ひとまずの、決断
翌朝、廊下掃除の終わったトルクは事務係の部屋の扉を叩いた。
応接用の机の前で、事務係のロントは腕を組む。一呼吸の間を置いて、口を開いた。
「……そうか。」
一度頷き、続ける。
「出発は、祭の後でも良いか? それまでには紹介状も用意しておこう。」
引き締めていたトルクの表情が緩む。ぺこりと頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします。」
ゆっくりと、顔を上げる。
西の街の精霊宮に行きたいと告げるのに、予想外に緊張した。息を吐いて、体に力が入っていた事に改めて気付いた。
ロントは苦笑する。
「目前の祭が片付かないと、落ち着かなくてな。準備も手伝って欲しい。」
組んでいた腕を解き、肩を竦めた。トルクは小さく笑う。
「あ、それはもちろんです。こちらに居るうちは、ここの仕事をやりますよ。」
ロントは腰を浮かせた。机越しに手を伸ばして、ぽんとトルクの肩を叩いた。
「……祭が始まったら、存分に楽しむと良い。」
穏やかな笑みで、トルクを見ている。トルクは一度、しっかりと頷いた。
事務係の部屋を出て、食堂へと向かう。
まだ昼食には早いが、食堂は賑わっていた。トルクと同じ従位と、その上に当たる中位の精霊術士が集まっている。それぞれに祭礼用の衣装や新しい肩当てを手にし、体に合わせていた。
食堂の扉が開いても、特に気に留める者はいない。トルクはカウンターへと足を向けた。水入れを手に取り、コップに水を注ぐ。水を飲んでいると、声をかけられた。
「よう、トルク。なんか随分久し振りじゃないか?」
ロビーが服を腕にかけて、立っていた。遺跡に行く前の畑当番で一緒になって以来だ。
「そういえばそうだ。久し振り。」
トルクは片手を挙げて、軽く笑う。ロビーもカラカラと笑った。
「服合わせは済んだか? まだだったら、奥の方にあるから持ってこい。」
親指でぴっと指し示す。それを視線で追うと、一つのテーブルの上に服が積み重ねられていた。たたんである物もあれば、丸めて置いてある物もある。新しく届いた祭礼用の衣装を、実際に身に着けたりして確認しているところのようだ。
「ロビーは? 終わったのか?」
視界の隅にラフィが見えたが、ちょうど部屋を出るところだった。トルクには気付かなかったようだ。
ロビーは頭を傾ける。
「まだだ。適当に選んだんだが、これは俺には短かったんだ。他に良いのがないかまた見て、なかったら仕方ない。」
腕の服を持ち上げて見せた。なるほど、とトルクは手を打つ。
「ロビーは背があるからなぁ……。」
服と肩当てを見るために、2人は服の積んであるテーブルへと向かった。




