カルバトの塔 5
――僕も、レジスタンスに入ったら。
(トンフィーったら、もしかしてレジスタンスに入るつもりなんだわ!)
父親が青暗戦争で命を落とした事や、母親のむごい仕打ちを考えれば当然の事かも知れない。
「なりたい人がリーダーにふさわしいんじゃなくて、みんながなって欲しい人がリーダーにふさわしいんじゃないかって……。命をかけるなら尚更、自分達が望んだリーダーの指示で動きたいって、思うんだ……」
「まぁ、確かにグッターハイムの下じゃ、命はかけられないわよねぇ」
「い、いやいや……。そんな事はないんだけれども」
ペッコリーナ先生に冗談混じりに言われて、トンフィーは慌てて首を横にぶんぶんと振った。
「気を使わなくていいのよトンフィー。どうせ本人はいないんだし。とてもじゃないけど、あんなだらしないリーダーは嫌だって思ってるんでしょ?」
「いやいやいや……」
「あんまり品格もないし」
「い、いやいや……」
「おつむも――あんまりねぇ?」
「い――まぁ、それは……」
本人がいないのを良い事にあまりな言いようだが、勿論二人ともこれは冗談なのだ。ラインの少し固くなっている心をほぐそうとしているだけ。いつもならそんなペッコリーナ先生とトンフィーのやりとりに必ず参加して盛り上がるメルメルなのだが、今はやけに生真面目な顔で一点を見つめていた。
(トンフィー……。いつ、レジスタンスに入るつもりなのかしら)
もしかしたら、すぐにかも知れないと考えて、メルメルは心臓がドキドキしてきた。
――レジスタンスに入る。それは、悪くない事に思えた。レジスタンスには大好きな人がたくさんいる。ペッコリーナ先生やニレ、グッターハイムの事だって、実は大好きだし、ラインの事は大大大好きだし、それに何より世界一大好きなおじいちゃんがレジスタンスの一員なのだ。だから、レジスタンスに入るのも良いと思う。しかしメルメルは、レジスタンスの一員になって暗黒王を倒す。――そう考えると、今一ピンとはこないのだ。おじいちゃんをさらわれた事には確かに腹が立つが、それほど暗黒王への深い憎しみは沸いてはこない。トンフィーと同じように青暗戦争で両親をなくしたらしいが、記憶にない事だから、それを理由にレジスタンスに入る程の情熱は抱けない。だけれど色々な人の話しを聞いて、暗黒王の支配するこの国は余り平和ではなさそうだから、いずれ誰かが倒すべきなのかも知れないとは考えるし、自分自身、大人になればレジスタンスに入るかも知れないとも思う。でも、それはあくまで大人になってからの話しで、メルメルには今すぐにどうこうとまでは考えられないのだ。
だから――トンフィーがもしかしたらすぐにもレジスタンスに入るかも知れないと考えると、置いてけぼりを食ってしまいそうでドキドキしてしまうのだ。
「……ハハッ!」
メルメルと同じように、黙って二人のやりとりを見つめていたラインが急に笑って、皆驚いてそちらを見た。
「――同じような事を言っていた」
「え?」
メルメルは首を傾げてラインを見上げる。青い瞳がキラキラと輝いていて、何かを吹っ切ったような晴れやかな顔をしていた。
「昔――当時はとても若かったし、私は大臣になるべきかどうかを迷った事があるんだ。フフッ……。その時、さっきトンフィーが言っていた事と同じような事を言っていた。――皆がお前を選んだのだから仕方ない。我慢して嫌がらずに大臣になるべきだ。――と言われた」
やけに楽しそうなラインを、トンフィーは不思議そうに見つめた。「一体、誰に?」
「お前の母に」
「! か、母さんに……」
トンフィーは目を見開いた。
「お前の母――ソフィーにはいつも助けられてばかりいた。私が悩みや苦しみを打ち明けられる相手は、いつもソフィーだけだった……」
――私達兵士は、指揮官に自分の命を預けて戦うんだよ? せめてその命を預ける相手位選ばせてもらいたいね! だからライン……。あんたは大臣にならなくちゃ駄目なのさ。
ラインはトンフィーの方を向いていたが、瞳はその姿を映してはいなかった。トンフィーの顔と重なって見えている別人の、それでいてよく似た面差しの女性を見ていた。
「母さんは、どんな戦士だったんですか?」
「――とても強い魔法戦士だった。赤軍の中でも、魔法では右に出る者がいない程だった」
「弓の腕も一流だったわ」
ペッコリーナ先生の言葉に、ラインはこくりと頷いた。
「そうだったな。ソフィーはペッコリーナの一番弟子だった」
「そうなんですか?」
「そうよ……。師匠の腕をしのぐ程の名アーチャーだったわ。困った事に、練習を抜け出す腕も超一流だったけれどね。フフフ……」
ペッコリーナ先生の笑顔は少し寂しげで、メルメルはなんだか切なくなってしまった。
「僕は母さんに――よく、ラインさんの話を聞かされていたんです」
「そうなのか?」珍しくラインは少し驚いたようだった。
「その時は誰の話か分からなかったんだけど、今思えばきっとラインさんの事だったんだなって思うんだ……。母さん、心を許した友がいるって。今は遠く離れているけど、心はしっかり繋がっているんだって言っていた。若いときは、その女性とライバルのように競いあったりもしたんだって。だけれど、その人はとても優秀で、母さんはほとんど勝てた事がなかったって。――あ、でも、料理の腕だけは母さんの方が上だったって言ってたな」
「フッ……。そんな事はない。彼女はとても優れた女性だった。料理だけでなく、何をやっても勝てなかったのは私の方だ。明るくて、優しくて、真っ直ぐで、誰もが彼女を――愛していた」
トンフィーは俯いて、アケを抱きしめている手に力を込めたので、アケが少し苦しそうに「ミニャー!」と鳴いた。
メルメルはいよいよ切ない気持ちになって後ろを見上げた。ラインは目を閉じて、遠い日に思いを馳せているようだった。
「トンフィー……。お前が、――お前が生まれた日のソフィーの喜び様を、私は今でも覚えている……」
「僕が、生まれた日?」トンフィーは驚いて顔を上げた。
――すごいよライン! 今日は何て素晴らしい日なんだ!
――こらこらソフィー……。余り興奮するなと医者からも言われて――
――だってこんな凄い事は他にないよ。私の中から、新しい命が生まれてきたんだよ!
――ハハッ! 良かった……。良かったなソフィー。
――そうだライン、あんたもすぐに子供を生みな!
――えっ?
――あんたの中から新しい命が生まれてくるなんて、それこそ素晴らしいじゃないか! さあさあ、早く生んでおくれ!
――そ、そんな事言っても――私はまだ相手もいないんだぞ。
――何を呑気な事言ってんだい! 相手なんて――なんなら私の旦那を貸してあげるから、とにかく早く生みな!
――そ、そんなむちゃくちゃな……。
――あ~、早くラインの子供をみたいな~。……そうだ! 女の子なら私の息子の嫁にしよう! ――いっ、いててて……。
――ほら! だから言っただろうが……。
「フフフ……」
「ラインさん?」
やけに嬉しそうに笑っているラインを、メルメルは首を傾げて見上げた。すると、その顔がふと、急に真面目なものに変わった。
「私はいずれ、ソフィーを打たねばならないと思う」




