裏切り者 6
「――母さんの……命を?」トンフィーは呆然と呟く。
「そうさ……。ほおっておけば、お前の母親はあと半月と保たないだろう。それを、私なら助ける事が出来るんだよ」
「い、一体どうやって――」
頭のおかしい女のくだらない話かも知れない。そう思いながらも、藁にもすがるような気持ちでトンフィーはたずねた。女はニヤリと笑う。
「命の石さ」
「命の――石?」
思いもよらなかった答えにトンフィーは唖然とした。
「そう――命の石だ……。お前はその存在を知っているかい?」
勿論知っている。トンフィーの年頃には他の子だってすでに授業で習っているし、トンフィーは他の子より多くの知識を持っているのだ。だから、思わず笑ってしまったし、やっぱりこの女は頭がおかしいのだと結論づけた。
「はは……。命の石だって? 勿論知っているさ。要するに、ゾンビを作る材料さ」
くだらない事だという顔で首を振るトンフィーを、女は目を細めて見つめる。
「ゾンビねぇ。あんまり美しくはない呼び名だねぇ……」
「そうじゃなかったら悪魔の兵隊でしょう? いずれにしても、そんな物じゃ母さんを救う事は出来ない」
トンフィーはだんだん腹が立ってきて睨むように女を見据えた。――言って良い冗談と悪い冗談がある。
「そんな事はないさ。命の石があれば、あんたの大好きな母さんが死んでも、生き返らせる事が出来るだろう?」
「だから、それはゾンビとしてでしょう! 体の腐った、ろくすっぽ口もきけないような……。そんなものにしてどうしようって言うんだよ!」
トンフィーは顔を真っ赤にして叫んだ。
「し~……。だから、そう興奮するんじゃないよ」
「トンフィー?」部屋の中からソフィーが呼びかけてきた。どうやら声が聞こえたようだ。「どうしたんだい、トンフィー? いるんじゃないのかい?」
ソフィーの小さな声を聞きながら、トンフィーは女を睨みつけながら、興奮を冷まそうと肩で息をした。
「帰ってよ」
トンフィーが囁くと、女は無言で、自らの上着を下から捲り上げた。
「な、なにを……」
下着をずらし、胸を露わにしたのでトンフィーは慌てた。しかし、
「そ、それは――」
そこにあらわれた物にトンフィーは目が釘付けになる。女は服を下げ、呆然としているトンフィーのそばにつと近づいた。そして耳元で囁く。
「私がゾンビに見えるかい?」
「トンフィー?」
再び家の中からソフィーが呼びかけてきた。女はトンフィーに背を向け歩き出した。
「よく考えておくんだよ……。お前が望むなら、私はいつでも母親を救う事が出来るのだからね」
――一体あなたは何者なのか、何故自分にそんな話をしたのか。
聞きたい事はたくさんあったが、頭の中がぐちゃぐちゃでトンフィーは何も聞けなかった。女はあの角を曲がってもう見えなくなってしまった。
「一体何だったんだよ……」
ようやくそれだけ呟き、トンフィーはその場に座り込んでしまった。そして、あの女が耳元で囁いた時の、何とも言えない、魚の腐ったような匂いを思い出していた。
「……トンフィー?」
ソフィーの声に、慌ててトンフィーは我に返って立ち上がった。
家に入ると、奥の部屋のドアが開いていて、ソフィーがベッドの上に体を起こしてこちらを見ているのが見えた。
「トンフィー、誰か来ていたのかい?」首を傾げてソフィーが聞く。
「ああ……。隣の家のブラッドさんが、――参ったよ。あの人お喋りだからなかなか解放してくれなくて」
「アハハ。気の良い男だからね。心配してくれているのさ」
トンフィーはリビングのテーブルの上に鞄を置き、ソフィーのベッドの傍らへと歩いて行った。
「お腹空いてるだろう? すぐに作るからね……。あ、何だか今日は顔色がいいな~。――熱はどう?」
ソフィーのおでこに手を置きながらトンフィーが言うと、ソフィーはニッコリ笑った。
「今日は大分調子いいよ。焼き芋も、五、六本は食べれるよ!」
「え! な、なんで焼き芋?」
トンフィーが驚いて目を丸くすると、ソフィーはいたずらっぽく笑ってリビングのテーブルの上を指差した。トンフィーの置いた鞄の中から、サツマイモが転がり出ていた。
「――アハハ! 今日は焼き芋じゃなくて芋粥にしようと思ったんだよ」
「芋掘りでもしたのかい?」
ソフィーはニコニコしながら尋ねる。どうやら本当に調子が良いようで、トンフィーはホッとした。
(あと、半月もたないなんて――嘘だ)
「そうだよ。春先に種芋を植えといたんだ。――メルメルのお芋なんてなかなか抜けなくて、二人で力を合わせてやっと抜いたら、こ~んなに大きなお芋が出てきたんだから!」
楽しそうに話すトンフィーを、ソフィーは嬉しそうに見ている。
「じゃあ、メルメルの本日のおやつは、プラムじいさんお手製のスイートポテトパイってところだね! いいな~。プラムじいさんのスイーツは本当に美味しいもんねー。こないだトンフィーが持って帰ってきたイチゴクッキーのうまいの何のって」
「アハハハハ! 明日もしかしたらメルメルがスイートポテトパイのおすそ分けをくれるかも知れないから、そうしたら母さんに持って帰ってきてあげるよ」
「イェーイ! ヤホホーイ!」
子供みたいにはしゃぐソフィーをニコニコ眺めながらも、トンフィーの目の裏には、ずっとあの女の胸に埋め込まれた、青色の石が映し出されていた。




