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カルバトの塔 15

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、メルメルは五階へと続く階段をのろのろと上がっていた。下で戦うラインの事が気になって、前へと進む足が鈍ってしまうのだ。

 トンフィーもメルメルと同じような気持ちなのだろう。やけに静かに後ろを付いて来ている。

「……あの鎧を見た?」「え……?」

 トンフィーが唐突に口を開いて、メルメルは思わず立ち止まった。振り返ると、不安げにこちらを見上げてくる瞳とぶつかった。

「……鎧って、黒騎士が着ていた鎧の事?」

「そう。あの、真っ黒の鎧」

 メルメルの頭に先ほどの黒騎士の鎧姿が思い出される。どちらかというと、鎧よりも、あの不気味な湯気をだした剣の方の印象が強い。

「ほら、ラインさんの剣を腕で受け止めたでしょう?」

「――そう! あれ、すごく驚いたわ! あのラインさんの剣を……。いくら鎧を着ていたからって……」 

 納得いかないといった顔で、メルメルは首を横に振っている。するとトンフィーが軽い口調で、しょうがないよと言った。しょうがないとは何事かと、メルメルは口を尖らした。

「しょうがなくないわよ! ラインさんの剣がどんな物なのか分かってるの? あの、カルバト製の物なのよ!」

 なんだか子供に言い聞かせるようにメルメルは言う。まるで今日初めてカルバトの剣という物を知ったとは思えない口振りだ。

「だけど……相手の鎧もカルバト製だったんだからしょうがないんだ」

「え!」メルメルは驚いて目を丸くした。「カルバト製? 黒騎士の鎧が?」

「そうなんだ。あの時僕もメルメルと同じように、黒騎士がラインさんの剣を腕で受けたのに驚いて、良く目を凝らしてあの鎧を見てみたんだ。そうしたら、あの鎧の所々に青い石が埋め込んであるのに気が付いたんだ」

 メルメルはまったくそんな物には気付かなかった。改めてトンフィーの目の良さには驚いてしまう。「青い、石……。命の石?」

 トンフィーはこくりと頷く。

「……恐らく。それならば、カルバトの剣であるラインさんの剣を受け止める事が出来た説明がつくでしょう?」

 そう言われて、メルメルは目の玉を上にして考えてみた。――カルバトの鎧だから、カルバトの剣でも切ることが出来なかった。確かに納得は出来る。納得は出来るが、だがしかし、

「それだと、黒騎士を倒すことは出来ないって事に、ならない?」

「…………」

「だって、あの人、全身に鎧をつけていたのよ?」

「…………」

 黙ったまま返事をしないトンフィーに、メルメルはいよいよ不安になってきて、思わず声が上擦ってくる。

「ねぇ! トンフィー――」

「――スリッフィーナの剣なら、あるいは……」

 トンフィーの言葉に、メルメルは単純に瞳を輝かせた。

「そうよ! ラインさんにはもう一本、素晴らしい剣があるじゃない!」

「そうだね……。だけども、厳しい戦いである事に変わりはないよね。だって、カルバトの剣では切れないって事は、ラインさんの得意の二刀流が通用しないって事だもの!」

「確かに、そうね……」

「だ、大丈夫かな? ラインさん……」

 トンフィーは情けない顔で俯いてしまった。(自分で不安を煽るような事を言っておいて、自分自身がとっても不安になっちゃったんだ)

「きっと大丈夫よ……。それに、私達が戻っても、きっと役に立たないもの……」

「そ、そうだけど、でも――」

「うんうん。役に立たないどころか、あのままだと、ラインさんの足を引っ張ってしまうわ……。だって、ラインさん戦いの最中ずっと私達の事を気にして、集中出来ないみたいだったもの」

「…………」

 トンフィーもその事には薄々気付いていたらしく、またしょんぼりと黙り込んでしまった。そんなトンフィーを勇気付けるように、あるいは自分自身を励ますようにか、メルメルはわざと陽気な声を出す。

「大丈夫よ! 私達を庇うために力を存分に振るえなかっただけで、今頃はあんな黒騎士なんか、スリッフィーナの剣でケチョンケチョンにしちゃってるわよ!」

「そ、そうかな?」

「そうよ! きっとすぐにラインさんは追いついて来るから、私達は少しでも先へと進んでおきましょうよ!」

「そ、そうだね! よし、行こうメルメル!」

 いつまでもぐじぐじ思い悩んでも仕方がない。結局は精一杯やれる事をやるしかないのだ。二人はようやく少し元気を取り戻して階段を上り始める。ところが、数段上がったところで、再びトンフィーが不安げな声をだした。

「ねぇ、メルメル……」

「何よトンフィー? もう心配するのは駄目よ!」メルメルは手をバッテンにして、くるりと後ろを振り返った。「とにかく前に進むって決めたでしょう?」

「そ、そうじゃなくてさ……何か、聞こえない?」

「え……?」メルメルは慌てて口を閉じ、耳を澄ませてみる。

 脳裏に、先ほどの黒騎士の足音が甦り、ゾクリとした。しかし、今は特に何の物音も聞こえず、辺りは静寂に包まれている。

「……何よトンフィー。何も聞こえないじゃな――」

「待って! ほら……」トンフィーが慌てて口に人差し指を押し当てる。すると、

 ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ……

 確かにトンフィーの言う通り、微かに、地の震える様な音が聞こえてきた。

「本当だわ……! 何の音かしら?」

 メルメルは目を閉じて更に耳を澄ませる。すると、少しずつ音が大きくなってきたのだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「あれ? ……聞こえなくなっちゃったわ」

「何の音かな?」

「分からないわ……。考えてもしょうがないわよ。とにかく上に行きましょう」

 メルメルは言いながらもどんどん階段を上る。

「でも……何だか上の方から聞こえてきたような……」

 トンフィーは情けない顔になりつつも、仕方なくメルメルの後を追い駆けた。


「ちょっと待ってトンフィー……」

 五階のフロアに出る少し手前でメルメルは立ち止まり、ラインに渡された剣を両手に構えた。敵がいないかどうか、目を瞑り耳を澄ます。

「…………」

 そんなメルメルの姿を見て、トンフィーは思わず無言になった。

 運動神経抜群のメルメルと言えども、所詮はまだ十一歳になったばかりの子供だ。短く刈った髪は男の子みたいだが、キュロットスカートに水玉のシャツでは、どう頑張ってもラインのような迫力は出ない。トンフィーはなんとも頼りない気持ちになり、こっそりポケットから懐中時計を探り出した。

(……あと一分だ!)

 トンフィーのほっとした表情を見て、メルメルはいささかムッとした顔になる。

「何を呑気に見てるのよ! 早くトンフィーも弓を構えて! 上で敵が待ち構えているかも知れないのよ!」

 叱られるように言われて、トンフィーは大慌てで弓を体から外そうとした。しかし、慌てすぎてシャツのボタンに弓の弦が引っかかってしまった。「あ、あれ? あれれれ……」

「とつげーき!」「ちょっ、ちょっと待って――」

 結局、トンフィーが弓を構えるのも待たずに、メルメルはとっとと走り出してしまった。

 ようやく弓を外したトンフィーが転びそうになりながら後を追い駆ける。

「…………………ふぅ」

 勢いよく突撃はしたものの、トンフィーにとっては喜ばしい事に、その階はまたしても無人だった。だだっ広い空間は薄暗く、部屋の隅でろうそくの明かりが不気味に揺れている。

「メルメル見て、あそこに梯子が……」

 指差した先には確かに、天井から縄梯子がぶら下がっているのが見える。

「何で急に梯子になったのかしら?」

 もっともな疑問だ。今までずっと普通の階段で上がってきたのに、何で急に梯子に変わってしまったのか。しかし、ざっと見たところ、どうやら梯子以外に上がる手段はなさそうだ。

「…………」

 何もない空間にぽつりとある梯子。それはもう、あからさまに怪しくて、メルメルとトンフィーは疑わしそうに顔を見合わせた。

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