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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

東樹の竜

掲載日:2026/06/11

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 共生。

 字で書くとひとことだけど、実践するのはとてつもなく大変なことじゃないか?

 同じ人間同士でさえも、共存共栄の道はまだまだ遠い。それを異なる種同士でうまいこと一緒に過ごすとなれば、問題は多くなるだろう。

 危機管理意識をどれほど持てばよいのか。今は良くても、将来にどのような問題が発生しうるのか。計算しきれないことを、絶えず考えていかねばならない。

 やはりというか、主従の関係がもっとも分かりやすいのかもね。上位の存在のため、下位の存在が働き、配慮する。

 平等意識というのも、時代とともに権利が強まってきて考えられるようになったこと。自分より上の存在は、意識するに越したことないかもね……。

 以前、母に聞いた昔話なのだけど、聞いてみないか?


 母の実家がある地域は、東樹の竜と呼ばれる存在をまつっている。

 なんでも、母の地元の人々は、海を越えたはるか東からやってきたとされる竜に仕えていた、神職の末裔とみなされているようなんだ。

 東樹と称されるのは、竜がその今わに、身を数えきれないほど細かく砕いてはじけさせ、そのかけらが埋まった土から芽がふいて、たちまち森を作った……という伝説にもとづくらしい。

 竜もまた生きているうちに、自らの血を自身に仕えてくれた神職たちへ分け与え、この新しい土地たる日本で生きていくための力を授けてくれたとされる。言葉通りに受け取るなら、ご先祖は海外より来た人だったのかもなあ。

 そのように外から来た者かつ、それを成してくれたものへの感謝として、東樹の竜に捧げものをし続けているらしいのさ。


 東樹の竜へ捧げるものの基本として、その年で最初に採れた、稲を筆頭とした作物たち。中でも一番質のいいものをおさめるようにしている。

 ここまでなら、よそでもよく見られることなんだが、この捧げものを行う役は「竜装」と呼ばれる特別な装いをしたうえで仕事をしなければならない。

 竜のあごを模した被り物を始めとして、表面に銀色の鱗型の装甲を貼り付けた外套、履物は黄一色のひざ下まで届く長靴のようだが、人の足が届かない先端は左右どちらも三つ又に分かれている。

 かつての竜の姿を模し、神職が身に着け続けていた衣装のデザインを継ぐとされる、伝統的な装束だ。これを装備したうえで、東樹の竜がもたらした森の一角にある祭壇へブツをおさめにいく、ということを毎年のように行っているのだとか。


 たとえ地元民でなくても、東樹の森の中へ足を踏み入れれば、そこだと気づけるきっかけがある。

 そこには野生動物の気配がまったくない。仮に、一歩手前までが生命力あふれ、喧騒絶えない緑のゆりかごであったとしても、そこへ踏み込めばたちまちのうちに消え去る。

 もっぱら耳にするのは、葉のふれあい、枝のざわめき、そして奇怪ないななきのみとなるだろう、と。

 このいななきは最初、はるか遠くから聞こえてくるような小さいものだが、不思議と体をふるわさずにはいられない奇妙な音なのだとか。

 これが聞こえたならば、すぐに引き返さなくてはならない。再び、他の動物たちの気配のあるところまで。入ってきたときと違い、たとえ一歩のみ踏み込んだとしても、引き返しきるまでは距離があるかもしれない。それでもひるむことなく、だ。


 そのいななきは、反響定位とされる。コウモリなどが超音波を発し、目が見えずとも位置を特定するという、あれだ。

 もしとどまり続けていたならば、いななきはどんどんとその大きさを増していくとともに、荒い鼻息もそこへ混じって聞こえるようになってくる、とされる。

 その場にいながら、いななきと鼻息の主に害されずに済むためには、先に話した竜装を身に着けていなくてはならないとされるんだ。


 ――そこから先は、何が起こるのかって?


 あくまで言い伝えであって、私はもちろん母も見たことがないのだけどね。伝わっているのはこのような刑罰の話だ。


 その流れ者は、およそ人が成しえるであろう悪行をかの地で起こし、地元民にも少なくない犠牲を出したのちに、ようやくとらえられた。

 そのときの長が下した刑罰が、「竜刑」というもの。

 かの東樹の領域、そのいななきが聞こえる地へと罪人を放り込み、竜の下す裁きにゆだねるというものだった。竜という人を超えた存在に託す、というのはひとつの謙虚さとも、責任逃れともとれるだろうかね。

 竜装を身に着けた数人の村人と、全身をくくられた罪人。その目も口も隠され、身動きもできない状態で、東樹へと運ばれたそうだ。これくらいでなくては、次にどのような手でこちらを害してくるか分からないほど、罪人の凶暴さは頭一つ抜けていたという。

 やがて、あのいななきが響いてくる。

 罪人はその意味を知らず、寝かされた土の上、許される範囲でもがくばかりだ。竜装を身に着けた者たちは、万一にも罪人が逃げ出さないよう見張りつつも、これから訪れるのがどのような刑か、震えながら待っていた。

 いななきは、じょじょにその大きさを増す。鼻息もまた大きくなってきて、やがては各々の顔にかかるかという近ささえにじんだ。


 ――いる。


 誰もが同時に、頭へ思い浮かべたろう。

 そして唐突に、いななきも鼻息もぴたりとやんでしまった。


 直後、例の罪人が縛っていた縄が、ぷつぷつとちぎれ出した。

 彼の底力によってではない。背中からせり出す「背びれ」の隆起によって切れていくんだ。

 村人たちは魚のそれでしか、ほぼ見たことがない。しかし、それらに比べて共通しているのは、生える位置のみ。

 のこぎりの刃を何倍も大きくし、また不揃いにしたものがくぐもった絶叫とともにせり出し、やがて縄全体が切り裂かれても罪人はひたすら、悶えることしかしなかった。

 服を破って飛び出るそれは、表面が血でぬらぬらとてかっており、罪人の肉の中より出てきたのは明らかだったとか。

 今よりも血なまぐささが近くにあったころだ。村人は生理的な嫌悪感よりも、むしろ刺激の強い出し物を見ているような愉悦が勝ったという。


 ――次はいったい、何が起こるのか。


 そう期待する彼らであったが、ここに展開されるのは劇ではない。劇「的」なものに過ぎなかった。


 罪人の、それまでで一番大きな悲鳴とともに。

 その身は「はじけた」。それは話に聞く東よりの竜の、最期のときを想起させるようで、罪人であったものはほぼ跡形もなくなった。

 が、すべてが消えたわけではない。

 前へ突き出た長い口を擁するあご、すき間ない銀色の鱗を張り巡らせた胴体、黄色く先端が三又に分かれた両足……それは、村人たちがまとう竜装にそっくりの姿だったとか。

 当初はその身に、わずかだが罪人の残滓が張り付いていたが、それらはほどなく胴震いされ、払い落される。

 そうして生まれたばかりの「竜」は、先ほどまで村人たちが耳にしていたいななきと鼻息を響かせながら、身体も軽く、東樹の木々の中へ消えていったのだとか。

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