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裏切り者 21

「さて。――どうする坊や?」

 ベラメーチェは視線をトンフィーに移し、その右手の拳を差し出しニヤ~っと笑う。ゆっくりと、拳を開いた。

「……………」

 そこから出てきたのは、トンフィーの握り拳くらいありそうな程に大きな、青い色の石だった。トンフィーの瞳はそれに釘付けになった。

「ど、どうするって……」

「使うも使わないも坊やの自由って事さ」

 ベラメーチェの言葉に、トンフィーはゴクリと喉を鳴らした。

「クックック……。貴重な石だからねぇ。何も、無理に使う必要はないんだよ?」

 トンフィーは相変わらず、ベラメーチェの手の平に載せられた青い石を凝視している。それこそ、石のように固まって動かない相手を見て、ベラメーチェはフンッと鼻をならした。

「どうやら怖じ気づいちまったみたいだねぇ……。それならそれでいい。ちゃんと母親の葬式でもしておやりよ」

 そう言ってさっさとドアに向かうベラメーチェを、トンフィーは慌てて呼び止めた。

「待ってよ!」

 足を止め、不愉快そうにベラメーチェは振り返る。

「や、約束でしょう? 母さんを生き返らせてくれるって……」

 ベラメーチェは目を細め、意地の悪い顔でトンフィーを見下ろした。

「生意気な言い方だねぇ……。やっぱりやめようかねぇ」

「そ、そんなのずるいじゃないか! 僕は約束を守ったのに――」

「お前の手紙が使い物になるかどうかはまだ分からないんだ。本来ならそれを確かめて初めて契約成立なのさ。――それを待っている間に、あんたの大切な母さんはどんどん腐っちまうだろうけどねぇ?」

 トンフィーは、悔しさに唇を噛んでベラメーチェを睨み付けた。

「クックック……。どうする坊や? ――どうかお願いします。お母さんを生き返らせて下さい――そう言うなら、願いを叶えてあげないでもないけどねぇ? せっかくお友達のおじいさんを騙してまで生き返らせたかった母さんの為だ。――出来るだろう?」

 怒りに顔を赤らめる少年を、ベラメーチェは愉快そうに見つめた。トンフィーはゆっくりとソフィーの顔に視線を送った。涙で、その顔が霞んだ。

「……お願いします」

「何だい? ……聞こえないねぇ」

「――お願いします! どうか母さんを生き返らせて下さい!」

 ベラメーチェは満足そうにニヤ~と口の両端を上げた。

「いいだろう――。お前の望みを叶えてやろう! ……マクロトラナリデ、ペカレスケラーデ――」


 メルメルは、今にも崩れてしまいそうなトンフィーを見つめていた。メルメルだけでなく、他の者も、掛ける言葉さえ失って立ち尽くしていた。

「リーダー! ウォッチを隠れ家に使いに出しました! 半日もかからず届くと思います、よ……」

 駆け戻って来たニレが、皆のただならぬ様子に思わず立ち止まった。キョロキョロと周りを見渡す。

ぐったりとうなだれ、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたトンフィー。更に顔をぐちゃぐちゃにしてトンフィーを見つめているペッコリーナ先生。なんだか困ったような顔のグッターハイム。何か考え事をしているかのようにぼんやりとしたメルメル。そして、

「……ら、ラインさん?」

 恐ろしい顔で、ザッザと土を踏み鳴らしトンフィーに歩み寄るライン。その顔付きを見て、ペッコリーナ先生が顔をしかめる。

「――ライン?」

 ラインは右手を大きく振り上げた。ペッコリーナ先生が慌てて走り寄る。だが時既に遅し。ラインの手の平が、トンフィーの頬目掛けて、勢いよく振り下ろされた。

「――ら、ライン!」

 バチーン、と盛大に小気味良いほどの音がして、メルメルは目を丸くした。倒れ込んだトンフィーにペッコリーナ先生が走り寄る。

「トンフィー! あぁ――ライン、なんて事を……」

 頬を真っ赤に染めたトンフィーが、怯えたようにラインを見上げている。気遣わしげな表情を浮かべて、トンフィーを引き起こそうとするペッコリーナ先生。それを押し退けて、ラインは二打目を喰らわせる為に、無言で右手を振り上げた。

「だ、駄目よ――ライン!」

「お、おいライン! 待て――」

 バチーン、とラインは周りの制止も聞かず、またしても思い切り良くトンフィーを張り飛ばした。それどころかまだ叩き足りないのか、トンフィーに向かって更に一歩踏み出した。慌ててその体にペッコリーナ先生がしがみ付く。

「ライン! 止めて頂戴! いくら何でもやりすぎよ!」

「その通りだ! 何も殴らなくても――」

 グッターハイムも、ラインの腕を押さえようと掴みかかった。ペッコリーナ先生だけならともかく、グッターハイムにまで押さえ込まれては、さすがのラインも身動きが取れない。

「……お前は、自分のした事が分かっているのか?」

 ラインに怒りに燃える瞳を向けられて、トンフィーは思わず縮み上がった。

「お前のせいでプラムはさらわれたんだ」

 今にも二人の拘束を振り解いて暴れ出しそうなライン。それを必死で抑えながら、ペッコリーナ先生はトンフィーを不憫に思って涙を流した。

「ライン……。わざわざそんな事を言わなくても――」

「いいやペッコリーナ。私はわざわざ言わしてもらう。――そしてトンフィー……。お前は、悪魔の兵隊などにしてしまう事によって、母を汚したのだ。誇り高く美しかった母の――ソフィーの魂を、汚したのだ」

 ラインの言葉にトンフィーの顔が歪んだ。頭を抱え込み、肩を震わせる。

「ライン……。もう、そのくらいで……」

 グッターハイムはトンフィーを憐れむ様に見た。ただでさえ小さな体が、すっかり打ちひしがれてしまって余計に小さく見える。ところがラインは、追い込みをかけるように言葉を続けた。

「――しかもお前は、嘘をついて自らの罪を隠そうとした。私は――それが一番許せない」

 遂にトンフィーは、嗚咽を漏らし始めた。「うっうっ……。あぁ……。ご、ごめん、なさい……うぅ」

 頭を抱え、うずくまるように泣いているトンフィーを見て、ラインは怒りに釣り上げた目尻をようやく下げた。その表情を見て、ラインを抑えていた二人もおずおずと拘束を解いた。

「謝るなら、メルメルやプラム――それから、お前を産み、命燃え尽きるその瞬間まで、あらんばかりの愛情を注いでくれたソフィーに謝るんだな……」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ……うぅ……ひっく……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 その時、顔を伏せたトンフィーの背中に、優しく手を置いた者がいた。いたわるようにその背を撫でている。

「うぅ……うっうっ…………!」

 顔を上げたトンフィーは、驚いて目を見開いた。てっきりペッコリーナ先生だと思いこんでいたのに、実は背中を優しくさすってくれていたのは――――メルメルだったのだ。

「め、メルメル……」

 メルメルは泣いていた。悲しくて悲しくて仕方がないといった顔をしていた。

 きっと、友人に裏切られた事を――そのせいで大切なおじいちゃんを失った事を悲しく思って泣いているのだろう。そう考え、トンフィーは申し訳ない気持ちで一杯になった。

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