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裏切り者 15

 プラムじいさんは首を傾げている。トンフィーはガサゴソと鞄をあさりだした。

「おじいさんは字がとっても上手だから、僕も、上手になりたくて」

「うほほ。嬉しい事を言ってくれるのう」

 プラムじいさんはいよいよニッコニコしている。トンフィーは鞄から一冊の本と、紙を数枚取り出した。

「この本の中から、今度国語のテストで文章を書く事になってるんだ。……ほら、このページだよ」

 トンフィーの開いたページを、プラムじいさんはふむふむと見ている。トンフィーはそこに、紙を一枚差し出した。

「僕の汚い字で申し訳ないんだけれど、お手本を書いて来たんだ。この本だと難しい漢字がたくさんあるから、先生がひらがなに直すようにと言っていて……。このお手本通りにおじいさんに書いてもらって、今度は、僕がおじいさんの書いた字をお手本に――」

「お手本の、お手本の、お手本かの?」プラムじいさんはニッコニコと、トンフィーを見て首を傾げる。

「あ、あの――少し、ややこしいんだけども」

「お安いご用じゃよ」トンフィーの手からお手本の紙を受け取り、何も書いていない紙を引き寄せた。「これに書けばいんじゃな?」

「うん……。お願いします」

 プラムじいさんはペンを手にし、手本を真似ながら、真剣な顔付きで文章を書き始めた。トンフィーはホッとしたような、逆に胸がざわつくような複雑な気持ちでその様子を見守った。

 ――お安いご用だ。

 プラムじいさんが先ほど口にした言葉に、夕べのあの女の声が蘇った。同じようなセリフなのに、プラムじいさんが口にすると全く違うものに聞こえる。あの女の冷たい声に対して、プラムじいさんの方は暖かく、人を安心させるような響きを持っていた。

「お! こりゃあ意外に簡単な字に見えるが、案外バランスをとるのが難しいんじゃよ」

 プラムじいさんは真剣な顔で「い」という字を書いてふ~っと額の汗を拭うと、再びニッコニコと続きを書き始めた。トンフィーはその書き上げられて行く文章をぼんやり眺めていた。

(本当に、綺麗な字だ)

 今度は目線を顔の方へと向けると、いつもと同じようにニッコニコとしていて、遂には鼻歌まで歌い始めた。

「ググッとモーニング♪ えいっ――と、ちと曲がったか……? ――いや、大丈夫大丈夫。ググッとモーニングお兄さん♪ ……ふむふむ。よっしゃ~! 後一行じゃな。気を抜かずにやらねばな……。何と言っても文章はバランスが大切じゃから――よっ、はっ、ん~…………出来たぞよ! …………およ?」

 仕上がった文章から目を離し、笑顔でトンフィーの顔を見たプラムじいさんは、思わず目を丸くしてしまった。なぜなら、

「どうしたんじゃ?」

 ――トンフィーが、泣いていたからだ。

 唇を噛み締めて両目を瞑り、そこから涙を溢れ出させている。

「おーおー。よしよし……」

 プラムじいさんはトンフィーの頭を優しく撫でた。その手は意外に大きく、そしてとても暖かかった。

「うんうん。それじゃ、ぽかぽかココアでも持ってきてやろうかの。ちょっと待っておれ」

 プラムじいさんはキッチンに立って、カチャカチャとココアを入れ始めた。トンフィーは待っている間、涙に濡れる瞳で、出来上がったプラムじいさんの文章をぼんやりと眺めていた。

「ほれ。これでも飲んで落ち着いて。それと――これじゃ」

 湯気の上がる暖かそうなココアの入った大きなマグカップ差し出された。そしてそれと――もう一つ。お皿の上に美味しそうなタルトが乗っていた。

「昨日メルメルがサツマイモを持って帰って来ての。トンピー君と二人で掘り出したと、顔を土で真っ黒にして喜んでおったよ。そのサツマイモでタルトを作ったんじゃ。明日トンピー君にあげるようにと言って、メルメルに持たせようと思っておったが――丁度良かった。試食じゃ試食」

 ニッコニコと差し出されたホークを受け取り、トンフィーはゆっくりとタルトをホークで半分にカットした。サクッと小気味よい音がする。大きめの一切れを一気に頬張ると、程良い甘さが口の中に広がった。

「どうじゃな?」

 心配そうに覗きこんでくる優しい顔を見て、トンフィーは再び涙が出て来た。

「ありゃりゃ……。まずかったかのう?」

 頭を掻くプラムじいさんに、トンフィーは慌てて首をブンブンと横に振った。

「――ほんなころない。へかいいひ、美味ひいよ!」

「うほほ! 世界一は誉めすぎじゃぞい」嬉しそうにプラムじいさんは笑った。

 トンフィーが残りを一気に平らげると、プラムじいさんは茶色の紙袋を差し出した。

「これは家に帰ってお母さんとお食べ」

 トンフィーはハッとして紙袋を見つめた。

「どうしたんじゃ? もしかしてお母さんはサツマイモが嫌いかの? それなら、何か別の物を――」

「大好きなんだ」トンフィーは袋をゆっくり受け取った。両手でしっかりと持つ。「ありがとう……」

「なんのなんの。どう致しましてじゃよ」


 メルメルが帰って来るとまずいので、トンフィーは早々においとまする事にした。結局、プラムじいさんはトンフィーが泣いた理由を聞かなかった。

「それじゃ……お邪魔しました」

 トンフィーはぺこりと頭を下げた。チリチリと腕の中でアケの鈴がなる。

「またおいで」

 プラムじいさんはドアの前でニッコニコと手を振った。足元にはちゃっかり二匹の茶トラの猫が座っている。

「あの――くれぐれも――」「メルメルには内緒じゃな?」

 唇に人差し指を当てながら、いたずらっぽくプラムじいさんがウィンクした。トンフィーこっくりと頷く。勉強ばかりしていると思われると恥ずかしいから、メルメルには今日来たことを秘密にしておいてくれと頼んだのだ。

「じゃあ……ごちそうさまでした、おじいさん。本当に、どうもありがとう……」

「うん、うん。またいつでもおいで」

 トンフィーはおじいさんの姿が見えなくなるまで、何度も何度も振り返って、大きく手を振ったのだった。

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