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裏切り者 17

 ドキンと、トンフィーの心臓が大きく跳ね上がる。「――て、がみ?」鞄を持つ手に力を込める。

「プラムじいさんに書かせた手紙だよ……。持って帰って来たんだろ?」

 トンフィーは目を見開いてブラッドを凝視する。

 ――見慣れたいつもの顔だ。ただ、その顔からはもう、笑顔は引っ込んでいた。

「な、何故……」

 やはり飲み物をもらうべきだったかも知れない。喉がカラカラに乾いて上手く言葉が出ない。

「何故って、……ああ。何故オレが手紙の事を知っているのかって? ――ベラメーチェ様に聞いたからさ」

「ベラメーチェ……様?」

「お前はベラメーチェ様と約束したんだろ? レジスタンスのリーダー宛てに書かれた手紙と、命の石を交換すると」

 トンフィーは声も出せずにブラッドの顔を見つめた。そして、何だか鈍くなって今一上手く働かない頭の片隅で、(あの女はベラメーチェと言うのか……。何だかどこかで聞いた事があるような名前だ)などと考えていた。

「……トンフィー、早く手紙を出せ」

 黙り込んでいる相手にしびれを切らしたのか、低い声でブラッドが言った。

「あ、あの、ブラッドさんはあの人――ベラメーチェ様に使えているの?」

 トンフィーは再び心が揺れ始めていたが、先ほどまでは家に帰ったら破ってしまおうと考えていた手紙だ。渡す事に抵抗を感じて誤魔化すように早口で喋った。

「そうだ。オレはベラメーチェ様の配下だ。つまり暗黒王にお仕えしているということだ。お前が今日の帰りにプラムじいさんの所に行ったのは知っているんだ。――手紙を書かせたんだろう? さあ、出せ」

「あ、暗黒王に使えてるなんて、ぼ、僕知らなかったな……。母さんや近所の人は知ってたのかな?」

 トンフィーは、何だかいつもよりずっと感じの悪いブラッドに恐怖を感じ始めていた。

「この町の連中は誰も知らないさ。隠していたからな」

「どうして隠していたの?」トンフィーは首を傾げた。

 物心ついた時からブラッドは隣に住んでいたし、その頃からずっとあれやこれや世話を焼いてもらっていた。ソフィーとも随分昔からの知り合いのように親しくしているが、トンフィーはブラッドの口から暗黒王の話など聞いた事が一度も無かった。やはり暗黒王に使えているというのは、心証が良くないのだろうか。

「オレはレジスタンスの一員でもあるからな……。暗黒王の配下だなんてバレたら大事だ」

 ブラッドは軽い口調で言った。

「そ、それって――」

「分かるだろう? ……スパイさ」

 ブラッドはそう言って笑った。しかしその笑いはいつものように爽やかなものではなく、とても同じ人物とは思えないような嫌らしい笑い方だった。

「スパイ……」

 トンフィーはドアにチラリと視線をやった。いよいよ手紙を渡したくなくなっていた。

「レジスタンスの連中は誰一人としてオレをスパイだと疑ってはいない。――まったく、間抜けな連中さ。だからトンフィー、早く例の手紙をだせ。オレなら連中のリーダーに上手く届くように出来る」

「…………」トンフィーは無言でテーブルの一点を見つめていた。

 ――この人達に、手紙を渡して本当にいいんだろうか? 右手で抱えた紙袋を持つ手に、力が入る。


「おい!! ――貴様、何を考えている? 早く手紙を出せ!」


 厳めしい顔。ドスの利いた声。乱暴な言葉使い。普段が優し過ぎるくらいだから、よけいに恐ろしい。トンフィーは足元から震えが立ちのぼって来るのを感じた。

「で、でも、まだ、このままじゃ、だ、駄目だから、い、いったん家に帰って――」

 トンフィーがしどろもどろに言って、何とか震える足で立ち上がった瞬間、


「――座れ!!」


 地を震わすような、低い大きな声で怒鳴られて、トンフィーはへなへなと再び椅子に座った。余りの恐ろしさに体中が震え、カチカチと奥歯を鳴らした。

「手紙を出せ」

 トンフィーは慌てて鞄をあさる。意気地は、もう完全に折れてしまっていた。こんなに怖い思いをしたのは初めての事だった。あの女が現れた時も、これほどの恐怖ではなかった。

 震えて上手くいう事をきかない手で、何とか手紙を取り出した。

「よしよし……。これがそうか。良くやったな」

 今更のようにブラッドは優しい声を出した。しかし、トンフィーの震えは止まらない。

「…………? 何だこれは。これのどこがレジスタンスのリーダーに宛てた手紙なんだ?」

 ギロリと睨まれて、トンフィーは冷や汗を掻いた。

「あ、あああの、そ、そそそのままじゃだ、ダメなんだ。か、カッターか、な、何かを、く、くくれれば――」

「カッター? ……待っていろ」

「あ、あと――」

 立ち上がったブラッドに、慌ててトンフィーが言う。

「何だ?」

 ギロリとブラッドに見下ろされ、トンフィーは縮み上がった。「じょ、定規も……」

「……わかった。たくっ――一体何故定規なんて――ブツブツ……」

 不満げな声を出しながらブラッドは奥の部屋へと消えて行った。待っている間、トンフィーは入り口のドアを見つめ一瞬逃げ出してしまおうかと思ったが、もしも捕まってしまったら殺されてしまうのじゃないかと考えて、、全く動けずにいた。

(あれは……本当にブラッドさんなのかな)

 どう考えても同じ人物には思えない。

 ――トンフィー、母さんは大丈夫か? 困った事があったらすぐ呼ぶんだぞ。何の為のお隣さんだ、遠慮するなよ!

(……………………)

 トンフィーがしょんぼりと俯いていると、奥からブラッドがナイフと定規を持って出てきた。

「カッターなんぞ無いから、これで我慢しろ」

 定規と、刃が剥き出しのナイフをテーブルに投げ出されて、トンフィーの肩が一瞬ビクンと跳ねた。

「で? それをどうしようってんだ?」

 促され、トンフィーは震える手でナイフを握り、プラムじいさんに書いてもらったお手本の紙に定規をあてがった。

「何だ? 切るのか?」ブラッドは不思議そうにトンフィーの手元を覗き込んでいる。

 トンフィーは震える手でゆっくりと紙を切った。横にしたり縦にしたりして「いらない部分」を全て切り取ると、トンフィーは残された紙を手にして文章を確認した。するとブラッドが横からバッと紙を取り上げた。

「見せてみろ――」奪い取った紙を上から下へと目玉を動かして読んでいる。

 トンフィーは俯いて、何とはなしにテーブルの上のナイフを見つめていた。


「それで俺を殺すか?」


 ハッとしてトンフィーは青白い顔を上げた。ブラッドはニヤリと笑った。

「――フッフッフ。成る程、良く出来ている。……小賢しい程にな」

 満足そうな顔をして、紙を人差し指で弾いた。

 再び俯くと、ナイフが視界に入ってきて、トンフィーは目のやり場に困ってしまい、膝の上のアケに視線を移した。

(……そんな顔しないでよ)

 見上げてくるアケの目が、まるで自分を責めているように感じて思わず目を逸らしてしまう。

「あの……僕、もう帰ってもいいかな?」

 トンフィーは、のろのろと切り取った紙を本の間に挟み込んで、それを鞄の中に入れた。

「ん? ――ああ。構わんぞ。俺はさっそくこれをレジスタンスに持って行こう」

 ブラッドが大切そうに手紙を懐に入れるのを横目でチラリと見て、トンフィーは立ち上がった。急ぎ足で出口へと向かう。

「おい!」

 突然呼び止められて、トンフィーはビクリとして立ち止まった。

「な、なに?」

 まだ何か恐ろしい事を言いつけられはしないかと、ビクビクしながら顔だけを僅かに後ろに向ける。

「俺が裏切り者だと誰にも言うなよ。絶対にな」

 低く唸るように言われて、トンフィーは何度も頷いた。

「わ、わかったよ……。絶対に言わないよ」

「もしも言ったら――」

 ブラッドが一旦言葉を切って黙り込んでしまったから、トンフィーは恐る恐る後ろを振り返った。そして、血走った恐ろしい目を見てギクリとする。


「お前もソフィーもバラバラに切り刻んでやる! 命の石を使っても復活出来ない程に、バラバラにな! ――さあ、行け!!」


 トンフィーは転がり出るように外に飛び出し、一度も振り返らずに自らの家の中へと飛び込んだ。

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