裏切り者 22
「メルメル……。ごめんねメルメル……。僕のせいで、ひっく……僕は最低だ。大切な友達を傷つけてしまった。泣かないでメルメル……」
トンフィーは頭を下げて必死で言ったが、メルメルはゆっくりと首を横に振った。
「ワタシこそごめんねトンフィー」
「……え?」
何故、逆に相手の方が謝るのか意味が分からずに首を傾げる。メルメルはそんなトンフィーの手を取り、ギュッと握り締めた。
「ぐすっ……。可哀相だわトンフィー。ずっと一人で苦しかったでしょう? ――ズズッ。きっと、とても辛かったはずだわ」
そう言って、更に強くトンフィーの手を握り締めた。そんなメルメルをトンフィーはいよいよ驚いた様に見つめる。
「メルメル……」
「ワタシずっと考えていたの。トンフィーがワタシに打ち明けてくれなかったのは、何故かって……。それはたぶん、ワタシが――まだまだ頼り無いせいなんだって分かったの。……だからごめんね、トンフィー」
「め、メルメル……。そんな事ないよ。そんな理由じゃ――」
予想外な展開に、トンフィーは焦って首を横に振った。それには構わずメルメルは続けた。
「おじいちゃんが言っていたの」
メルメルの口から「おじいちゃん」という言葉が出てきて、トンフィーは思わずピタリと動きを止めた。
「――楽しい事や嬉しい事は他の人と分かち合いなさい。そうすると、その楽しい事や嬉しい事は、二番にも三倍にもなって、もしかすると世界中の人がメルメルと同じように幸せな気持ちになるかも知れないよ――って」
トンフィーは、自分に一生懸命語りかけてくるメルメルの、その瞳のとても美しくキラキラと輝いている様を、吸い込まれるようにして見つめていた。
「そして、自分ではどうしようもないような悲しい事や辛いことは、誰か大切な人と分かち合いなさい。そうすると、その悲しい事や辛いことは、小さくなったり消えてしまったりするから――って」
トンフィーも周りの大人達も、皆無言でメルメルの事をじっと見つめていた。
「でもね、おじいちゃんはこうも言っていたの。――一つだけ注意しなければいけない事があるっんだよ――って」
「注意しなければいけない事?」
すっかり話に引き込まれてしまっていたペッコリーナ先生は、無意識のうちに問い返していた。メルメルはそんなペッコリーナ先生の方を向いて、小さく頷いた。
「おじいちゃんは、楽しい事や嬉しい事は誰とでも分かち合って構わないんだって言っていたわ。例えば――良く知らない人や、嫌いな人――どんな人達とでも良いから、出来ればたくさんの人と分かち合った方がいいんだよって。だけど、苦しい事や辛いことは――」メルメルはちょっと寂しそうな顔でトンフィーに視線を戻した。「信頼出来る、頼りになる相手とだけ分かち合いなさい――って……」
トンフィーは、メルメルの言いたい事が分かってきて困った顔になった。「い、いや、あのねメルメル」
「でも、安心してねトンフィー! ワタシ、もっともっと頼れる人間になるから!」メルメルはドンと自分の胸を叩いた。「トンフィーが一人で辛い思いしないで済むように、何かあったらすぐ、――あ! そうだメルメルに相談しよう」黒目をクルリと上に向けて、ポンと手を打つ。「――って思うくらいに、頼りになる人間になるから!」
メルメルに再びガッチリ両手を握り締められて、トンフィーは目をパチクリさせた。
「メルメル……」
「だってワタシ、おじいちゃんを助ける為にこっそり夜中に抜け出した時、とってもとっても不安で仕方なかったの。だから、トンフィーが来てくれてすっごく嬉しかった。トンフィーって、何て頼りになるんだろうって思ったの」
メルメルは何のわだかまりも無い顔で言葉を続けた。
「そ、それは……。だって僕のせいでおじいさんは……」
眉をハの字にして情けない顔でもごもごと喋るトンフィーに、メルメルはニッコリ笑いかけた。
「そんなの関係ないわ! トンフィーは一緒に来る必要なんてなかったんだもの。そうよ――あの怖い女の人が関わっているし、暗黒王まで関係してるって知っていたんだから、ワタシなんかよりずっと怖かったはずだわ」メルメルはベラメーチェの顔を思い出してブルッと身震いした。「それでも、トンフィーは来てくれたわ! 何て――何て優しいのかしら、トンフィーったら――ぐすっ……」
どうやらメルメルは、話しているうちに何だか感動してきてしまったようで、再び涙ぐんできた。
「……ぷっ!」ニレがそんなメルメルを見て吹き出した。
気がつけば、先程のピリピリとした空気は消え失せていて、誰もが穏やかな顔付きに変わっていた。
ペッコリーナ先生は、メルメルの作り出す何とも言えない暖かい雰囲気、冷え切ってしまった心や体を温めてくれる「何か」を感じて、思わずぼんやりとその顔を見つめた。
(不思議な子だわ……)
「優しくなんかないよ……。僕……とってもひどい事をしたんだから……」
責められるどころか逆に誉められてしまって、トンフィーはすっかり戸惑っていた。
「そんなの、トンフィーの優しさで帳消しよ! だからトンフィー、ワタシもトンフィーに負けないくらい優しくなるから、これからはうんと頼ってね。そうしたら辛いことも悲しい事も二人で分け合って、そんなもの、そのうちに無くなってしまうわよ。そうよ――辛いことなん――て……」
その時、メルメルの顔が大きく歪んで、みるみるうちに大粒の涙がくりくりの両目から溢れ出してきた。
「ぐすっ……悲しい事、だって……。ひっく……。うえーんえーん! ソフィー母さ~ん!」
メルメルはトンフィーに抱き付いて泣き出してしまった。
「ぐすっ……母さん……。うぇぇーん!」
つられる様に泣き出してしまったトンフィー。結局抱き合ってわんわんと泣き出してしまった二人の子供達を、ペッコリーナ先生は両手でギュッと抱き締めた。
「大丈夫……。大丈夫よ……大丈夫、大丈夫……」
「うえーんえーん! うえーんえーんえーん!」
トンフィーの告白した内容があまりに衝撃的で、一時はどうなる事かとハラハラしながら見守っていたニレだったが、こうして抱き合って泣いている子供二人を見ていると、この先も変わらず旅を続けて行けそうだと感じてホッと胸を撫で下ろした。
「何だか色々あったけれど、とりあえず一段落着きましたかね? ――ラインさ、ん」
振り返ると、後ろにいたはずのラインの姿が消えていた。良く見ればグッターハイムの姿もない。――一体どこへ行ってしまったのか。
ふと視線を前に戻すと、少し離れた所に、猫が四匹並んで空を眺めている事に気が付いた。ニレも釣られて上を見る。いつの間にか雨はすっかり上がって、綺麗な真っ青の空が広がっていた。そして、
「あ……。何て――綺麗な……」
その感心したような声音を聞いて、泣きべその三人が顔を上げてそちらに目をやれば、ニレは瞳を輝かせて遠くの空を見上げていた。その視線を辿るとそこには、
――美しい七色の虹が、大きな橋を架けていた。




