遠い時間
手の平に乗るような大きさの妖精が、湖の上を走っている。台座の方へは向かわず、精霊の立つ場所を避けるかのようにくるりと体の向きを変えた。その動きに顔を向け、水の精霊は独り言のように呟いた。
『本当に、本当に久し振り。ここに人が来るなんて。』
ゆっくりとバイスとトルクの方へと目線を戻す。
『完全に、ここの事は忘れ去られたのだと思っていました。もう訪れる人はなく、来るのもあの子達くらいだろうと。』
水で遊ぶ妖精達へ微笑を向けた。
『ずっと私がここに居たので、他の精霊力の干渉もほぼ届かなくなりましたし。』
はっとして、トルクは精霊を見上げる。
「だから、ここに来る途中に他の妖精を見なかった……?」
『ああ、ここの外の調和も乱れていたんでしょうか? 気の遠くなるほどの時が経ちましたし、水の影響力が大きくなったんですね。他の子は居づらくなってしまったんでしょう。』
水の精霊は頷いた。トルクは姿勢を正した。
「ずっと、ここに居たんですか?」
手の中で、先ほど台座から取れた石がひんやりと冷たい。
『ええ。そう、契約してしまったものですから。』
バイスは腕を組んでいた。腕を解き、手の平で自身の顎を包む。
「この遺跡は、ラカラの街ができる前に造られたもののはず。という事は、百年以上は経っているんじゃないか?」
誰も来なくなった祭壇に、居続けた精霊。その時間と孤独を想い描き、トルクはぞっとした。水の妖精が遊びに来る事が、どれほど慰めになったのだろう。
おずおずと、控えめに精霊は指を組む。
『あの……。』
バイスとトルクは仕草で先を促した。
『私はこの祭壇を守るために、ここに居ました。この場所に留まり、恵みの水を満たす事が人間達との約束でした。ですが、ここはまだ、必要とされているのでしょうか?』
バイスがちらりとトルクを見た。首を小さく横に振る。
「……残念ながら、この場所を知る者はほとんどいないと思われる。ここを祀っていた方々の村も、すでになくなっている。だからこの場所を調べるのに少々時間がかかったんです。」
すっと、精霊は目を細めた。
『そうですか。』
ぱちゃん。
水の落ちる音が響いた。
『そちらの方は、精霊術士ですね。』
言葉の内に鋭さを含ませて、精霊はトルクを見詰める。ほぼ反射的に、トルクは肯定した。
「あ、はい。」
一呼吸置いて、精霊が続けた。
『お願いしたいのですが、私を解放してもらえませんか? そうすれば、私は自由の身となり精霊界へと帰る事ができます。』




