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眼の前でご機嫌なガイとゼルを睨みつけるが、二人とも全然気にしてない。
「異世界にはこんなに美味いものがあったのか・・・」
噛みしめながら唸るゼルに、
「この肉とソースは実によく合う。このピリッと感は何だ。」
分析と咀嚼を繰り返すガイ。
ええ、美味いでしょうとも。
不味い訳がない。
泣く子(私こと北城弓月)から取り上げて山分けしたデリデリ本舗のローストビーフサンドが。
ましてモモンガ堂一押しのカフェラテとか。
モーモー印最高級のチーズケーキに至っては。
それを見ながら学校給食のような塩味一辺倒の野菜と肉の煮込みと朝焼いたパンにはバターも付いてない代物を戴く私は何処にこの怒りをぶつければいい。
第一声で怒鳴られた挙句のこの怒りを。
聞かせて貰おうじゃないの。
ええ、ガイ。
何とかお言い、このクソ魔導師が!
駄目でした。
不幸な私に対して幸せなクソ魔導師では話にならない。
人生は実に不公平だ。
儚く弱く心優しい人間は捕食者のような極悪非道な輩には太刀打ち出来ないと決まっている。
齢十八にして現実を叩き込まれ、思い知ったこの身がいとあわれ。
よよよ・・・
それで何しに来たの。
まさかデリデリとモモンガとモーモーを食い散らかしに来たとは言うまいな。
あぁ・・・今日の件ですか。
ちょうどクロウが帰ってきましたね。
では報告を。
「内大臣のロリアがバース外務大臣を脅迫しているようだな。」
え、反対じゃなくて?
「ロリアの嫁の実家がべべリア国の貴族から多額の借財を受けているようだ。
バースはその昔ロリアから外務大臣の椅子を与えられた。反抗は出来まい。」
って事は、内務と外務の二人の大臣がブブリアと繋がっていると云う事になる。
これは・・・・・・・完敗ですねぇ。
完全に『詰み』ですよ。
え。
これをひっくり返すんですか?
私が?
う――――――――――ん。
では、こう云うのはどうでしょう。
翌朝午前十時、ババリア国の使者殿が王宮の謁見の間に現れた。
金と銀の眼がチカチカするような服に真っ白なローブを纏った、へのへのもへじ顔が妙に印象薄くヘラリと笑った。
「此度は敬愛するウェール国王様に拝謁をお許しいただき心から喜ばしく思います。」
うーん、敬語がなっとらん。
王宮側の末端に目立たない様に弓月は並んでいる。
王様の横にはエルダ様が並び静かな顔を使者に向けた。
「ようこそグレィス王国へおいでなされた。
幾たびもの親書を戴きもはや他国とも思えぬ間柄、滞在中はどうか御国と同じようにお寛ぎ頂きたい。」
エルダ様や王様は実に簡潔な話し方をするのに、お使者は実に回りくどい。
聞いて居ると面倒くさい女友達を思い出す。
『如何なものかと思う』って何。
御国の為だの民衆の為だの、周りをぐるぐる回ってるだけじゃん。
云い方がいちいち大げさなのに大したこと言ってないし。
おや、クロウが帰ってきた。
お疲れ、そして了解。
エルダ様にサインを送って完了。
躰を張ったOKマーク。
えええ、なんで吹きだすのさ。
ほら咽てる。
失礼でしょ、それって。
お使者はともかく私に。
「ああ、これは失礼いたした。マークビル卿。
お疲れであろうに長々とお引止め致した。まずはお部屋でお寛ぎ頂きその後、午餐と致そう。」
あらま、体よく追い払いましたね。
まあ今はこんな処で・・・・・・・・・・へ。
退出しかけたお使者が立ち止まってる。
それも私の前で。
何でしょう。
そんなにまじまじと見ないで下さい。
減っちゃうじゃないの。
そうか判った。
この人魔法使いだ。
魔力の流れが見える。
ガイに習ったから判るもん、それぐらい。
「そなたは何者か。」
おお、なんて礼儀知らずな上から目線。
いいとも応えてやろうじゃないの。
良くお聞き。
私ゃこの国を護るために降臨した雇われ女神ですよ、だんな。
時給900円+alphaとは云うまい。
「よし、何とか間に合ったな。」
爽やかに響くゼルの唸り声に反して、ガイと料理長はぐったりとへたり込んだ。
昨夜、日付が変わる前に三度目の奇襲を受け、そのまま昼近い今まで拘束された料理長は死人も真っ青な状態ながらどこかやり遂げた感を漂わせていた。
結構な魔力を消費したガイは死んだ魚の眼をしているが。
後でいくらでも寝ればいい。
同情はせんぞ。
自分から云いだした事だ。
何を云うか、弓月はお前の弟子だろう。
弟子のケツは師匠が取るものだ。
とにかくこれで形は着いた。
後はロリア内大臣とバース外務大臣の猿芝居を援護するだけだ。
午餐の用意が整い揃った顔ぶれはグレィス王国ウェール国王とエルダ様。
内務大臣ロリア、外務大臣バース、農産畜産の二人は多忙により欠席だが。
聖騎士伯ゼラフィスと魔導師ガイ。
迎える客はべべリア王国伯爵位のマークビル卿。
彼が一番最初に驚いたのは、とてつもない魔力を秘めた魔女が同席していたことだった。