復古
3
―――瞬時、吾は解した。
自身がどこまでも、意地汚いということを。
それが、真の屈服であることを。
力のみで屈したと思い込んでいた事を恥じたのだ。
―――熟してなどおらず、その過程を飛ばし、
己で腐らせることをおなごは止めてくれたのだ。
地に着くことが屈辱というのは、甚だしいほどに烏滸がましい。
――つまらない諧謔だ。
それを気付かせるためなのか?
おなごは教鞭を執ってくれたのだ。
迸った。
――苛まれたのだ。
―――そんな時、鬱陶しく時雨が降り始めたのだ。
その湧き水は、視覚を奪うには十分なものだった。
奇跡虚しく、それ以降視覚を得ておらん。
―――その後、吾はおなごから、伊賀からの追放を命じられた。
伊豆や安房を経由し、房総へとたどり着いた。
そこで、坊主に無実の罪で調伏され、
土地神などという無味乾燥な役を受けることとなったのだ。
以来、おなごとの再会を待ちわびたが、叶っておらん。
何せ箱根の関所を超えた先だ、来るはずもなかろう。
数百年の間に、南海の大地震なんていうのも度々直撃したとのことだ、
もう生きていないかも知れぬ。
⋯⋯口外できるのはここまでだ。
向かう先に持っていきたい秘匿なんてのは
人間、妖に限らずあるだろう?
しかし―――。
よもや悪守となっていたとはな⋯⋯。
だが、それらを踏まえるなら、お主の意見も承服できる。
屁理屈では無かったのだろう。
【喪失】
1
「⋯⋯真摯に聞き届けてくれたこと、心より感謝する」
概略を語り終えた悪守は、ふと声音を柔らかくし、紅葉へと深く礼を述べた。
その言葉を受けた紅葉は、なお沈黙を守っていたが、わずかに頬を緩めた。
ただ、その微笑はどこか湿った失笑を含み、
――自分でも制御しきれない感情の揺れが、ひっそりと表面に滲んでいた。
含みとはいえど、棘を伴うものではない。
⋯⋯悪守への、待ち人としての同情。
そして。再現など、叶うはずもない二度の奇跡。
その残り香に対する切なさがあった。
「話してくださって。そのっ⋯⋯ありがとう」
「二度目になるが、お主の名は?」
「南方――紅葉」
紅葉も問い返す。
「貴方、名前は?」
悪守は驚倒に近い反応を見せる。
当然だ。名など、無いのだから。
——もし、この時に名を呼べていたならば。
紅葉の記憶に留まり続けるかぎり、悪守は、消え去ることもなかったのだ。
妖同士の場合――。
名を覚えられていること。
あるいは、名すら持たずとも、妖ではなく、人間からの信仰を受けていること。
ただその二つのいずれかによってのみ、彼らは、この世に生きながらえることができるのだ。




