カルバトの塔 11
意外にも、塔の中にはほとんど敵がいなかった。ラインは首を傾げながらも、一階の一番奥にある階段を駆けあがる。二階に辿り着くととすぐに赤い影が視界に入り、声を張り上げる。
「スリッフィーナ!」
「――ラインさん!」
「メルメル!」
良く見れば、スリッフィーナの首っ玉にメルメルが張り付いていて、ラインの姿を見つけて元気に走り寄って来た。
「メルメル! ――良かった……」
「ラインさん……グスッ……」
ラインにがっしりと抱き締められて、メルメルは堪えていた涙が少し飛び出してしまった。
「よく、無事で……」
「ミミとシバが助けてくれたの……。それに、スリッフィーナが……」
周りに目をやると、倒れて動かなくなった悪魔の兵隊が山積みになっていた。一階に敵がいなかったのはこの為かと、ラインは理解した。おそらく、ハゲタカもどきがメルメルを連れて来たのを知って、兵隊が皆ここに集まって来たのだろう。そう考えて、ラインはある事に気付いた。
「ハゲタカもどきはどうした?」
「さっきまでミミとシバが必死で戦ってくれていたんだけれど、スリッフィーナが来たらとっとと逃げてっちゃったの」
「そうか……。まぁ、とにかくメルメルが無事で何よりだ」
「ミミとシバが一生懸命守ってくれたの! 二匹とも、とっても頑張ったわ! それに、残りの兵隊はスリッフィーナがみんなやっつけちゃったの! スリッフィーナってビックリするくらい強いのね!」
少し興奮ぎみに嬉しそうな顔で話すメルメル。大した怪我もなさそうな様子に、ラインは安心して微笑んだ。
「スリッフィーナもお役に立てて何よりだ。――二匹はまた変身したんだな?」
呑気に欠伸したり、後ろ足で首の辺りを掻いたりしている二匹の犬を見ながらラインが言うと、メルメルは勢いよく首を縦に振った。
「残念だな……。大事なところを見逃してしまった」
「フフフ……」
ラインがいたずらっぽく言って、メルメルが笑っていると、
「ラインさん! ――メルメル!」
「トンフィー!」
階段の下からトンフィーが現れて、メルメルの姿を認めて駆け寄って来た。
「ひぃ……ハァ……。よ、良かった……メルメル……」
顔を真っ赤にし息を切らしながらも心底安心した様子のトンフィーの首っ玉に、メルメルは両手を回し抱き付いた。
「グスッ。心配かけてごめんねトンフィー……」
再び涙目になってしまったメルメルに、トンフィーは良かった良かったと繰り返した。
ラインはそんな二人の様子を微笑ましく見ながら、さて、と呟いた。その声に、子供二人がそろって顔を向ける。
「こうなってしまったらこっそり忍び込むも何もない。私達が乗り込んで来たのは、すっかり敵に知られてしまった」
「ごめんなさい……」
しょんぼりとメルメルが言って、ラインが首を横に振った。
「別にメルメルが悪い訳じゃない。どちらかと言えば私の責任だ。軽率だったな……」
「ラインさんは悪くないわ! ワタシが調子に乗ってついて行ったりしたから――」
「いや、それは――。……まぁ、誰が悪いなどというのは後にして、今すぐ決めなければいけない事がある」
メルメルは首を傾げる。トンフィーはすぐぴんときて、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「こ、このまま――乗り込むんですね?」
「その通りだ。戻って、改めてグッターハイム達を待って作戦を練る――などという事をしている隙はない。急がなければ――」
「――おじいさんの身が、危ない」
そう言ったトンフィーを見て、ラインは頷いた。メルメルはおろおろと二人を交互に見る。
「ど、どうして? どうしておじいちゃんが危ないの?」
「敵はもう、僕達が乗り込んで来たのを知っている。そしてそのうちに、僕らの中にレジスタンスのリーダー――つまり、グッターハイムさんがいない事は気付かれてしまう筈だ。作戦通りリーダーを呼び出せなかったと分かったら……」
「おじいちゃんを――こ、殺してしまう?」
今にも泣き出してしまいそうなメルメルに、まさかその通りだとも言えず、トンフィーは困って眉をハの字にした。
「とにかく急ごう。ぐずぐずしている場合じゃないのは確かだ」
ラインの言葉に、メルメルは涙を堪えてコクリと頷いた。
「ところで――トンフィー。ペッコリーナはどうした?」
「あ、そ、そうだ! まだ一人下で――」
言いながらトンフィーは外廊下へと飛び出した。慌ててメルメルが後を追い、ラインもそれに続く。
下を覗き込んでトンフィーは目を見開いた。「――ぺ、ペッコリーナ先生!」
入口の扉を背にして、まだペッコリーナ先生は戦い続けていた。しかし、もしかしたら先ほどより増えたんではないかと思われる程の敵に囲まれてしまっていて、トンフィーは青くなった。
「ペッコリーナ先生!」
メルメルの叫び声を聞いて、ペッコリーナ先生がそちらに顔を向ける。
「メルメル! ――無事だったのね、良かった……。ズズーッ!」
メルメルの無事な様子を見て、ペッコリーナ先生は涙声になってしまった。
「ペッコリーナ! 大丈夫か!」
「大丈夫よ! 私がここで敵を食い止めるから、あなた達は先へ進みなさい!」
ラインが頷こうとした、その時、
「キェー!」
突然、ビュー! と空の上からまるで落ちてくる様な勢いで、巨大な影が現れた。
「ハゲタカもどきだわ! ――先生!」メルメルが悲鳴を上げた。
それは一匹ではなかった。空の彼方から次々と現れて、ペッコリーナ先生に襲いかかっていった。
「ペッコリーナ先生!」
「だ、大丈夫よ……。プラムのもとへ――早く行きなさい!」
ペッコリーナ先生はハゲタカもどきに向けて矢を放っている。しかし、じわりじわりと周りの悪魔の兵隊が距離を縮めて来ていて、メルメルは思わずギュッと拳を握り締めた。
「む、無理よ一人じゃ。先生……!」
「ルルル~ララララ~、――火の針よ!」
魔法で周りの兵隊を蹴散らしながら、空に向かって矢を放つ。休みなく攻撃を繰り返すが、空を飛ぶハゲタカもどきの数は逆に増え続け、兵隊も少しずつ距離を縮めて来ていた。
「ら、ラインさん!」「戻りましょう!」
すっかり動転したメルメルとトンフィーは大声で呼びかけるが、ラインはじっとペッコリーナ先生を見つめていて、助けに戻ろうとはしない。
「大丈夫よ! ――行きなさい!」
「行けないわ先生! ら、ラインさん……。――ああ!」
その時、ペッコリーナ先生にハゲタカもどきが猛スピードで突っ込んでいって、メルメルもトンフィーも息を飲んだ。結局、寸前のところで射落とされはしたものの、二人はいてもたってもいられなくなってきた。
「まったく……。いくらなんでも数が多すぎるわね……」
ペッコリーナ先生がうんざりしたように呟き、改めて弓を構えた。ところが、
「……え?」「せ、先生……?」
メルメルとトンフィーはペッコリーナ先生を見て、目をパチクリさせた。何故なら、
「せ、先生ったら、矢が尽きちゃったんだわ!」
ペッコリーナ先生は弓をしっかり構えてはいる。――が、何とそれには、肝心の矢がかかっていなかったのだ。
「ああ!」その時、数匹のハゲタカもどきがいっぺんにペッコリーナ先生目掛けて突っ込んでいった。「先生! 逃げてー!」
「ピッピーーー!」
大声でペッコリーナ先生が空に向かって叫んだ。すると、
ビューーーー!
「――!」
空の彼方から白い光が猛スピードで現れ、ひゅんとメルメル達の目の前を通り過ぎ、ペッコリーナ先生の弓に、まるで矢のようにかかった。そして――ペッコリーナ先生が「それ」を打ち放った、次の瞬間、
バビュゥーーーー!
白い光が長い緒を引きながら、縦横無尽に敵の中を駆け巡った。
「あ、あれってまさか――」
「す、すごい……!」
メルメルは驚いて口をあんぐり開けたし、トンフィーは目をキラキラと輝かせ、その光景をうっとりと見つめた。
驚くほど長い間飛び回った白い光は、ようやくその勢いが衰えて来て、最後はひょろひょろと飛びながらペッコリーナ先生の元に戻って来た。
「ピーチャン! ギニニニ……。オツカレサマ! オツカレサマ! イツモタスカルワ!」
「はいはい。お疲れ様ピーちゃん」
「ピッピー!」
ペッコリーナ先生の肩にとまって甘えるように頬をつついているピッピーを見て、メルメルとトンフィーは大声で叫んだ。薄々気付いてはいたが、やはりあの白い光の矢の正体はピッピーだったのだ。
「相変わらず素晴らしい必殺技だな……。――二人とも見てみろ」
ラインに言われて、周りをぐるりと見てみれば、敵の数は半分近くに減ってしまっていた。
「すご~い……」
メルメルが肝心して呟いていると、ペッコリーナ先生がこちらに向かってウィンクしてきた。
「――さあ! ここは私に任せて、先へ進みなさい!」
三人はコクリと頷いて、踵を返した。走り去るメルメルの耳に、いつもの陽気な声が聞こえてくる。
「アーツカレタ! マーツカレタ! ……アナタハイツモソウヤッテイイワケバッカリ! ダカラワタシハ――グニニ!」




