裏切り者 11
トンフィーは眉根を寄せて考えた。
――悪魔の兵隊であるこの女が言うのだから、我が王とは暗黒王の事なのだろう。それに逆らう反乱者達……。果たしてそれは本当に悪巧みと言えるのか?
トンフィーの今まで得た知識によれば、暗黒王の人々に対する行いはあまり素晴らしいとは言い難い。逆らう者がいれば、街ごと滅ぼしてしまったりもするし、意味のない虐殺さえするという。そんな暗黒王に逆らう者達がいても、何ら不思議な事は無い気がする。そしてそんな者達は、
(この人の言うように悪い連中と言えるのかな……)
トンフィーの心の声が聞こえたかのように、女は目を細めて困ったように言った。
「何かと王の事を悪く伝えられているようだけれど、真実はねじ曲げて伝えられる事が多いからねぇ。反乱軍の連中がわざと嘘を広めているなんて話もあるしねぇ」
「…………」
疑わしそうに顎を引くトンフィー。女は呆れたようにその顔を見た。
「大体、十一年前の戦争の事だって、坊やはその目で見たわけじゃないだろう? 暗黒王が悪くて女王が正義――まるでそんな風に伝えられているけど、事実は違う。とんでもない悪政を行っていたトキアの女王や、それを止めようともしない大臣連中。国が駄目になって行くのを見るに見かねて、暗黒王が正義のもとに立ち上がったのさ」
そんな話は聞いた事が無い。トンフィーは目を丸くした。
「そ、そうなんですか? ――でも、僕が見た本には――」
「言ったろう? 真実はねじ曲げて伝えられているんだ。自分で見た事以外信じるんじゃないよ……」
女は、そのうちトンフィーの頭でも撫で出すんじゃないかと思うくらいの優しい声で言った。逆にそれが気持ち悪くてトンフィーは一歩下がってしまった。
「……そ、それで手伝いって? ――そのレジスタンスと関係ある事なんですか?」
女はニヤ~っと笑いながら頷いた。
「坊やはお利口だから助かるねぇ。――そうさ。そのレジスタンスのリーダーをあぶり出すのに坊やの力を貸して欲しいんだ」
「リーダーを、あぶり出す……?」
(あぶり出してどうしようって言うんだよ……)
自分にそんな事が出来る気はしないが、どちらにしてもあまり積極的に手伝いたいものではない。
「あ、勘違いするんじゃないよ。私らは決してあぶり出して殺そうとか、そんな事を考えている訳じゃないからねぇ。ただ、話し合いをしたいのさ」
「……話し合い?」トンフィーは、また疑わしそうな目を女に向ける。
「あの連中も暗黒王に対して誤解があるようだから、それを解いてやりたいのさ。だけどいくら言ってもこちらの呼びかけに応じようとしない。ちゃんと人の話しを聞くように園で習ってないのかねぇ? ――そう。坊やのように」
女は、自分では優しい微笑みのようだと思っているらしい薄気味悪い笑いを浮かべた。
「……それで、どうやってあぶり出すんですか?」
トンフィーは先を促した。いつの間にか日も沈んで辺りとっぷりと暗くなってしまった。これ以上この不気味な女と一緒にいたくはない。
「ちょいとずるい方法だけどねぇ……。向こうが悪いんだから仕方が無い」
「だから――どんな方法なんですか?」遠まわしな言い方に、トンフィーは少し苛立ってきた。
「この町にいる奴の味方に、呼び出しの手紙を書いてもらうのさ。ちょいとだけ騙してね」
――この町にも反乱軍が潜んでいるのか。女の言葉にトンフィーは少し驚いた。こんな田舎の、暗黒王の支配さえ届かないような町に……。いや――
(だからこそかな……)
トンフィーはそこまで考えてハッとした。「……え? 騙すって、どうやって?」
――まさか……僕が?
「そこで、坊やの力が必要になってくるのさ……」女はまたあの笑いを浮かべた。
(……やっぱり)
「もしかして、僕の知り合いにレジスタンスがいる、とか?」
「ヒーッヒッヒ! 坊やは本当に頭がいいねぇ! その通りだよ!」
トンフィーは眉根を寄せた。やっと話が見えてきた。なんだか嫌な事に加担させられそうだ。トンフィーは溜め息を吐いた。
「それで……その知り合いって、誰なんですか?」
(隣の家のブラッドさん――お肉屋のラウルさん――リリアンのお父さんは自警団もやっているし、もしかすると……)
様々な知り合いの顔が思い浮かぶ。みんな正義感の強そうな屈強な男達だ。しかし、次に女が出した思いもよらない名前に、トンフィーはひどく驚いてしまった。
「坊やの友達にメルメルって子がいるだろう?」
「め、メルメル? ――どうして――メルメルがどうしたんですか?」
女の口からメルメルの名前が出るだけでも嫌悪感を抱くのに、しかも、この会話の流れで出てくるなんて。トンフィーは、とても鼓動が早くなっている自分を感じた。
「そのメルメルの爺さん――確かプラムとか言ったかしら? あの爺さんもレジスタンスなんだよ」
トンフィーは目が飛び出て落ちるのじゃないかと思った。
頭にプラムじいさんの優しい笑顔が浮かぶ。とっても穏やかであったかいメルメルの大好きなおじいさん。トンフィーだって、優しいプラムじいさんの事は大好きだった。
「う、嘘だ、メルメルはそんな事、一言も――」
「あの子は知らないんだろうさ……。あんな幼い子に話したら町中に知れ渡っちまうだろう?」
確かに――。メルメルは隠し事が上手に出来るタイプじゃない。しかし、まさかプラムじいさんが反乱軍なんて……。トンフィーは頭を振った。
「まぁ、反乱軍なんて言っても、ろくすっぽ戦いを知らない様な連中がたくさんいるらしいからねぇ。見た目じゃピンとこない事もあるだろうさ。それでとにかく坊やは――」
「断ります!」
今までにない強い声に女は驚いた顔をした。トンフィーは睨むように女を上目使いに見た。
「……いいのかい? 命の石が欲しくないのかい?」
女は笑顔を引っ込め、目を細めてトンフィーを見つめた。
トンフィーは無言で女の脇をすり抜けた。
「大好きな母さんを助けたくないのかい?」
女の言葉が追ってくる。振り切るようにトンフィーは足を速める。
「お前――一人ぼっちになっちまうよ!」
女の言葉に、思わず立ち止まりそうになる自分を叱咤して、何とか振り返らずドアを開け家の中に体を滑り込ませた。




