ミミとシバ 7
―― そしてその頃、ミミとシバは……。
いつものように、美味しいクタクタ煮のホッカホカ湯気をフーフーしながら、ニッコニコ顔でプラムじいさんが出てきてくれないかと期待していたけど、何だかそれはないような雰囲気を感じ始めていた。二匹して、プラムじいさんの家を見つめながらそっと寄り添っている。するとしばらくして、プラムじいさんの家の中からドタン、ドタン、と大きな物音が聞こえてきた。
「は、はなせ~」プラム爺さんの呻き声。
ミミはその大きな耳をピクピクッとさせると、凄い勢いで飛び出して行った。見る間に大きなドアの向こう側に消える。シバが慌てて後に続いて家に飛び込むと、な、な、な、なんと! 皮膚がドロドロでボロボロな揃いの黒い鎧を着た人間達(?)にプラムじいさんが囲まれ捕らえられていたのだ。
「貴様らなんなんじゃ! ワシをどこへ連れて行くつもりじゃ!」
ドロドロ人間達は臭い息を吐き、「ヴ~ヴ~」と唸りながら入り口の方にプラムじいさんを引きずって行く。ミミが毛を逆立てて尻尾を膨らませ、「フー!」と威嚇しても見向きもしない。
シバは飛び込むと同時にドロドロ人間達に驚いて、外に逃げ出していた。しかしいつまで経ってもミミが出て来ない。仕方なしに恐る恐る家の中に戻ってみると、何と、勇敢な兄弟がちょうどドロドロ人間達に飛びかかっているところだった。
「フギャギャー!」ミミがドロドロ人間の足を引っ掻く。
「ヴ~ヴ~」ドロドロ人間達は呻きながらミミを蹴っ飛ばそうと足を振り上げる。ミミは素早くそれを避けて、今度は別の足を引っ掻いた。
ドロドロ人間達は足をバタバタさせ、仕返しに蹴っ飛ばそうと何回も繰り返すけれど、ミミの体をかすめる事も出来ないでいるのだ。その内、段々イライラしてきたようで、遂にはプラムじいさんを抑えていた手を離してミミを捕まえようと追い駆け始めた。
簡単には捕まらない。ミミはタンスの上からタンスの上に飛び移ったり、飛び降り際にドロドロ人間達の顔を引っ掻いたりして、すっかり相手を翻弄していた。
「猫ごとき相手に何をしているのだ! 爺が逃げるぞ!」
部屋の奥から何者かの怒鳴り声か聞こえた。すると、入り口付近までこっそり移動していたプラムじいさんに、ドロドロ人間達が一斉に気が付いてしまった。近くにいた一人が慌てたように掴みかかる。
「二ャニャニャーーー!」
ドーンとシバが体当たりをして、プラムじいさんを捕まえようとしていたドロドロ人間はよろけて、尻餅をついてしまった。
「役立たず共が! サンダーニードル!」
部屋の奥から声と同時にバリバリ! と針のような物がたくさん飛んできた。ミミは危ういところでそれを避ける。ミミの周りにいたドロドロ人間達は巻き添えを食って、魔法の針が体中につき刺さってしまった。皆、パリパリと電気を帯びて呻いている。すると、その中の一人からパリンと妙な音がして、「グオァ~!」と叫びながら倒れ込み、それから全く動かなくなってしまった。
「どけ! 間抜け共め!」
慌てたように人垣が左右に割れた。
ドカドカと床を踏みならし、家が揺れる程の勢いで現れたのは、――巌のような大男だった。少し前屈みになった体(そうしないと、頭が天井に着いちゃうんだ)に、ど派手な甲冑を着け、顔をほとんど覆ってしまう程の髭を蓄え、その間から覗く肌を怒りで真っ赤に染めていた。
大男は小さな黒目をギョロリとシバに向けた。
「サンダーニードル!」
「プリズムバリア~!」
プラムじいさんがほぼ同時に叫び、バリバリバリと恐ろしい音と共にシバに向かって飛んできた無数の針が、突然現れた光の壁に弾かれて消え失せた。
「に、逃げるんじゃ! ミミ! シバ~っ!」
「この、クソ爺が!」
大男はプラムじいさんをドアの外に思いっきり突き飛ばした。
シバとミミは一瞬目を合わせると、兵隊達の脇や足と足の間をすり抜け外に飛び出した。急いでプラムじいさんに駆け寄ろうとしたその時、
「ラプート!」
家の中から大男の声が響き渡った。すると空から、
「キェキェー!」
バタッ! バタッ! バタバタバタ!
翼をはためかせながら何かが降って来た。
「うへぇ~!」
「それ」はプラムじいさんをムンズと掴むと、瞬く間に空に舞い上がってしまった。その姿はハゲタカのようだが、何故かウロコだらけの足と尻尾が生えている。太陽の光を受けて、首のあたりで何かがキラリと光った。
ミミとシバは飛び去ろうとする、その不気味な後ろ姿を追って走り出した。
ハゲタカもどきはかなり大きいが、さすがにプラムじいさんを抱えて飛ぶのは難儀なようだ。二匹が飛びつけるか飛びつけないか微妙な高さを低空飛行している。ただその速さは中々のもので、ミミでさえも追うだけで精一杯だった。少しずつシバが離され始めた頃、遥か後方から砂煙を上げて馬にまたがった大男の姿が見えてきた。
「ミミ、シバ、ワシの事はも~いいんじゃ!」
プラムじいさんが言っても、二匹は止まらない。
「奴がきたら殺されてしまうぞ!」
それでも二匹は止まらない。
「ワシの事よりメルメルを頼む!」
メルメル、と聞いてミミは大きな耳をピクピクッとさせる。
「メルメルを! メルメルを一人にしないでおくれ! そばにいてやっておくれ~!」
「サンダーニードル!」「プリズムバリアァ~!」
大男の放った魔法は、またまたプラムじいさんの守りに阻まれ、全くミミとシバには届かなかった。 大男はまさに鬼そのもののような顔で、背負っていた大きな斧を手にした。ミミは(シバは目を瞑り鼻を広げ、必死で少し後ろを走っているんだ)プラムじいさんの目をじっと見つめた。プラムじいさんが無言で頷くと、気持ちが通じたように目を細め、少しスピードを緩めてシバに並んだ。寄り添って少し走り、「サンダーニードル!」大男の呪文と同時に、急に回れ右をして路地に飛び込んだ。しばらくは後ろの方から蹄の音がしていた。しかし、わざと細い道を通ったり、壁を乗り越えたりしているうちに、音は段々と遠くに消えていった。
ミミとシバはその後、ある家の庭に入っていった。この家は大工の親方をしている男が自分で建てた家で、この街では唯一の三階建てなのだ。二匹はその親方自慢の三階建ての屋根に登る。
「ニャウォ~ン!」
どうやら日向ぼっこをしていたらしい先客が、慌ただしく上がってきたミミとシバに抗議の声を上げた。
二匹がそちらを見ると、のんびり屋のワーチャのお姉さんで、ちょっと神経質なアーチャと、アーチャの事が大好きな(もしかしたらお母さんと思っているのかも知れないんだ)ユトロニャーオが寝転がっていた。それには構わず西の方に目を向けると、遥か彼方にハゲタカもどきに抱えられたプラムじいさんの姿が見えた。その後ろで馬に乗った大男と、さらには必死でそれを徒歩で追い駆けるドロドロ人間達の姿も見える。
「アォ~ン」アーチャが鳴きながら二匹の横に並んだ。
「ニャニャ」ミミもシバもアーチャの方を見つめる。
「ニャ!」「ニャワ~ン」「ニャ~ニャ」「ウニャニャニャ!」「フニャニャニャ~ン」
三匹はしばらく鳴き声を交わした後、急に静かになってしまった。ふとアーチャが、後ろで三匹のやりとりを見守っていたユトロニャーオの方を振り返った。
「ニャワワ~ン!」
アーチャが特大の鳴き声をあげた、次の瞬間。ユトロニャーオは物凄い勢いで屋根から駆け下り、西へ向かって脱兎のごとく駆け出したのだ。ミミとシバはその後ろ姿を見届け、最後にアーチャに顔を向ける。しばし気持ちを交わすように見つめ合い、ミミとシバも猛スピードで駆け出したのだった。




