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カルバトの塔 7

 すっかり日が沈んで、辺りは闇に包まれ、ワーチャの大欠伸はいつの間にか寝息に変わってしまっていた。あまりにも幸せそうな顔で寝ているから、道案内の事が少しだけ気になったが(でも、どうせメルメルはカルバトの塔を見なきゃ、気が済まなくなってるに違いないんだ)結局そのまま寝かせてあげる事にした。

 闇に包まれると言っても、雲一つなく、澄んだ夜空にはぽっかりと月が浮かんでいて、幾千万の星も輝いていた。メルメル達が進んでいるのは道も無い様な森の中だが、それ程木が密集しているわけではないので、月明かりだけでも十分足元は照らし出されていた。そうして、かれこれラインの言っていた半時程経ったな、とメルメルが思っていると、おもむろに馬の足が止まった。

「見えたな……。カルバトの塔だ」

「……え?」

 前方を見たが、それらしい建物などどこにも無い。たずねるように後ろを振り仰いだが、ラインはメルメルと同じように前を向いているだけだ。

「どこ……?」

 もう一度前を向いて目を凝らす。なだらかな上り坂が続いており、それが途切れた先には木々の隙間から星空が覗いている。

「……あ」

 しかし、良く見ると坂の終わりの地平線と輝く星空の間に、四角く切り取ったような暗い空間がある事にメルメルは気付いた。

「やっぱり……。僕らの選択は間違ってなさそうだ」

「何か見えるのか?」

「明かりがいくつか見えます。おそらく松明か何か――わずかに動いている。見張りかな……」

 横に並んだ馬上から、トンフィーが目を凝らすように前方を見て言った。メルメルはトンフィーの真似をして目を凝らして四角く切り取られた暗闇を睨んだが、明かりなど全く見えなかった。あの暗闇がカルバトの塔なら、まだまだ距離がある。大体、メルメルには塔かどうかの判断もつかないのだ。

「確かに……。松明の灯りね。ここから見えるのは一、二……三っつね。行ったり来たりを繰り返しているから、冒険者やら盗賊やらっていう事はなさそうよ。トンフィーの言う通り見張りだと思うわ。どうやら――私達の勝ちね」

 つまり、プラムじいさんはミデルではなく、カルバトの塔にいる勝算が高くなったということだ。今まで空だったはずのカルバトの塔に、まだ何者かははっきりしていないとはいえ、見張りを立てる程しっかりと腰を据えて住み着いている連中がいるのだ。トンフィーが言っていたように、カルバトの塔がプラムじいさんを閉じ込め、敵を迎え撃つのに最適だとすれば、その住み着いている連中とはやはり闇の軍隊なのだろうと容易に想像がついた。

(――あそこにおじいちゃんがいる)

 その確信が強くなって、メルメルが興奮してきて拳をぎゅっと握り締めた、その時、

 

 バサバサバサ!


 突然の羽音に、メルメルの心臓が一気に跳ね上がった。

「――ウォッチ!」

 空から猛スピードでウォッチが降りてきて、ラインの肩にピタッととまった。

「使いか……?」

 ラインは、ウォッチの細い足につけられた小さなロケットをカチリと外し、その中から紙を取り出した。全員が、ある確信を持ってそれを見守る。数秒だけ紙に目を向け、ラインはすぐ顔を上げた。

「ミデルは――もぬけの空だそうだ」

 しばらく無言で、それぞれが物思いに耽る。

(ついに――ついに来たわ! おじいちゃん……)

 メルメルは顎を上げ前方の暗闇を見据える。思わず走り寄りたいような気持ちに駆られたが、残念ながら馬の手綱を持っているのはラインだし、まだ乗り込むには早い事くらい興奮したメルメルにも判断がついた。

「二人が追い付くまで、もう少しだけ近付いて様子を見てみましょうか?」

 顎に指を当てながらペッコリーナ先生が言うと、ラインは同意するようにコクリと頷いた。

「そうだな。中の様子までは分からないにしろ、入り口の守りがどうなっているかくらいは見えるかも知れない」

 言いながらラインはゆっくりと馬を進める。

「二人が追い付くのに、どのくらいかかるかしら?」

 はやる気持ちで尋ねると、そんなメルメルの気持ちを察して、ラインはふと微笑んだ。

「大丈夫だ。そんなに長くはかからないだろう。あの分かれ道からミデルまではこちらの半分の時間もかからない筈だ。手紙には、直ぐに引き返してこちらに向かうと書いてあったから、そうだな……一時間もかからずに合流出来るだろう」

「グッターハイムなんて遅れを取り戻す為に必死で駆けて来るだろうから、もっとうんと早いかも知れないわよ」

 ペッコリーナ先生がいたずら顔でウィンクした。確かに、グッターハイムの悔しそうな顔が目に浮かぶようだ。

「ニレとグッターハイムが来れば――大丈夫かしら?」

 段々と近づくにしたがって、カルバトの塔らしき暗闇は少しずつその様相を明らかにし始めていた。距離感が掴めない為にはっきりとは分からないが、どうやらメルメルの想像よりもずっと大きく感じる。闇夜に不気味に佇む姿は、何とも言えずに不安を煽った。

「敵の全容が分からないから、大丈夫だと言い切る事は出来ないが……。まぁ、敵を全滅させるわけではないからな。要はプラムを取り戻す事が出来さえすれば良い。それなら少人数でも何とかなる」

「六人でも平気?」

 ちゃっかり自分とトンフィーを頭数に入れながら、メルメルが不安げに聞くと、ラインは安心させるように少し笑った。

「戦争するには頼りないが、こっそり忍び込むには丁度いい」

「そっか。――なるほど!」

「――でも、ミデルがもぬけの空ということは、全ての兵がこちらに移動したと考えられます。……ミデルは僕らの町よりもずっと大きな街だ。それを制圧していたとなると、かなりの数が予想される」

「確かに」ラインはトンフィーの顔を見ながら頷いた。

「本当にこっそり忍び込むくらいじゃないと……。全ては相手に出来ませんよ」

 ラインは深刻な表情で頷いた。メルメルとトンフィーがちょっと不安な気持ちになって、頼りなげな顔をして黙り込んだのを見て、ペッコリーナ先生が雰囲気を変えようと明るい声を出した。

「忍び込むにしても――いえ、忍び込むなら尚更、敵の様子を良く探らないとね! ほら……。大分近付いて来たわよ」

 ペッコリーナ先生が前方を指差す。それにつられて前を向くと、いつの間にかカルバトの塔は、もう見上げる程近い場所まで来ていて、メルメルは一瞬ドキリとした。建物には窓のような物が見えないが、外廊下の様な物がいくつか付いている様で、そこをぼんやりとした赤い光が生き来している。しかしそれが、トンフィーの言うように見張りが手にしている松明の明かりなのかどうかまでは分からない。塔までは、まだその程度には距離があるし、向こうからは、何の明かりも手にしていないメルメル達の事は全く見えていないだろう。

「ここからだと、あまり良く見えないですね」

「そうね……。木が邪魔だわ。だからといって、さすがにこれ以上近付いては危険だわね」

 二人の言う通りだった。先程より大分木々が濃くなってきているし、逆に近付いたせいで、今の場所からは塔の一部、しかも上の方しか見えず、入口がどうなっているかも見えない。

「ライン、少し左か右に移動して見る?」

 ペッコリーナ先生に問われて、皆と同じように塔を見上げていたラインは少し考えるように首を傾げる。

「……ふむ」すると、何故かラインはおもむろに馬を下りた。

「ラインさん?」

 残りの三人が首を傾げていると、ラインは何かを探すように木の上を見上げて、周囲をウロウロと歩き始めた。

「どうしたのよライン?」ペッコリーナ先生が声をかけた、次の瞬間、「あら!」

 ラインはえいやっとジャンプして、太い樫の木の一番下の枝に手を掛けると、フワッと自らの体を持ち上げ枝の上に立った。

「――上から少し見てみよう」

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