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荒野のデイジー  作者: Ono


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4/10

焦げつく常識

 ナタリーのアンチサッケードが反応を示した場所は森の中でも特に魔力濃度が高い一角だった。

 木々の幹は黒ずんで、大気まで重く淀んでいる。纏わりつくような不快感が全身を覆った。

「いるぞ」

 ロベルトが低く告げる。彼の視線の先で白い影が木々の間を駆け抜けた。獣じみた銀色の瞳が俺たちを捉える。

 雪のように白い髪、整った顔立ち。間違いない、アリエルだ。しかしその表情には俺たちを仲間と認識する光がなかった。彼の視線は俺たちを通り抜け、どことも知れぬ虚空を見ている。


「アリエル! 目を覚まして!」

 悲痛なナタリーの呼びかけに応えることなく、アリエルの手に光が収束してゆく。

「まずい、伏せろ!」

 咄嗟にヒナを抱き込むように身を低くする。すぐに頭上を光の奔流が通り過ぎ、背後の大樹を易々と切り裂いて森が真っ二つに割れた。

「うっわ、やば……」

 怯えたように呟きながら、しかしヒナの瞳にはどこか期待に満ちた輝きがあった。


 シルヴィウスに操られているせいでアリエルは躊躇なく殺意を向けてくる。普段の彼ならあり得ないことだ。

「ヒナ、私から離れるなよ」

「分かった。がんばって!」

 できれば隠れていてほしかったが、アリエルのあの魔力がいつどこに向けられるか分からない。ならば背後に庇い続けて戦うほうが安全だろう。


「私が攻撃を引き受ける。二人とも、距離をとってなんとか気絶させてくれ」

「ええ、お兄様!」

「了解だ……、ッ」

 まともに言葉を交わす間もなくアリエルの魔法が光の槍となって降り注ぐ。スターゲート……この大規模魔法を呪文さえ必要とせずに連発するとは。

 アイスシールドを展開して防ぐが、凄まじい衝撃に膝が折れそうになる。

 横合いからロベルトが陽動でパイルハンマーを仕掛け、軽やかに躱したアリエルにインパクトグローブを叩き込む。掌底からの高圧噴射の衝撃で気絶を狙っているのだ。

 反対側からはナタリーのロックシューターが次々にアリエルを追いかける。彼はそれらすべてを高密度のミストレインで防ぎ、同時に小規模かつ威力を強めた無数のトルネードを呼び出すことで二人を跳ね飛ばした。


 繊細なコントロールのもと自在な魔法が無限に飛んでくる。攻守ともに万全だ。

「くっ……これほどとは……」

 三人がかりでも勝てる気がしない。優しさという枷を外したアリエルはまさに魔帝をも凌ぐ強敵だった。

「敵の時はやたら強いのあるあるだよね」

 背後から緊張感を削ぐヒナの声が聞こえてくる。

「倒さなくても瀕死にできれば退却してくれるんだけど」

「そんな余裕はない……ッ!」

 威力調節の苦手なナタリーはともかくとして、ロベルトは無力化を意識して慎重に戦っている。だが殺すつもりでかかっても今のアリエルに傷を負わせることさえ厳しいだろう。


 そして異質な魔力の渦が彼の周囲に発生した。あの赤い月に似た気配は、ソウルリンクの魔法だ。

「二人とも避けろ、絶対に食らうな!」

 術者と対象の魂を繋げる魔法。あれにかかってしまえばアリエルに与えたダメージがそのまま自分に返ってくることになり、手詰まりだ。

 光の鎖が俺に向かって伸びてくる。避けようとした瞬間、黒い影が視界を横切った。

「ヒナ!?」

 彼女は俺の前に飛び出して魔法を真正面から受け止めた。


 光の鎖に巻き取られながらヒナが叫ぶ。

「ナタリー! なんでもいいから私に攻撃魔法!」

「え!? しかしそれではヒナが!」

「いいから、ソウルリンク切れちゃう!」

「で、では、『インフェルノ』!」

 待て我が妹よ、なぜよりにもよってそんな広範囲の炎魔法を……いや、言っている場合ではない。

 慌てて彼女の魔法に合わせるようにブリザードの魔法を唱える。氷の壁が展開され、間一髪森への延焼は防いだ。

 しかし爆発的に広がる炎の中心でヒナはナタリーの魔法の直撃を食らってしまった。


 悲鳴もあげずにヒナが倒れると同時に、アリエルが苦悶の声をあげた。ソウルリンクによって繋がった二人は同じ痛みを共有している。彼自身の魔法耐性を貫通して、ヒナと同じだけの深手を負ったのだ。

「っ……! な、たりー……」

 銀色の瞳に一瞬だけ困惑の色が浮かび、そしてアリエルは身を翻して森の奥へと退却していった。

 その後を追うことはできなかった。俺の腕の中で、ヒナが気を失っていたからだ。


「無茶苦茶なことすんな、このお嬢ちゃん」

 半ば呆然とロベルトが呟いた。

「でも、おかげで助かりました。正直……アリエルを倒せる気がしなかったもの」

 ヒナの服は焦げ、露出した肌には火傷の痕が残っている。

「お兄様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 この“ゲーム”のプレイヤーだったとヒナは言う。だからこんなにも命知らずなのであれば、認識を改めさせなければならない。

 今ヒナはここに生きているのだ。物語の筋書きがどうであれ、容易に命を落とし得る生身の人間なのだと、彼女は自覚すべきだ。


 アリエルの魔力痕めがけて魔物が集まってくる。その場を離れて安全な場所でキャンプを張り、ヒナに治療を施した。

 ブラッドヒールで火傷は治ったが、彼女は目を覚まさない。ナタリーの魔法の直撃を受けたのだから無理もなかった。

「しかしまあ、とんでもねえ作戦だったな」

「ああ」

「アリエルに通らないのなら、ソウルリンクで繋がった魔法耐性のないヒナ越しに攻撃する。理にかなっていますわ。無謀すぎるけれど」

「お姫さんに言われるとはねえ」

「何が言いたいんですの、ロベルト」

 ヒナが咄嗟に立てた作戦は確かに有効だった。有効すぎた。二人に疑念を抱かせるほどに。

 戦いを知らない少女が思いついたにしては、あまりにも不自然な――。


「あれは、さっき離れている間に私が提案したんだよ」

「まあ、お兄様ったら。そうなの? ヒナを粗雑に扱いすぎだわ」

「いくら妹しか見えねえシスコンだからって、女相手によくやるぜ」

「そうだな。次からはロベルトを使おう」

「げっ! ……まあ、お嬢ちゃんがぶっ倒れるよりはいいか」

 いらぬ不名誉を被ってしまった。しかし仕方がない。ヒナが"知っている"ことを明かすのは危険だ。

 さきほどの口ぶりからして、彼女は今起きているあらゆる出来事と、これから起こるあらゆる出来事、つまりタルタロアの開き方さえも理解している。もしも魔帝にそれを知られればあの男はヒナの知識をなんとしても手に入れたがるだろう。


 日が暮れた頃にヒナが目を覚ました。

「うぅ……焼き鳥になった夢見ちゃった……」

「ヒナ。痛むところはないか?」

「おはよー、グレッグ。ヒールのおかげで筋肉痛な以外は平気だよ」

「そうか……すまないな。私の愛しい妹は、その、攻撃魔法には長けているのだが、如何せん判断力が」

「お兄様? 何が仰りたいのかしら」

「……ヒナが無事でよかったよ」

 トラウマになってはいないかと心配だったが、ヒナは「4D映画みたいで面白かった」とよく分からないことを言って笑っていた。


「しかしまた振出しに戻っちまったなあ」

「もうアリエルの探し方は分かっているもの、平気ですわ」

 今後について話し合うナタリーとロベルトをよそに、知っていることを悟られずにどう動くべきか思案する。ヒナの話をすべて一度で理解はできなかったが、ここでのアリエルとの離別については彼女も触れていた気がする。

 ナタリーたちにはバレないように、

「このあとアリエルは一回シルヴィウスと合流するから、もうみんなは森を出て町で休憩しても大丈夫だよ」

 俺の逡巡にまったく気づくことなくあっさりと告げたヒナの言葉に、ロベルトの視線が鋭くなった。

「なんでそんなこと分かるんだよ?」

「え? それは私が、」

「ソウルリンクにかかった時にアリエルの精神を垣間見たからだ! そうだな、ヒナ?」

「あ、うん? そうそう、そんな感じ?」

「ふーん……まあ、いいけどよ」

 ロベルトは納得していない様子だったが、幸いにもそれ以上は追及しないでいてくれた。


 駄目だ。早急に二人きりになってヒナと話す必要がある。彼女は自分が持っている情報の危険性を認識していない。このままではいずれ取り返しのつかないことになる。


 森を抜け、近くの町に辿り着いた。久しぶりに人の営みの気配を感じた気がする。

 突如として現れた森を避けて寂れてはいたが、おかげで宿屋は空いていた。当然ながら部屋割りは俺とロベルト、ナタリーとヒナになる。

 さて、どうやって連れ出したものか。

「ヒナ」

 荷物を置いて一息ついたところで、俺は彼女に声をかけた。

「一緒に買い物でも行かないか。動きやすい服と靴を買ってあげよう」

「いいの? やったー」

 ヒナは素直に目を輝かせる。その無邪気な反応に、少しだけ心が癒された。いやいや、これはただ今後の話をするための口実だぞ。


「お兄様が、ヒナと二人で……? あのお兄様が?」

「彼女の靴はもうぼろぼろだからな。新しいものが必要だろう」

「でしたらわたくしが行きますのに。女同士のほうがヒナだって気楽でしょう」

「どっちでもいいよ」

「いや、ナタリー、お前はちゃんと休んでほしいんだ。雑用なら私が!」

「ヒナのほうが疲れてるわ。ならお兄様が一人で行ってはいかが?」

「どっちでもいいって」

「お姫さん、察してやれよ。王子様もやっと妹離れしたってこったろ」

「やっぱりそういうことなのかしら!?」

「どっちでもいいよ~~~~」

 おそらく二人は俺がヒナをデートに誘っていると思っているのだろう。完全に誤解だが、俺がナタリー以外の女性を誘う体裁のいい言い訳を捻出できなかった。とりあえず否定はせずにおこう。


「ヒナ、行こう。早く!」

「はいはい」

 生温かい視線を背に受けながら、ヒナの手を引いて宿を出る。

 べつにやましいことなどない。二人きりになる必要があるのは事実なのだから。


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