忘れられた祭壇
静かで、神秘的な空間だった。ひんやりと冷たい空気がトルクの頬に触れる。
ぴちょん。
水滴が落ちたのか、水の音が響いた。
バイスが台座を見ている。水を意識して作られた物なのか、丸みを帯びた形をしている。曲線を描き、滑らかな印象を与えていた。石で出来ているようだが様々な質の物が混ざっているのか、まだら模様が浮かんでいる。上には青い石が取り付けてあった。割ってあるそのままのような形で、丸っこい台座の上にあってはその鋭角が目立っていた。
台座の向こう側には、女性を模した像が置いてある。
トルクも台座を観察してみた。台座の上部、石のすぐ下に模様が描いてある。水の精霊術に用いる物だと、すぐに分かった。何気なく指先でなぞってみる。
「水の精霊を祀っていたんですね、ここでは。」
バイスにそう、声をかけた。バイスは周りを見回す。
「なるほど。確かに、水が沢山あるし……水で心が洗われるような場所だな。」
「あ。」
トルクが青い石をつついた時、ぽろりと台座から石が取れた。咄嗟に両手でつかみ取る。おそるおそる、バイスを見た。
「こ、壊しちゃった……。」
冷や汗が出た。バイスも動きが凍る。台座を見て、トルクに視線を移す。
「……どうする? 大丈夫なのか?」
2人でトルクの手の中の石を注視する。
ぴちゃん。
すぐそばで、水の落ちる音がした。
ぱちゃっ。
今度は、水の跳ねる音がした。
『ずいぶん久し振り、人が来るなんて。』
トルクとバイスは不意に響いた声に驚き、ばっと振り返る。台座のすぐ前……2人の横の水面に人影があった。透き通った肌が光を受けてきらきらと輝き、長い髪が流れる水となり足元の水面へと滴っている。2人とさほど変わらない大きさの女性の姿をしており、水面よりも上に浮かんでいる。自然に、見上げる格好になる。
「水の、精霊?」
驚きと畏れで、トルクの声がうわずった。
『はい。』
精霊は柔和な表情で微笑んだ。バイスも驚きを隠せない。
「は、初めて見た。私にも精霊が見えるなんて思わなかったな。」
水の精霊は首をかしげて見せ、ゆらゆらと水の髪を揺らす。
『ああ……それは、ここの水を用いてこの姿を形作っているからですね。物質界の物で作った姿だから、物質として見る事ができるのです。』
不意に、トルクは水の妖精も居る事に気付いた。彼らとは離れた場所で、水の上を走ったり遊んだりしている。4~5はいるだろうか。




