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忘我ノ記憶  作者: 菖蒲士
5/5

復古





―――瞬時、吾は解した。

自身がどこまでも、意地汚いということを。

それが、真の屈服であることを。


力のみで屈したと思い込んでいた事を恥じたのだ。


―――熟してなどおらず、その過程を飛ばし、

己で腐らせることをおなごは止めてくれたのだ。


地に着くことが屈辱というのは、甚だしいほどに烏滸がましい。

――つまらない諧謔だ。


それを気付かせるためなのか?

おなごは教鞭を執ってくれたのだ。


迸った。

――苛まれたのだ。


―――そんな時、鬱陶しく時雨が降り始めたのだ。

その湧き水は、視覚を奪うには十分なものだった。

奇跡虚しく、それ以降視覚を得ておらん。


―――その後、吾はおなごから、伊賀からの追放を命じられた。

伊豆や安房を経由し、房総へとたどり着いた。


そこで、坊主に無実の罪で調伏され、

土地神などという無味乾燥な役を受けることとなったのだ。


以来、おなごとの再会を待ちわびたが、叶っておらん。

何せ箱根の関所を超えた先だ、来るはずもなかろう。


数百年の間に、南海の大地震なんていうのも度々直撃したとのことだ、

もう生きていないかも知れぬ。


⋯⋯口外できるのはここまでだ。


向かう先に持っていきたい秘匿なんてのは

人間、妖に限らずあるだろう?


しかし―――。

よもや悪守となっていたとはな⋯⋯。


だが、それらを踏まえるなら、お主の意見も承服できる。

屁理屈では無かったのだろう。



【喪失】



1



「⋯⋯真摯に聞き届けてくれたこと、心より感謝する」


概略を語り終えた悪守は、ふと声音を柔らかくし、紅葉へと深く礼を述べた。

その言葉を受けた紅葉は、なお沈黙を守っていたが、わずかに頬を緩めた。


ただ、その微笑はどこか湿った失笑を含み、

――自分でも制御しきれない感情の揺れが、ひっそりと表面に滲んでいた。


含みとはいえど、棘を伴うものではない。

⋯⋯悪守への、待ち人としての同情。


そして。再現など、叶うはずもない二度の奇跡。

その残り香に対する切なさがあった。


「話してくださって。そのっ⋯⋯ありがとう」


「二度目になるが、お主の名は?」


「南方――紅葉」


紅葉も問い返す。


「貴方、名前は?」


悪守は驚倒に近い反応を見せる。

当然だ。名など、無いのだから。


——もし、この時に名を呼べていたならば。

紅葉の記憶に留まり続けるかぎり、悪守は、消え去ることもなかったのだ。



妖同士の場合――。

名を覚えられていること。

あるいは、名すら持たずとも、妖ではなく、人間からの信仰を受けていること。


ただその二つのいずれかによってのみ、彼らは、この世に生きながらえることができるのだ。




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