶品だ。

美味い。

野菜は採れたてで何やらキラキラ光っている。

口に容れれば爽やかな酸味が広がり、多種の野菜を一つに纏め上げている。

美味い。

透き通ったスープは初めてだ。国にも無い。

何と深い味わい。

美味い。

芋は金色に輝きカリッと歯ごたえが有りジワリとバターが滴るし、アスパラは塩茹でだがこの白いソースをつけると完璧に仕上がる。


どれもこれも異様な美味さだったが、最後に出されたこれは・・・何だ。


エルダ王太子が食べ方を見せてくれた。

匙で掬って食すのか。


おお、逃げる。何やら柔こい感触が・・・


うっ・・・・・・・・・・・・・・・・・美味い・・・・・・。



陶酔しきっているマークビル卿を見て、エルダ様が僅かに口の端を上げる。


ガイは小さく呟いた。

「墜ちたな。」


ゼルが横目で弓月を見ると外来者など知らぬ気に完食していた。

「どうだ?」


もちろん美味しいですとも。

なんせ昨日は食べそこなったんだから。

味はまぁそこそこ、努力賞ですね。

星、ひとつ半と云う処かな。


やっとの思いで散らかった厨房を片づけて、試作プリンを作り倒して完成させ、安堵したと思ったら第三次襲撃によって奮戦し、今頃は死んだように眠って居る筈の料理長を想い心の中で涙する。

安らかに眠るが良い。

夕刻までは。


まあ取り敢えずはこの場を凌ごう。


チラッとエルダ様を見ると既に戦闘態勢に入っていた。



「さて、マークビル卿。」

お気に召して戴いたようで何よりだ。

実は現在このような食品開発を国を挙げて画策いたしている処でな。

我がグレィス王国は御存じでは有ろうがこれと云った特産が無い。

国も小さく民も貧しく田畑と牛馬が辛うじて国民を養っている状態。

それを何とか別の形にならぬものかと試行錯誤の末にこれが完成したのだ。

卿には御味は如何であったろうか。

ほほう、お気に召されたか。

大国べべリアの伯爵に合格とされたならば自信が持てる。

のう、ロリア。

そなたの発案は大成功のようだ。


驚かれましたかな。

実はこの案件は総て内務大臣ロリアの進言によるもの。

この計画がこのまま進めば次なる手はそこの外務大臣バースの外交手腕でアーリィア大陸中に広げる考えを持っている。

既に幾つかの手も打ってある今現在、べべリア王国に併呑される心算は無い。


お帰りになられたらべべリア国王ヨシュア陛下にお伝えください。

我らは戦はしない。

到底太刀打ち出来ぬと知っているからな。

だが。

我がグレィスに手を出されるならば、この技術はこの世界から消滅させると。





べべリア王国、魔導伯爵マークビルに魔女が笑った。






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