キスする時間帯を選べ
今後の人生でキスをするなら午前中か午後かどちらか一本に絞らないといけないという狂った価値観を押し付けられると、人はどうなるのか?
むかしむかし、あるところに、貧乏だけれども、ハンサムで女性にモテる男がおりました。男は結婚していましたが、ろくに働きもせず、奥さん以外の女性と遊び回って暮らしているのでした。奥さんは、夫のミュージシャンとしての才能を信じ、浮気されていることも知らずに健気に内職をしてお金を工面しておりました。そんな夫婦二人の前に、ある日、魔法使いの老婆が現れました。 「男よ。これからの一生の間、女性とキスをする時間帯を午前中か午後か、どっちかに決めたら、この金をお前にあげよう」 それは、お金に困っている夫婦にとって、一生暮らせるほどのお金でした。 「午前中って決めたら午前中以外にキスしては絶対にいけない。午後って決めた場合も同じだ。もし、決めたほう以外の時間帯にキスすると、醜いカエルの姿になってしまうぞ」 若いミュージシャンとその妻は、こいつの目的が全くわかりませんでしたが、魅力的な申し出だと思いました。 「一週間後、午前中か午後か、結論を聞きにくる。さらばだ」 奥さんは言いました。 「午前中にしましょう!あなた、いつも曲作りで帰ってくるの、日付回ることが多いから」 「午前中かぁ。うーん。午前中なあ。いや、でも、午後とかでもいいけどな」 「えっ、でも、わたし、起きて待ってるし」 「うん。せやねんけどな。まあ、午前中か午後か、ちょっと慎重に考えたほうがいいかなと思って」 「え、でも、いってらっしゃいのキスできるし、早く帰ってくること、少ないから、日付まわってから、キスして、そこから、子作りもできるし」 「うーん。いや、午前中か。ちょっと、ひとりの部屋で考えてもいい?」 奥さんは、だんだん腹立ってきました。 「なんなん?わたし以外と誰かキスすることあるの?なんで午後がいいの?今も夜中の一時回ってるやないの!?」 男は「分かった。午前中って言うよ」と奥さんに約束をしました。 男は奥さんにキスをしてから、ひとりの部屋にこもりました。 「午前中かぁ。午前中かぁ。午前中かあ。午前中かあ」 男は部屋でひとりになると、ひとりごとを言いました。 眠くなってきたので、男はベッドの上で目をつぶりました。 「午前中かぁ。午前中かぁ。午前中かぁ」 男は寝言を言いました。 奥さんは、こっそりと部屋に入ってきて、男の前で、その寝言を聞いていました。 「午前中かぁ。午前中って言おうとして、間違えて、午後って言ったらごめんな」 おとこの寝言は続きました。 「午前中って言おうとして、間違えて、午後って言うてしまったんや。間違えて午後って言うてしもたんや」 「それか、午前中って言うて、もっと家帰るの遅くするパターンもあるか。それか!それやな!」 男は、高熱を出してきました。 「午前中かあ。午前中かあ」 奥さんは、冷たくしぼったおしぼりを、男のおでこに乗せました。 男は顔を真っ赤にして、うなされています。 「午前中かあ。午前中かぁ。ゴホッゴホッ」 奥さんは、おしぼりを新しいものにかえました。 男の顔色は、どんどん悪くなります。 息も乱れ、うなされています。 「午前中かあ。午前中かあああ。死にたい。うーん。うーん」 奥さんは、泣きながらおしぼりをまた新しいものにかえました。 次の日、医者を呼びましたが、原因が分からず、男はどんどん衰弱していきました。 魔法使いとの約束の日が近づいてきました。 男は、もう、死ぬ寸前でした。 奥さんは、男に、泣きながら声をかけました。 「午後に、他の女とキスしまくっていいから、元気になって!!!」 男の呼吸は落ち着いていき、10分後、男はすっかり元気になりました。 男は元気になった証として、奥さんに「ぼく、ミッキーマウス」とおどけて言いました。 奥さんがいつも喜ぶモノマネです。 「元気になったよ!ぼく、ミッキーマウス」 奥さんは、こいつを殺すことにしました。 『他の女とキスしまくっていいから』という言葉で、こんなにも元気になり、ミッキーマウスのモノマネをしてくるこの男に、とことん、愛想が尽きたのです。 次、こいつが「ぼく、ミッキーマウス」って言うたら、そのタイミングで殺すことに決めました。 そんな時に限って、言わないこと言わないこと言わないこと。 男は、約束の時間に現れた魔法使いに「午後でお願いします!!ぼく、ミッキーマウス」と上機嫌で報告し、その瞬間、奥さんに刺されて死にましたとさ。 おしまい。
芸人、ネタ作家、短編小説家。“理系の変な奴”は自分で髪の毛を切ります。それが私。ついでの用事が二個ないとお墓参りに行かないです。
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