お茶の清涼感
トントン、と扉を叩く音がした。ル=トゥがそちらを見て、席を立つ。座ったままトルクは扉が開くのを見ていた。
「これは、いらっしゃい。」
ル=トゥは声をかけながら扉を大きく開ける。自然と、トルクにも入り口の向こうが見えた。
「おや。」
開いた扉の向こうにいた人物も、すぐにトルクに気付く。
「やあ、トルク君も来ていたのか。」
片手を挙げた。バイスだった。その反対の手は、後ろに居る誰かと重なっている。
「それじゃ、私は木の実拾いをしてくるから。」
涼やかな声が通り、女性はバイスから手を離す。ル=トゥが声をかけた。
「お茶を飲んでいってくださいな。」
バイスの後ろに立ったまま、女性はうふふと笑う。ぱっと身を翻した。
「ありがとう。でも、早くしないと森の子達に囓られちゃう気がして。」
「そんなの、今でも後でも変わらないだろう。」
バイスも振り返る。いいのいいの、と走っていってしまった。
ル=トゥは元の席に戻る。
「先ほど、バイスの話もしていたんですよ。」
やれやれとバイスは肩を竦めながら中に入った。トルクは呆気にとられて、扉を見ている。
「あの……今の方は?」
「ん?」
バイスが顔を上げた。空いている椅子を引いて、腰を下ろす。ぽりぽりと頬を掻いた。
「ん、ああ。私の妻だ。」
「へ?」
トルクがぽかんと口を開けると、ル=トゥが続ける。
「新婚さんなんですよ、バイスは。」
「へっ?」
さらに口を大きく開けて、トルクは顔をル=トゥに向けた。バイスも驚いて、ル=トゥを見た。
「新婚なんて言葉、ル=トゥが知っているとは思わなかったな。」
あはは、とル=トゥは軽く笑う。
「この間、バイスが教えてくれたんじゃないですか。結婚した後ここに来た時に。新婚さんなんだって。」
バイスはまた、頬を掻いた。
「そうだったかな。」
「そうですよ。」
何故か誇らしげにル=トゥは胸を張った。そこで一度席を立ち、もう一つコップを取り出す。茶葉を浮かべて、バイスの前に置いた。
自分の分のお茶を思い出し、トルクは一口飲む。
「バイスさんって、結婚してたんですか? 奥さんいたんですか?」
喉を通る爽やかな風味を感じつつ、やっと言葉が出た。お茶を出された事に礼をしていたバイスはトルクに向き直る。少し照れて、にへらと笑った。
「まあなー。」
「あっ、その幸せそうな顔。なんかすごい悔しいんですけど。」
トルクは口の端をへの字に下げた。嬉しそうにバイスは顎を上げた。
「いいだろう。」
「あっ、よく分からないけどなんだこの敗北感。」
トルクとバイスのやりとりを横目に、ル=トゥは肩を震わせて笑っていた。




