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カルバトの塔 6

「――!」

「ら、ライン!」ペッコリーナ先生が悲鳴のような声を上げた。

「ソフィーは――ソフィーだけではなく、私もそうだが、戦士とは常に死を覚悟しているものだ。死ぬ事が恐ろしくない訳ではない。だが、志の為なら死をも厭わずに戦うものなのだ。むしろ死よりも恐いのは、自らの志を貫けない事だ。……だから、私は友としてソフィーを――打ってやらねばならないと思っている」

 いつも表情の乏しいラインの顔が激しく歪んで、その心の苦しみがメルメルに伝わってきた。ペッコリーナ先生も、それ以上ラインを止めるような事は言わなかった。彼女もまた、かつては戦いの中に身を置いていた事がある。ラインの言うことはもっともだと感じていたのだ。

 何とも言えない静寂がしばらく続いて、メルメルはお尻をもぞもぞさせた。トンフィーの様子も気になるし(だけどメルメルには上手に慰められる言葉が思いつかないんだ)親友を打つと心に誓ったラインの様子も気になる。何か言わなくちゃと思うけれど良い言葉が出てこなくて、メルメルは更にお尻をもぞもぞさせた。

(……そうだ! こんな時は――)

「ググッと♪――」

 

 ヒュ~、ヒュロロロ~♪

 

 皆を励まそうといつもの歌を歌い始めようとした――その時。後ろから、何とも言えない美しい音色が聞こえてきて、メルメルは思わず後ろを振り仰いだ。

 

 ヒュロロロ~♪ ヒュ~ヒュロヒュ~ヒュロロ~♪


「きれい……」

 ラインが吹いているのは細長く変わった形の笛で、メルメルが初めて見る物だった。奏でているのは聞いた事のあるようなメロディーだが、メルメルには何の曲だか思い出せなかった。しかし、そのとても澄んだ音色の美しさに思わずウットリと目を閉じる。トンフィーの後ろで、ペッコリーナ先生がほうっと溜め息を吐いた。

「『リリーの涙』ね……」

「――ああ。まだ習ってはいないけれど、音楽の教科書にたしか載ってましたよね」

「さすがトンフィーね。その通りよ。とても美しいメロディーでしょう? だけど、この曲にはとても悲しい歌詞がついているの……。ある国のお姫様が、隣の国の兵士と恋をするのだけれど――」

 そこで一旦言葉を区切り、ペッコリーナ先生はラインの笛の音に耳を傾けた。

「ああ~愛しいあなた~♪」

 突然、ラインの笛に合わせるようにペッコリーナ先生が歌い始めて、メルメルとトンフィーは目を丸くした。そんな二人にはお構いなしでペッコリーナ先生は歌い続ける。

「思い通わせようとも~♪ 結ばれぬさだめ~えぇ~、遠い空の下~私に許されるのは~あなたを思い涙流す事だ~~けぇぇえ~♪」

 声自体は透明感があり、なかなかどうして美しいとは思うのだが、いかんせん音程がひどかった。完全に笛の音を無視して、独自の曲を作りだしてしまっていた。それでも満足そうな顔のペッコリーナ先生を見て、メルメルとトンフィーは仕方なくパチパチと小さく手を叩いた。ペッコリーナ先生は嬉しそうにお辞儀をする。

「フフフ。ご静聴ありがとうございました」

「う、うん。ペッコリーナ先生の歌も素敵だったわ……。それにしても――ラインさんとっても素晴らしい音色だったわ! 何て言う楽器なの? 初めて見たわ!」

「ヌカーという楽器だ。私の生まれ育った辺りではこの笛に合わせて、歌い手がミュージカルのように歌いながら踊るんだ」

 音楽が大好きなメルメルは目を輝かせた。「素敵……。他の曲も聞きたいわ!」

 期待満々で見つめられて、ラインは困ったように頭を掻いた。

「いや……。すまないが、私はこの曲以外に吹けるものがないんだ。そもそも、私は音楽のセンスが全くなくて、この曲も必死で練習してようやく吹けるようになったんだ」

「そうなの? でも、とっても上手だったわ!」

「――そうか?」ラインは少し照れくさそうに笑った。

「そういえばそうね。ラインは昔からこの曲以外吹かないわね」

「吹かないんじゃなくて、吹けないんだ。この曲だって、今でこそまともに吹けるようになったが、最初はあまりにも上手くいかなくて、思わず笛を真っ二つに切ってやろうかと思った程だ。大体、音楽というのは私のようながさつな人間には合わないんだ……。剣を振るう方がよっぽど気楽だ」

 眉間にシワを作って、いかにも嫌そうに首を横に振るラインを見て、メルメルは首を傾げた。

(それ程苦手なら、何故そんなに一生懸命練習したのかしら? ……ラインさんはよっぽど――)

「ラインさんはよっぽど『リリーの涙』が好きなんですね」

 メルメルの心を代弁するように、トンフィーがニコニコと言った。

「私が――と言うより、私の弟が好きなんだ。弟は音楽がとても好きで――この曲も、弟に教えてもらったんだ」

「そうなんですか。でも、良い曲ですよね! ――少し寂しい感じがするけども」

「そうだな……。これは――とても悲しい恋の歌なんだ」

「悲しい恋の歌?」

 どことなく顔も寂しげにラインが呟き、メルメルは首を傾げた。

「――とある国の兵士『レスクール』が、隣の国の姫『リリー』と出会い、恋に落ちてしまう。しかし、お互いの国は実は対立していて、密かに逢瀬を重ねていた二人の中はやがて周囲の人間に知られ、愛し合う二人は引き裂かれてしまうんだ。自国の城に閉じ込められる様にされた『リリー』は、毎日愛する隣の国の兵士『レスクール』を思って涙を流す。そして――ある日、周りの目を盗み密かに会いにやってきた『レスクール』と幸せな再開を果たすのだが……」

 ラインはそこで一旦言葉を切ってしまったので、すっかり話に引き込まれていたメルメルは、つい体をグッと乗り出した。

「……果たすのだが?」

「姫の側の臣下に見つかって、レスクールは殺されてしまうんだ」

「そんな……」メルメルはがっくりと肩を落とし、瞳を潤ませた。「かわいそう……」

「め、メルメル、これはただの歌だから……」

 今にも泣き出しそうなメルメルを慰めようと、トンフィーが慌てて言った。それでもメルメルが鼻をぐしゅぐしゅとすすっていると、再び後ろから素晴らしい笛の音が聞こえてきた。振り仰ぐと、フワリと風に髪をなびかせ、夕焼け色に染まったラインが、目を瞑りながら笛を吹いていた。

(……とってもきれい)

 メルメルは思わずウットリして、出来ればペッコリーナ先生が歌い出さないといいな、と思ってしまったのだった。

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