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カルバトの塔 16

「……とにかく、あそこまで行ってみましょう」

「ま、待ってメルメル!」

 梯子目指して歩き出そうとしたメルメルに、トンフィーが慌てた声を出す。

「……何よ?」

「ちょっと……うーん、無いなぁ……」

 トンフィーはゴソゴソとズボンのポケットを探っている。メルメルが首を傾げて見つめていると、トンフィーもメルメルを見て、同じように首を傾げた。

「メルメル、コイン持ってない?」

「コイン? ……あ! 成る程」

 ようやくメルメルはピンときて、肩から下げたうさぎの鞄をゴソゴソと探った。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……

「音が……」天井を見上げてトンフィーが呟く。

 実はここへ来てからずっと、あの地鳴りが小さく聞こえ続けていたのだが、それが段々大きな音になってきたのだ。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……

 大きくなった音が再び小さくなっていく。何かが近づいて、遠ざかって行ったような感じだ。

「あったわ!」

 トンフィーが恐ろしげに上を見上げていると、メルメルが鞄から小さなピンクの巾着を取り出した。中からコインを一枚つまみ出し、トンフィーの前に掲げる。

「投げるわよ?」

 相手が頷いたのを確認して、メルメルは前方にコインを投げた。コインは地面に落下し数回跳ねて、コロコロと床の上を転がった。倒れて動かなくなったコインを、二人はしばし無言で見つめる。

「……大丈夫そうだね?」

「よし! 行きましょう」

 落とし穴が無いと分かって、メルメルは嬉々として、トンフィーは恐る恐る歩き出す。

 はしごの下にたどり着くまでの間もずっと、ゴロゴロと妙な音は絶えず聞こえていて、さすがにトンフィーだけではなくメルメルも少しだけ不安な気持ちになってきて、ろうそくの明かりに揺れている自分の影を、眉をひそめて見つめていた。

「……よく見えないね」

 梯子の下までたどり着くと、二人は揃って上を見上げた。

 天井に暗い穴がぽっかりと開いていて、縄梯子はそこから降ろされている。穴の奥がどうなっているのか、深さはどのくらいなのか、暗すぎて下から見ただけでは分からない。

「登ってみるわ」

「え? あ、危ないよ! 罠かも知れないし……」

「でも、ここでこうして見上げていても仕方ないわ」

「そ、それはそうだけども……」

 もっともと言えばもっともだが、もしも何かあったらと思うと恐ろしくて、トンフィーは戸惑うようにもう一度穴を見上げた。

(せめて中がどうなっているのか見えれば……。――あ、そうだ!)

 良いアイデアが思い浮かんで、トンフィーは顔を輝かせた。

(はしごが燃えないように、なるべく小さく。イメージ力、イメージ力……)

「ファイヤーボール!」

 トンフィーの唱えた呪文と共に、小さな火の玉が天井目掛けて飛んで行った。

「あ……!」

 穴に吸い込まれた火の玉は、少しの間周囲を照らしながら奥へ進んでいたが、突然ぱっと火花を散らして消えてしまった。どうやら穴の奥は壁で塞がれてしまっているようで、それにぶつかってしまったようなのだ。

「行き止まりみたいだね」

「う~ん……」   

 メルメルは腕組みをして考える。わざわざ何もない穴から梯子を垂らす訳がない。勿論何かあるのだろうし、それは罠かも知れないが、上へと行く手段が見つからない以上は、

(行くしかないわ)メルメルは縄梯子をはっしと手で掴み、足をかけて登り始めた。

「め、メルメル、ちょっと待って!」

「何よトンフィー……」メルメルはうんざり顔で振り返った。「いつまでも考えてたって仕方ないでしょう? とりあえず確かめに行くしか――」

「そ、そうじゃなくて。ぼ、僕が行くよ!」

「……え?」

「メルメルには行かせられないよ! ぼ、僕が行く!」

 トンフィーは耳を赤らめ、胸を拳でボンと叩いた。残念ながら、お腹の辺りで顔を出したアケの鈴がチリリとなって、トンフィーが思っている程の頼もしさは今一出なかった。

「トンフィー……」メルメルはじっとトンフィーを見つめた。

 トンフィーがどぎまぎしながら拳を握りしめ、やる気満々でメルメルが降りてくるのを待っていると、メルメルは突然ニッコリと天使のように微笑んだ。

「でも、もしも罠だったら危ないから、やっぱりワタシが行った方がいいわ!」

「へ? ――あ、あれ? いや、だから……」

 メルメルはもごもご言っているトンフィーには構わず、どんどん縄梯子を登って、あっという間に暗い穴に消えていってしまった。トンフィーは情けなく眉をハの字にしながらそれを見送る。

 トンフィーとしては、女の子にそんな危険な事はさせられないと、珍しくも勇気を出して男らしく言った訳だが、それをあっさりと、「あなたじゃ頼りないから駄目よ」と言われた様なものなのだ。

 しょんぼりとトンフィーが上を見上げていると、穴からカンカンと壁を叩く音が聞こえてきた。

「メルメル~?」

「やっぱり――行き止まりだわー!」

 壁には隙間もなく、取っての様なものもついていない。メルメルは剣の先で、天井の隅を掘るようにつついてみた。すると、

「動いた!」

 わずかだが天井が動いた気がして、メルメルは顔を輝かせる。今度は両足を開き、穴の壁に突っ張り棒のように固定して、片手で天井を押し上げてみる。またわずかに動き、次は両手でやってみる。じりじりと少しずつだけ上にずれていくのにしびれを切らして、メルメルは遂に背中を天井に押し当てて、暗闇の中顔を真っ赤にし、力一杯上へと押し上げた。

「うぐぐぐぐ……!」


 ズズ……ズズズズ……ズズズズズズズズ――


「……あ、あれ?」

 急に背中の重みがなくなって、眩い光が背中から降り注いできた。

 ――遂に天井が抜けて六階への道が開かれたのだ! メルメルは顔をほころばしてくるりと上を見上げた。

「キシャーー!」「――!」

 その瞬間メルメルは、キュロットスカートのベルトに挟んだ剣を使うなどという事は、全く思い浮かばなかった。突然目の前に現れた怪物(グリーンイグアナとジャングルキャットのキメラなんだ)の大きな口がパッカリと開かれるのを、スローモーションのように感じながら呆然と見つめていた。ただ、その口の中の異様に赤い様や、猫の牙を思わせる鋭く尖った歯が近づいて来た時はハッと我に帰り、思わず大きく体を仰け反らせた。そうしなければ、メルメルの可愛い顔には四つの大きな穴が開いてしまっただろうから、こうしたとっさの行動を責められはしないだろう。だが、不運な事に今は地上から十メーター以上離れた暗い穴の中、しかも足を壁に突っ張ってバランスを取っているだけの極めて不安定な状態。

 案の定メルメルの体はぐらっと傾いて、ずりりと足が滑った。

「きゃーー!」

「あーーー!」

 真っ逆様に穴から飛び出してきたメルメルを見て、トンフィーは目が飛び出してしまいそうになる程驚いた。「――あ!」

 いっかんの終わりかと思われた――その時。落ちてきたメルメルの右足が縄梯子に引っかかり、

「きゃっ! ――い、いたた……」

 ぐるぐると靴ごと足の先が絡まって、空中で体が宙ぶらりんになって止まった。穴からは一メートル程、地面まではまだ七メートルくらいはありそうな場所だ。決して笑えるような事態ではないが、トンフィーはとりあえず一安心して、ほっと胸をなで下ろした。

「は~。……メルメルったら、一体全体どうしたのさ?」

「トンフィー! 弓を構えて!」「へ……?」

「キシャーー!」

 逆さまになったメルメルの足の先、暗い穴の中から、凶悪そうな猫科の生き物が顔を覗かせて、トンフィーは二度ビックリした。

「――き、キメラ!」

 短い毛の中の一部に鱗のような固そうな皮膚が覗いていたり、片手を伸ばしても器用に壁を掴んでいられるその手の形が如何にも爬虫類のそれだったりして、トンフィーはすぐに正体を悟り、弓を構えた。

「キシャー!」

 イグアナもどきはメルメルに向かって鋭い爪の生えた前足を伸ばす。

「トンフィー、は、早く――」

「む、むむむむむ……!」

 早くと言われても、ゆらゆらと縄ばしごに繋がれたメルメルは揺れてどうにも気になるし、上に向けて矢を放つ事は何だかとても難しいし、そもそもまだ弓を使う事さえ慣れてないし、と、トンフィーが思いっきり躊躇していると、

「キシャシャー!」

 イグアナもどきは縄梯子を掴み、メルメルに近づいて来た。

「きゃっ! きゃ――きゃー!」

 自分に向かって伸ばされた爪を見て、メルメルは青くなり体を振って大暴れする。激しく揺れる縄梯子に併せて、トンフィーも弓の先を右へ左へと揺らした。

「め、メルメル! 動かないで……」

 そんな事言われたって、じっとしてしまえばトンフィーがイグアナもどきを矢で射落とす前に、メルメルの足は鋭い猫のような爪で八つ裂きにされてしまう。

 万事休すの事態に好転の兆しは見えず、更に悪い事が起こった。

「あーーー!」

 メルメルが暴れに暴れぬいたせいで、縄梯子に絡まっていた靴から足がずりっと抜け落ちてしまったのだ。

 相手が逃げて行くのだと勘違いしたのか、イグアナもどきは一気に体を伸ばして爪の先をメルメルの足に引っかけようとした。が、しかし――寸でのところで間に合わなかった。だが、メルメルにとってはそれで助かったとは勿論言えず、近づいてくる地面に幼いながらに死を悟り、しかもとっさに両手を広げてメルメルと地面の間に割り込んできたトンフィーの死をもついでに悟ってしまったのだった。

 そうしてまさに、メルメルとトンフィーとアケのサンドイッチが出来るかと思われたその瞬間、メルメルはふわり――とまではいかないまでも、どさりと何か柔らかいものの上に落ちた。 

 トンフィーとは感触がどうも違っている。案外筋肉質で弾力があるし、何よりも頬をくすぐるような柔らかい絨毯の様な、その感触。――いや、それよりも。そんな事をあれこれ考えられる自分。

 つまり――生きている自分に気付いたメルメルは、思わずガバッと体を起こした。起こした体の下には、高級絨毯のような赤い毛並み――。

「――スリッフィーナ!」

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