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カルバトの塔 2

 ハッとして皆トンフィーを見た。注目を浴びて、耳を赤くしながらもトンフィーは続ける。

「確かカルバトの塔は、五百年前の争いでカルバト族が最後まで立てこもってトキアの軍隊をとても苦しめた場所なんだ。中には敵を迎え撃つ為の様々な仕掛けがあるとか」

 メルメルは、今度はトンフィーの物知りさに感心して溜め息を吐いた。

「つまり、プラムはカルバトの塔に閉じ込められているんじゃないかということか……」

 ラインが腕を組んで考えこむ。

「トンフィーの言う通りね! これで、猫ちゃんがあちらに行こうとしているのも納得出来るわ。よ~し、そうと分かればカルバトの塔に向けて、出発進行!」

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!」

 自分の教え子の利発さに嬉しくなって、スキップするように歩き出したペッコリーナ先生を、慌ててニレが引き止めた。

「何よ?」ペッコリーナ先生は少し不満そうに足を止める。

「カルバトの塔は、ひと月前に見回りに行った者がいるんですよ! 特に変わった所があるとは言っていなかった」

「そうなの?」

 ニレの言葉に、メルメルとペッコリーナ先生はがっかりしたように肩を落とした。と、そこへ、

「こらー!」

 右手の道から砂煙をあげて、グッターハイムの馬が猛スピードで戻ってきた。

「なんで、誰も付いて来ていやがらねえんだよ! 一体何をぐずぐずしてんだ!」

 自分の後ろに誰も付いてきていない事にようやく気付いたらしく、怒りの為か、恥ずかしさからか顔を赤くしている。

「だって、おじさんの言うように、おじいちゃんが本当にミデルにいるとは思えないんだもの」

 メルメルの言葉に、グッターハイムは更に顔を赤らめた。

「め、メルメル――おじさんはやめろ。――いや、そんな事より、プラムがミデルにいないとはどういう事だ? 何か根拠が――」

「根拠は――あれよ!」

 メルメルは寝そべって、あくびを繰り返しているワーチャを指さした。グッターハイムはそちらを見て、呆れたような顔になる。

「だ~か~ら~! 所詮は猫助だ。あてになどならんだろうが!」

「でも、猫助だなんてバカに出来ないような事がたくさんあったわ! それに、他にもおじいちゃんがいそうな怪しい所があるんだから!」

 メルメルは口を尖らせて顎を持ち上げグッターハイムを見上げた。

「……どういうこった?」

 グッターハイムは頑ななメルメルから視線を外し、ペッコリーナ先生を見た。

「ええと……。トンフィーがカルバトの塔が怪しいんじゃないかって。――でも」

 ペッコリーナ先生がちらりとニレに視線を送る。

「ラインさんのお達しで、近頃悪魔の兵隊がこの地方でもウロウロしているから、根城になりそうな場所は定期的に見回りしてたんです。一月前にカルバトの塔も様子を見に行った者がいます。いつもと変わった所はなかった筈ですよ」

 ニレが言うと、グッターハイムは大きく頷き、ほら見たことかという顔をメルメルとトンフィーに向けた。

「だろう? 逆に、ミデルは悪魔の兵隊の数も増えて、すっかりこの辺りの基盤になり始めている。あそこならプラムを閉じ込め、俺を呼び出して迎え撃つのに最適と言えるだろう。――なぁ、ライン?」「…………」

 グッターハイムは鶴の一声を期待したが、残念ながらラインから賛同の言葉は出てこなかった。考えこむように腕組みをしてワーチャを見ている。

「でも、見回りに行ったのはひと月も前でしょう? 今はどうなってるか分からないわ!」

 どうやら納得出来ないらしく、めげずにメルメルが言うと、こちらも折れる気の全くないグッターハイムが、フンッと鼻を鳴らした。

「ひと月しか前じゃないんだ。急に兵隊を集めて準備したとでも言うのか? 何の為にそんな労力を使うんだ?」

「何の為って、それは……えっと……」

 グッターハイムの勢いにメルメルは押され気味になってきた。目の玉を上にして必死で考える。

「カルバトの塔の方が、敵を迎え撃つのに有利だからかも知れない」

 トンフィーの援護射撃に、メルメルは瞳を輝かせた。

「……有利?」グッターハイムは片眉を上げてトンフィーを見る。

「ミデルは、いくら今は闇の軍隊が支配しているとは言っても、元はただの普通の街です。要塞のようなものもないだろうし、敵を迎え撃つのに最適とは言えない。何よりも、敵はおじいさんを捕らえておくのに万全な場所が必要な筈です。それが一番重要なんですから」

「何故、一番重要なんだ?」

 首を捻るグッターハイムを、トンフィーは少し呆れたように見た。

「何故って……。万が一おじいさんをこっそり取り返されたりしたら、グッターハイムさんをおびき出す事が出来なくなるからですよ。敵は、グッターハイムさんを――つまり、レジスタンスのリーダーを、こ、殺して、おそらくレジスタンスの志気をそいで、一気にレジスタンスを壊滅させるとか、そういう事を目論んでる筈です。おじいさんは、そのリーダーを呼び出すためには絶対奪い返されちゃいけない。だから大切なのは――安全に捕らえておける場所――ミデルにそんな所あるでしょうか? そもそもミデルには、元から街に住んでいた一般の民も少しは残っているでしょう? そんな所じゃ、いつ敵が潜入してくるか分からない。カルバトの塔のように、外からの攻撃に強い場所で、しかも味方だけしかいない場所の方が安全だと言えます」

「……う~む」

 今度は、グッターハイムがトンフィーの勢いに完全に押されてしまった。反論する言葉を探し、腕組みをして考えこんでいる。

「ここでこうして悩んでいても仕方ない」

 ラインが言って、皆が一斉にそちらを見た。

「ミデルとカルバトの塔――二手に別れよう」

「戦力を二分するの? ……大丈夫かしら?」ペッコリーナ先生が心配そうに呟く。

「まずは、敵に気づかれないように様子だけこっそり窺う。そして、もしもプラムの存在が確認出来たら、お互い直ぐに連絡をする」

「だったらまずは、先に全員でミデルから行ったらどうだ? ミデルはカルバトの塔よりずっと近くにあるし」

 グッターハイムの提案に、ラインは首を横に振った。

「あまり時間をかけるのは得策ではないだろう。使いを出して待っている間に敵の様子を探る事も出来る。使いにはピッピーとウォッチを使えば早いだろう」

「そうですね。隠れ家に使いに出したウォッチもそろそろ戻ってくると思います」

 ニレが頷き、ペッコリーナ先生も賛同するように頷いた。グッターハイムもラインの言葉に納得したようにパンッと手を叩いた。

「よし! じゃあ、どう分かれようか? ペッコリーナとニレは使いの事があるから別れてもらわなきゃな。あとは――」

「ワタシはカルバトの塔に行くわ! おじいちゃんは絶対カルバトの塔にいるもの!」

 メルメルが鼻息荒く言うと、グッターハイムも負けじと鼻を鳴らした。

「ふんっ! じゃあ俺はミデルだな! プラムは絶対ミデルにいるからな!」

 バチバチと火花をちらしてにらみ合っている二人の間に、ペッコリーナ先生が割って入った。

「私はメルメルと行くわ。心配ですもの……。トンフィーも勿論こちらよ」

 ペッコリーナ先生は、メルメルとトンフィーの肩に腕を回して引き寄せた。

「それじゃあ、私はリーダーと行きますね」

 ニレがグッターハイムの横に並ぶ。そして、皆がラインを見つめた。

「……私はメルメル達と共に行こう」そう言ってラインは素早く馬に飛び乗った。

 メルメルはとても嬉しかった(もしもあっちへ行くと言ったら、少し駄々をこねようと思ってたんだ)。ラインがいれば百人力だ。

「――では、汗臭い男二人で面白くもないが、仕方ない。いざ参ろう!」

 グッターハイムはクルリと背を向け、マントのように長い上着の裾を揺らして歩き出した。

「じゃあ後ほど!」ニレも慌ててグッターハイムの後を追う。

「ね、ねえ!」

 とっとと去ろうとする二人の背中に、メルメルは焦ったように大声で呼びかけた。グッターハイムとニレは少し驚いた顔で振り返る。

「……なんだ?」グッターハイムは片眉を上げて不振げにメルメルを見ている。

「二人とも気をつけてね……」

 メルメルは、離れて行く二人の背中を見て何だか寂しくなってしまったのだ。急にしおらしくなった少女の様子に、男二人は思わず声を合わせて笑った。

「ありがとうメルメル」

 ニレが言うと、グッターハイムはニヤリと片頬を上げて、メルメルに歩み寄った。

「心配いらないさ。俺達二人だけでとっととプラムを救い出して来るさ!」

 自らの頭を包み込んでしまう程に大きな手が、頭の上に載せられて、その温かな手でぐしゃぐしゃと撫でられると、それでメルメルはようやく少し安心した。

「……ふふん! 残念だけどおじいちゃんはワタシ達が助け出しちゃうわ!」

「ガーハッハッハ! それじゃあ勝負だな。――よし行くか!」

 再びグッターハイムは身を翻し馬に飛び乗ると、ニレと共に走り去ってしまった。

「さぁ……私達も行こう。グッターハイムに負けるわけに行かないからな」

 ラインに言われて、二人の去っていくのをじっと見つめていたメルメルはニッコリ振り向いた。

「はい!」元気いっぱいに応えてラインの馬に乗り込む。「――ミミ! シバ!」

 メルメルの呼びかけに、どこかにお散歩に行っていたミミとシバが、慌てて戻って来て馬に飛び乗った。すると、のんびり屋のワーチャものんびりと立ち上がり、満員御礼のメルメルの前に無理やり乗り込んできた。

「あ、こら! じっとしなさい!」メルメルは慌てて三匹が落ちない様に両手一杯に抱え込む。

「フ……。それでは行こう」ラインが言って、ゆるりと馬が動き出すと、

「ミギャ~!」

 ワーチャは満足そうに一声鳴いたのだった。

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