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獣 Kemono  作者: 夏之ペンギン
1 神々の山
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山岳レンジャー

 正式には警視庁山岳救助レンジャー隊というその組織は、第七機動隊に所属し、主に奥多摩周辺の山岳遭難に対応している。しかし第七機動隊であることに変わりはなく、その主任務は銃器に関わる犯罪者の制圧、対テロ犯への即応という物騒なものなのだ。かつて『あさま山荘事件』という大事件を担当したこともあるその組織は、現在はそれら二つの任務に分かれているが、兼務する隊員も多い。そのひとりが五木巡査部長だ。その五木が上司に声をかけられた。


「昨日、当該登山者の家族から遭難の一報が入った石臼山の登山者だが、いまだ何の情報もない。現地のレンジャーと消防、それに消防団員が捜索に当たっているが、先日の台風で登山道や沢が荒れていて難航している。こっちからも応援を出すのだが、どうだ五木、行ってくれんか?」


 昨日まで、サッカーワールドカップの警備に駆り出されていて、実はろくに寝ていない。今日は報告書を書いて、そのまま寮に帰るつもりだったのだ。


「やれやれ、休ませてもくれんのですか。切ないなあ」

「現地からたっての要請だ。おまえあそこらへんに妙に詳しいからな」


 小隊長を務める警部補の三海は鬼軍曹と呼ばれる強面だ。それが妙に猫撫で声を出してくる。どうせ青梅警察署の白木署長が頼んできたんだろう。白木署長と三海小隊長はかつては同じ第七の先輩後輩だ。


「実家が小河内湖のそばで、ガキの頃からあそこらへんはよく登ってたんですよ。自分ちの庭みたいなもんです」

「じゃあさっそく行ってくれ」

「いまからですか?夕方になっちまいますよ」

「救助を待つ遭難者に一刻も早くその手を差し伸べたいだろ?レンジャーとはそうしたもんだ。違うか?」


 じゃあ、あんたが行けよ、とは五木は言えない。任務だから、仕事だからとかと言う前に、救助がその精神にあるのだ。四の五の言わないということだ。


「じゃあヘリで行っていいですね、急ぐんなら」

「ランクル使え」


 ランクルとは第七が持つT社製ランドクルーザーで、救助・登坂装備一式を搭載している。


「ちえっ」


 石臼山は奥多摩でもわりと険しい山だ。いくつもの峰が連なり、そして深い森に埋め尽くされているようなところだ。初動なら奥多摩交番に招集されるが、もうすでに捜索隊が山に入っている状況では、現地に直行したほうがいいだろう。


 昼も遅く倉戸口登山道に着いた。すでに青梅署のレンジャーたちが先行しているようで、連絡係として一般の巡査長たちがそこにいた。


「第七の五木です。ご苦労様です」


 わたしがそう挨拶すると、顔見知りの警官が寄ってきた。


「ああ五木さん、出番ですか?ワールドカップ行ってたんじゃないんですか?」

「昨日閉幕したろ。今日は半休のつもりで部隊に寄ったら回されちまったんだよ」

「それはお気の毒ですねえ。でも仕事熱心なのはいいことです。さすがレンジャーですねえ」

「気休めはいいよ。それより状況は?」

「それが…遭難者は二名、いずれも家族からの連絡があり、また登山届も出ていました。そいつらは大学生のペアなんですが…ちょっと…」


 地元警察の署員ならある程度は遭難救助の手順は熟知している。捜索は本道を中心に行い、総じて沢あたりが重点的に捜索される。遭難者はおおむね山には登っていかない。まず一番に下山を考えるからだ。そして遭難の原因も多くある。いちばんは道に迷うこと、それと怪我や体調不良、そして滑落などがあげられる。山で急に尿意を催し、藪に入ったはいいが、そこから道を見失うことなどよくあることなのだ。さらに天候不良やガス(霧)の発生も遭難の原因になる。なにしろ山はとてつもなく危険なところなのだ。


「どうかしたか?」

「これはさっき連絡があったことなのですが、登山道に女物の登山靴が落ちていたそうです」

「なんだって?」

「それも片っぽだけ。ねえ、変じゃないですか?」

「うーん…」


 たしかにおかしい。道に迷うにしろ登山靴を脱ぐことはありえない。それにもし滑落したとしても登山靴が登山道に落ちているのは不自然だ。滑落中に脱げて途中の木に引っかかってるなら話はわかるのだが…。


「山には誰が入っている?」

「青梅署の香月警部補です」

「救助隊隊長かよ。こりゃよっぽどだな。じゃあ同行してんのは消防だけじゃねえんだろ?」

「はい、あのー、猟友会が数人…」

「猟友会?なんで?」

「さあ、詳しいことは」


 まあ猟友会がいっしょってことはもうひとつしかない。それは熊か猪だ。そいつらに襲われたのかもしれないということか?


 近年、熊の生息範囲が人間のそれに近づいてきているのは周知の事実だ。気象や環境の変化から山での熊の餌が減少してきている。そうなれば山里の畑の作物がやつらの餌になるのは当然だ。本来熊は臆病な動物だ。それが人里に出没するのは、熊がもはや人間を怖がらなくなったせいでもある。


「とにかく捜索に加わる」

「いやしかしもう陽が落ちます。真っ暗になりますよ」

「そいつは大丈夫だ。装備はちゃんとしているよ。もうすぐ本隊も山から下りてくるはずだ。うまくすれば小鳩峠あたりで合流できるはずだ」

「おひとりで大丈夫ですか?」

「ああ、熊スプレーも持ってるしな」


 まあそれも気休め程度だ。熊が本気で怒ったら、そんなものではかなわないのだ。

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