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忘我ノ記憶  作者: 菖蒲士
4/5

回想





 吾は視覚を持たぬ。


 先に述べたモノは基本、音や感覚にて判断をしている。


 だが、――言っても信じぬかもだが――。


 ⋯⋯意味が分からないだろう。


 その、『おなご』をその刹那。地についた刹那。その姿を見たのだ。


 ―――美。それを初めて捉えたのだ。


 嗅覚や聴覚などではない。はっきりと、確認したのだ。


 奇跡とは、こういう事を指すのだろう。


 その妖。――いや、女神は吾を見て微笑んでいたのだ。


 ―――だから、その容姿を説明など出来ぬ。


 色というものを説明されても理解は出来ぬ。


 その一瞬のみ視覚を得たのだ。


 そのおなごの匂いのみ、はっきりと覚えている。


 ⋯⋯桔梗のような、馥郁とした香り。それに血の匂いが混ざっていた。


 声色は覚えていない。


 だが、鶯のようだった氣がするのだ。


 ――虚言では無い。曖昧なだけだ。


 ―――そのおなごに対し、吾は問うたのだ。


 「吾を合戦で打ち負かしてまで欲しいものは何か?」

 「それとも、吾を殺すことで人間側に見栄を張るためか?」


 対し、おなごはなんと返したか?


 ―――妖と人間の調を計る為、貴殿を刈った。

 無駄な殺しはせずとも、双方の最大の利となるための尽力。その第一歩だと。


 ―――その旨をすぐに理解できたと思うか?


 ――否。吾は殺生を所望した。


 理合いは二つ。


 当時の落ち武者というのは死が決定づけられていたらしい。

 それが理だと無意識に信じていたというのが前。


 もう一方。


 妖同士の戦、または人間との戦における命の取り合い。

 その戦での敗北というのは『命を奪う』ことを前提にしているのだ。

 


 以上の信条に基づいた答。それが『殺生の所望』だったのだ。


 ―――だがしかし、おなごは赦してはくれなかった。


 ⋯⋯馬鹿馬鹿しいと、吾に吐き捨てた。


 妖同士の戦というのは、先方を喰らうことで決着する。


 ―――だが、おなごは肉吸いだった。

 つまるところ、ヒトの肉しか喰らわない。

 吾の血肉にはもとより興味などあるはずがない。


 だから一半はすぐに腑に落ちた。


 だが、もう一半。


 ――ならばなぜ、『調を図ろう』などと、口を開くのか?


 最期の力を以て、奴の口を二度と開けぬようにしてやろうかと――気が湧いた。


 ―――無き牙を剥き出しにして飛び掛かる。

しかし、吾は出遅れたのだ。


 ―――おなごに出し抜かれた、その瞬く間に――。

 ⋯⋯吾は頭を、諄々と撫でられたのだ。

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