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プリン。
卵と牛乳と砂糖で創られた芸術。
他には何も要らない。
ただひたすらシンプルなのに、そのシンプルさ故に想像をはるかに超える技術が必要となる。
溶かれた金色の液体が濃密なミルクと地味豊かな砂糖と出会った時、大地を揺るがす奇跡が起こる。
その奇跡が凝縮されたプリンと云う偉大なる至宝は、人の世の総てを黄金の輝きで包むだろう。
ねえ、聞いてます?
どれほど難しいか力説してるんですが。
エルダ様、この世の終わりみたいな顔をしないでください。
ガイ、ぐちゃぐちゃにかき回さないで、食べ物で遊ぶと罰が当たりますよ。
ゼルはどこ見てるの。こっち側に帰ってきなさい。
何ですって、ガイ。
これは食べ物じゃない?
何を云ってるんですか。
食べ物で作ったんだから食べ物に決まってるでしょ。
確かに黄色と白が不気味に入り混じってるし、とろーり滑らかな代わりに妙な歯ごたえは有りますが、代わりに気持ちが悪くなるほど砂糖よりも甘く仕上がったじゃないですか。
贅沢は敵です。
『欲しがりません勝までは』の根性です。
え、これは日本人の合言葉で・・・そんな事はどうでも良いです。
たぶんこれは分量の問題でしょう。
それと、卵は濾した方が良いかな。
ぶつぶつと呟きだした弓月を見ながらゼルはため息をついた。
云わない方が良いだろう。
このとんでもない代物を敵に配れば腹を壊して壊滅すると思ったことは。
ある意味、恐怖の大型殺戮兵器に匹敵する威力が在ると思ったことも。
ガイとお前が作った火球にも負けない破壊力だと思ったことは、特に。
出来ないと嫌がった弓月に無理強いして作らせたのは確かに俺たちだが。
見てみろ。
王宮の料理長の顔を。
決して狭いとは言えない厨房の半分を卵と牛乳と砂糖ででろでろにしただけではなく、鍋やら窯やら木べらに使いもしない多種多様の食材から調理道具までが取り散らかって入り乱れた様は、まさにタイフーンに襲われた直後の地獄のカオスの形相を博している。
どうしてこうなるのかが俺にはさっぱり判らんぞ。
卵と牛乳と砂糖だけだと云ったのはお前だろう。
なのに何故に粉をまき散らす。
それは塩だ、砂糖じゃない。
牛乳が零れてるぞ。
卵を踏むな。転がすな。ついでに自分も転がるな。
「もう良い、私がやります。」
ゼルの前で勇敢な発言をしたのは件の料理長だった。
よし、良く云った。
おそらくは厨房自体の安全を慮っての発言だろうが、俺はその勇気に心からの敬意を表するぞ。
動きを止めた弓月は暫し硬直していたが、おもむろに皮袋からモーモー印の焼きプリンを二つ取り出してうやうやしく手渡す。
そうだな。
お詫びと見本は必要だ。
だがこれで、グレィス王国存亡の危機は免れた。
取り敢えず。
料理長に追い出されるまでも無く、ほうほうの体で逃げ出した俺たちは中庭にとやって来た。
武器の扱いは考えていたより上等だった。
枯渇することの無い魔力が途切れることなく勝手に魔道具に充填されるために、もはや剣豪レベルの腕となっている弓月は、むしろ魔力の使い方を学ぶべきとガイは云った。
確かに正しい。
幾つか懸念はあるが、今は膨大な魔力に振り回されない使い方を知ることが先決だろう。
だが、ガイ。
もう火球は止めておけ。
玻璃の在庫は無いと云っただろう。
だから止めろと云うにっっっ!
「伏せろ!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・ドドンッッッ!!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そうか、昨日は二拍後の衝撃波が今日は三拍後になったか。
それはより高く上がったと云う事だ。
良かったな。
見た処、玻璃も割れていないようだ。
では俺は兵舎を見て来よう。
エルダ様の説教は二人で受けとめろ。
俺はごめんだ。
ゼルの薄情者。
ゼルの裏切り者。
ゼルの卑怯者。
ゼルの馬鹿野郎。
ええ? もちろん恨んでますとも。
ガイだって同じでしょ。
あらエルダ様、どうしました?
今日は玻璃も割れなかったし実験も旨く行ったじゃないですか。
プリンはともかく。
お疲れなら休んだ方が宜しいですよ。
あああ、そうですか。
信用出来ないんですね。
次に何を仕出かすか。
それはガイに云ってやって下さい。
何ですその眼は。
弟子の尻拭いは師匠の仕事ですよ。
まして火球は止めろとエルダ様とゼルが云ってる傍から打ち上げたのは私じゃないでしょ。
あれ?
エルダ様、誰ぞがふらふらしながらやって来ましたが。
話を逸らしたんじゃないですぅ
伸びちゃうから。
頬っぺた伸びちゃうから。
ああ―――エルダひゃま、たひゅけて――――。
「べべリア国からの親書だ。使者が着くと云ってきた。」
エルダ様の引き締まった声で状況は一変した。
「何時と?」
ガイも真顔になっている。
「明日だ。緊急会議を開く、主だったものを招集しろ。」
チラッと弓月を見て、
「お前も参加してもらう。忌憚のない意見を聞かせて貰うぞ。」