カルバトの塔 3
森と呼ぶ程には深くなく、それでいて草原という程には開けてはいない。そんな様な、いかにも開拓されていない人外の地といった場所を、かれこれ二時間以上進んでいる。
聞き慣れない鳥の鳴き声を聞いた気がしてそちらに目をやると、赤く長い尾が、遠く西の彼方にある大きな杉の木の陰に隠れるところだった。ちょうどそちらに浮かんでいた太陽の眩しさに目を細めて、メルメルは、――だいぶん日が傾いてきてしまったな、と思った。
「カルバトの塔って……まだまだ遠いのかしら?」誰にともなく呟く。
「あと、半時程だな」
背中から聞こえてきた声にメルメルは首を傾げる。
「じゃあ、結構近くまで来てるのね。――わざわざ見張りの塔を作ったのだから、カルバト族の首都がその周りにあったのかと思ったけど、そうではないのね」
「……? 首都を作る程カルバト族は大きくはなかった。この辺りに住んでいるカルバト族で全てだったのだ。およそ――三百人程だな」
「やっぱりこの辺りに住んでたんだ。じゃあ、崩れてしまったのかしら……」
そう言ってメルメルは周りを見回した。
「何が?」ラインが不思議そうに首を傾げている。
メルメルは後ろを振り仰いだ。「カルバト族の住んでいた家が!」
両手を広げて不思議そうに言うと、ラインは一瞬、キョトンという顔をした。
「……クックック」
何故か肩を揺らしてラインは笑っている。
「な、何で笑うの?」今度はメルメルがキョトンとしてしまった。
「クックッ……。いや、すまん。メルメルが余りに真剣な顔で言うもんだから、つい、な」
「だって、不思議じゃない? カルバト族は建築の技術がとっても高かったんでしょ? だから、カルバトの塔はちゃんと崩れずに残っているのに、住んでいた家がまったくないなんて――」
メルメルはもう一度辺りを見渡す。やはり、カルバト族が住んでいた建物は、その残骸すら残ってはいないようだ。
「それとも、もう少し進むとあるのかしら?」
「いや。もうこの付近一帯は、カルバト族の町になっていた辺りだ。だが――カルバト族の建物は、この土地の上には無い」
この言葉に、メルメルは首を横に振った。「じゃあ、自分達の家は手抜きして作ったのかしら」
「フ……。そんな事は無い。ちゃんと住居というか――町そのものが残っている」
ラインの笑い含みの言葉に、もう一度メルメルはキョロキョロとする。
「クックック……」
メルメルの様子を見て、ラインは再び肩を揺らして笑っている。メルメルは不振げな顔で首を傾げた。
「フフ……。メルメル、ラインさんが言っているのは、カルバト族の住んでいた建物はこの土地の、『上』には無いという意味さ。――よいしょ!」
後ろから声が聞こえてメルメルが振り返ると、うたた寝をしているペッコリーナ先生に寄りかかられて潰されそうになっているトンフィーが、一生懸命体を起こそうともがいていた。
「土地の上には無い……。――じゃあ、どこにあるのよ?」
さっぱり分からないといった顔のメルメル。トンフィーはそんなメルメルの顔を笑顔で見ながら、無言で地面を指差した。
メルメルはじっとトンフィーの指差した地面を見つめた。
「フフフ……。つまりね、土地の『上』ではなくて『下』にあるって事――わわわ……」
何とか起こした体を、再びペッコリーナ先生の重圧で潰されて、トンフィーの顔がすっかり見えなくなってしまった。
もしも今、トンフィーがメルメルの顔を見ていたら、思わず大笑いしてしまっていただろう。クリクリの目を一杯に見開いて、あんぐりと口を開けている。
「『下』……。それって、まさか――」
「そうだ。カルバト族はその高い建築技術を駆使して、地下に町を築いて生活していたのだ」
ラインの言葉に衝撃を受けて、メルメルは地面を凝視した。しばらく言葉も無く下を向いていたが、勿論そこにカルバト族の町が見えるはずも無い。
(あ……。かわいい)
道の隅から隅へと、メルメル達の馬の前をシマリスが二匹慌てたように駆け抜けて、メルメルはようやく我に返った。
「じゃあ、この下にはカルバト族の町があるんだ……」
「そうだな。分かりにくくなっているが、所々に入り口もある筈だ」
ラインの言葉を聞いて、メルメルは目を輝かせた。
「すごい……! 地下の町なんて――入ってみたい!」
「確かにそうだよね。僕も入ってみたいな」トンフィーもメルメル同様目を輝かせている。
「いつか入ってみるといい。中は所々崩れて通れなくなってはいるが、ちゃんと町の形のまま残っている」
「ラインさんは入った事があるの?」
メルメルは羨ましそうな顔でラインを振り仰いだ。
「ああ。何度か。だが気を付けなくちゃいけない。中には時々、不届き者がうろうろしている事があるから」
「不届き者?」
首を傾げて見上げてくるメルメルに、ラインはコクリと頷いた。
「盗賊だ。地下の町には、大分奪い去られたとはいえ、まだまだカルバト族の財宝が眠っている。それを狙っていまだに盗賊がうろついているんだ」
「財宝って、宝石とかお金とか?」
「それも多少はあるが――奴らの狙いはカルバト族の作った武器や防具だ。かつて、トキアの国を追いやられたカルバト族は、海の向こうのバルディア共和国に逃げ込み、そこで新しく町を作る事を許された。しかし、トキアとの戦いでカルバト族はその数を減らし、わずか百人にも満たなくなってしまった。元々希少だったカルバト製の武器や防具は、今や宝石や金などよりもずっと価値のある物になっている。それから――これはあくまで噂だが、ある国の王が自らの財の半分を費やして、ようやくカルバトの槍を手に入れたなんて逸話もある程なんだ」
「カルバト族の武器や防具ってそんなに凄いんだ……。一回見てみたいな~」
メルメルは頭の中に、きらびやかな装飾を付けた光り輝く剣を思い浮かべた。すると、ラインが自らの腰に差している二本の剣の、長い物の方をスラリと抜いてメルメルの前にかざした。
「――好きなだけ見るといい」
メルメルはラインの言葉の意味を考えながら、目の前にかざされた剣をじっと見つめた。




