クラスの天使様を渓流釣りに誘ってみた
これは清楚でアウトドアとは無関係に見えた高嶺の花を渓流釣りに誘って仲良くなるお話。
クラスで入学以来の才媛と呼ばれる美少女である井口綾さんの隣に座る俺、高根学は高校二年生だ。趣味は釣り。陰キャのように見えるがアウトドア好きの平均男子である。隣の井口さんとは小学生からの顔見知り。なんちゃって幼馴染という関係の薄い間柄だ。いや間柄だった。
俺の片思いが小学生時代から続いているわけだが、彼女とは教科書を忘れた際の「見せてくれ」や消しゴムなどを落とした際のやり取り以外は無かった。特に友人というカテゴリーにも入っていない。外でアイスを食べたりもすることはない、彼女にとって顔は知りあっているけど、その他大勢の存在が俺である。
ひょんなことから彼女を誘って夜に海釣りに行ってしまい、新たな経験をした彼女が感激し、少しだけ高根を見直し、間柄の距離が近づいたというのが今。他の男子たちが入手したいと羨むスマホのIDも交換している。今回を機にもう少しお近づきになりたいというのが俺の気持ち。
そして現在、あろうことか二人は渓流に来ていた。日曜日の早朝である。
「明日は祝日、今日は一日頑張っても大丈夫だけど、二人きりで本当に大丈夫だった?」
「うん! だいじょーーぶ」
服装は互いにズボンにTシャツ、防水・防寒着もばっちり、振り出し竿は三本、俺はリュックにタモなどのグッズを入れ、釣りベストにクーラーボックスに餌のミミズやイクラを持ってきていた。井口さんが竿を代わりに持つわと手にしている。帽子と偏光グラスも用意している。
「さてと。準備は万端、釣り場に入る前に歩きながら説明しよう」
「電車の中で説明くれてたけど、もっと必要なの?」
「今からは現地で川を見ながらの方が良いからな」
「へぇ~、そうなんだぁ」
相変わらず無防備に笑顔を振りまいてくれるので、俺は見惚れてしまっている。もちろん、恋心は表に出さずにいるけどな。普段、クラスでの清楚な乙女がアウトドアで土まみれ、下手すればミミズも触ってしまうという恐ろしい状況だ。海釣りの時は冷凍キビナゴという小魚をエサにしていたので、ミミズを見た彼女がどういう反応をするのか、嫌がるのならイクラで釣らせればいいので俺は楽しみである。
「ふふふ」
「なんだか楽しそうね」
「駅を降りた今から山奥へ向かうんだが、一応、クマの出没情報を見てきた。やはり近くでも目撃されているが、危険なのは出会いがしらだけ。もし出会ったら俺に任せてくれれば大丈夫な」
「うん!」
「川に降りる崖の時だけは片手フリーが基本な。そして手を繋ぐ可能性もあるけど、それは許してくれ」
「分かった!」
「お、おう」
「川に降りて岩に荷物を置いて、次は針の結び方だけやって、ささっとやるぞ」
「うん」
「餌のつけ方は後で、川から少し離れた位置に背を低くして、お花摘みはその辺で」
「お花摘みって?」
「おトイレの事な」
「大声を出しても水中には届かないけど、足の振動は直接水中に響くので静かに移動するぞ」
「あんなに激しく流れているのに振動って重要なの?」
「ああ、岩を石で叩けば気絶して浮いてくるほどだからな」
「へぇ~」
とまぁ、こんな風に崖では手を繋いで谷に入り、針の直結の仕方も教え、海では信じられないほどの細い糸で、毛糸の目印という、これまた不思議な目にしない仕掛けを教える高根。井口さんはオロオロしながらも大自然の中を楽しんでいた。
「渓流釣りは釣りの中でも最も難しいジャンルとされているよ。まず糸が細い。その細い糸で五十センチのイワナを釣るんだ。流れの中を潜らせて手前に持ってきたりとテクニックの差が釣果の差になるんだよ」
「ふんふん」
「まぁ、数字は要らないと思うけど、海でクエの時にさ糸三号や七号を使ったけど、渓流では0.4号がメインだからね。髪の毛の様な細さなんだ」
「川の流れが速いから?」
「そうだよ」
「で、これが餌のミミズちゃん」
「エエーーーーーーーーー」
「ごめん、ごめん。君はイクラでやろう。つけ方はココをこうして。他の場所に刺すとイクラの液が出て潰れるから注意な」
「分かった!」
特に、途中でシカ、タヌキ、鷹、キツネ、サルなど野生動物を目撃してはしゃいでいた。そのはしゃぐ姿を目にして俺はまたもや惚れ直してしまう。アウトドアといっても周囲には誰もいない。キャンプとは違う、本物の大自然だ。彼女の清楚な才媛の雰囲気はすでになく、ただの少女と化していた。
幸い、クマには出くわさなかった。ただサルの集団行動で威嚇されたのは怖かった模様。スズメバチも羽の音が怖かった。黒っぽい服装を避けるようにしたアドバイスも生きていた。
「さてと、それじゃ一発目、あそこ淵尻で掛かるから見本を見ててね」
「へっ、予告?」
「そう、論より証拠。見ててご覧」
すると予告した場所の淵尻で尺ヤマメが掛かった。
俺は弓なりになった竿を上手く操作して丁寧にタモ入れした魚を井口さんに見せる。
「ねぇねぇ、これ凄く奇麗な魚よね」
「それがターゲットにしていたヤマメだよ」
「すごーい。予告通りって有言実行の典型的なやつよねー」
「良い反応だね、井口さん」
口だけではなく有言実行、これは普段の生活でも大切なことだよね。
そして次に釣れたのは違う魚だった。
「こっちは斑点が違う感じよね」
「うむ、イワナだよ。人里離れた最上流に棲む魚」
「へぇー、へぇー」
「おんなじ川に棲んでいてもさ、産卵時期が二週間違えば交わらないんだ。だから同じサケ科の魚でも種類が混乱しなくて済んでいるんだよ」
「そうなんだー」
「産卵時期が近いアマゴとヤマメは容易に混血になるから問題になったことがあるな」
「アマゴとヤマメってどう違うの?」
「静岡以南がアマゴ、関東以北がヤマメと棲み分けがあるんだよ。アマゴの海に下ったのはサツキマスになってサケと同じ、ヤマメが海に降りるとサクラマスになるんだ」
「名前が変わるんだね」
「そうそう」
「前回釣りに行った時はクエ狙いだったけど、クエはね海底の帝王と呼ばれているんだ。そういう二つ名が多くてね、イシダイなら磯の王者だし。サクラマスなら清流の貴婦人、ヤマメは渓流の女王という二つ名があるんだよ」
「学校での勉強では習わないね」
「ふっ、楽しいだろ」
「うん!」
というウンチクを垂れ流しながらも釣りを続け、結構な釣果を得て昼御飯にした。彼女がサンドイッチとオニギリを作って来てくれていた。男子憧れの手作り弁当がこうも簡単に入手できたことに感動を禁じ得ない。俺はニコニコしながら食べた。
「高根君、釣り用のグローブって指が出ていて便利よね。そして偏光グラス! スキーの時の偏光グラスより凄く安いのに性能は寧ろ釣り用の方が高いみたい」
「そうだな、そういうもんだよ。商品数が多いから製造コストが下がって安いんだ」
「今着てる防寒具も安いのに高品質だって言ってたよね」
「その通り。5万円のブランド級が数千円だからね。釣りは良いぞ」
またまた新たな知見を得た井口さんであった。得意分野を嬉々として語る高根も自慢げだ。夕マズメまで釣りをして崖を登り、山道を歩いて近くの道の駅まで行く。その後は電車の駅へ向かうという予定通りだ。
夕方、サクラマスが掛かった俺は頑張っていたが糸切れ。残念に思うが本流用の竿でなかったために最初から無理だった。愛竿のフランソワーズ二世は六メートルの渓流用、いつもサクラマスだと八メートルや九メートルの竿でやっている。満月のように曲がる竿は絵になるので雑誌の表紙などにもよく使われている。
肝心な井口さんは、タモを持って待機してくれていたがサクラマスのジャンプを見て感動を覚えていた。「すごい、すごいわー!」と一人で騒いでいた。
納竿後、道の駅までやってきた俺たちは食堂で早めのご飯を食べていた。
「ねぇ、高根君、釣りって泥臭いと思っていたけど、すごく学べることがあるわね」
「そう思ってくれるかい? それなら良かった。連れてきた甲斐があるよ」
「うん! ありがとうね。こんなに楽しく遊んだのにお金が余り減っていないのも感動ものよ」
また一歩、関係が近くなった気がする。
もしかしたら片想いが両想いになったりして。……それはないか。
「い、井口さんっ」
「ん、な~に?」
「呼んで、みた、……だけです」
「変なのー」
笑顔が可愛くて告白しそうになってしまった。ふぅ、危ない。
自宅を目指して電車で揺られている。俺の隣には又ウトウトした井口さんが頭を俺の肩に預けている。周りには何て見られているだろうか? 普通にカップルだよなぁ。本当のカップルになれる可能性はあるだろうか。でも、いつか告白したいと思う俺であった。
地元の駅に着いた。
「ありがとうね、高根くん」
「ああ、どういたしまして。また明後日、学校でな」
「うん。また連絡するね」
「……ああ、自宅まで気をつけて」
「ありがと。楽しかったよ」
明後日学校で、と言ったのに、連絡するねと言われた。
これはどういう意味だろう?
明日は祝日。
高根は彼女からのスマホ連絡を受け、飛び上がって喜ぶのであった。
↓ 早朝の渓流
渓流での夜釣りは危険なので、海釣りの時の夜のようなイチャイチャを演出するのが難しかったです。これで学校に場面が変わり、クラス内でのさりげない様子と、井口さんが高評価をしはじめた高根君の立場が向上するのか、どう仲良くするのか、最後に山場である校舎裏へ呼び出しての告白が待ち構えているのですね。高根君の告白は上手く成功するのか、井口さんにゴメンナサイされるのか、それは神のみぞ知る。
現実では見直されたからってそんなに簡単に付き合えるほど甘くはないと思います。井口さんが最初からなんちゃって幼馴染を好きならまだしも。
え?最初から好きだったって?
井口さんの様子を見たクラスメイト達は声を揃えて叫んだ。
「「すでに井口さんの方から高根に惚れている」」
こうなるといいですね。




