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裏切り者 5

 クワ~ン コロ~ン。授業終了の鐘が鳴り、ペッコリーナ先生はガタガタと椅子から立ち上がった。

「それじゃあみなさん、気をつけて帰りなさいね。寄り道してサッカーボールを蹴っているうちに、明日の宿題をするのを忘れる、なんて事のないように」

 メルメルはサッカーボールを蹴る前からすでに宿題の事は忘れていたので、ペッコリーナ先生の言葉に、嫌な事を思い出してしまったと憂鬱になった。

(……ま、いっか。明日早めに来てトンフィーのを写そう)

 そのトンフィーは何やら大急ぎで机の上の物を鞄に詰めている。

「トンフィー、もう帰っちゃうの? みんなで帰りにドッジボールするからトンフィーも行きましょうよ」

 メルメルが誘ってもトンフィーは心ここにあらずといった様子で、ドアを開けて出て行くペッコリーナ先生の背中をじっと見つめていた。

「今日こそ、ドミニクのチームをこてんぱんにやっつけるのよ!」メルメルは拳を掲げる。

「でも、僕あんまりドッジボール得意じゃないから……」

「得意じゃなくたっていいのよ! ドッジボールは一人でも多い方が有利なんだから!」

 そうじゃなくともみんなドミニクに脅され、メルメルのチームのメンバーはたった三人しかいなかった。いつもすぐに皆やられてメルメル一人になってしまって、逃げ回るのが精一杯のうちに時間切れになってしまうのだ。

「う~ん……。いや――今日は止めておくよ。宿題もたくさん出たし。ごめんねメルメル、また誘ってよ……」

「そう? 分かったわ……」

 今日は――とトンフィーは言ったが、ここの所ずっとメルメルの誘いを断っているのだ。勉強好きのトンフィーの事だから、おそらくは家に帰って勉強でもしているのだろうと思ったが、今日のようには声をかけないでいると、挨拶もそぞろに大急ぎで帰って行ってしまったりする。

 メルメルが首を傾げていると、やはりトンフィーは慌てた様子で、足元でじゃれついていたアケを抱え上げてとっとと教室を出て行こうとする。何だか気になって声をかけようと立ち上がったところに、

「おい! 今日もキャッキャキャッキャと逃げ回るだけのつもりか? この猿女!」

 メルメルはギロリと振り返った。

「うるさいわねドミニク! 今日は秘策があるんだから……。あんたのチームなんかこてんぱんにしてやるわ!」

「なんだと~? よく言うぜ! だいたいお前のチームは――」

 勿論秘策などない。ごちゃごちゃ言っているドミニクを無視して視線を戻すと、メルメルが強がっているうちにトンフィーはすでに教室からいなくなってしまっていた。


 トンフィーは息を切らし走っていた。腕の中でチリチリとアケの鈴が鳴っている。園から家までは十五分くらいあるので、メルメルと違って体力のあまりないトンフィーにはかなりきつかったが、耳も顔も赤くし、心臓をドクドクさせながらも休むことなく家まで走り続けた。

 ――ソフィーが、家で待っているのだ。

 最近本当に具合が悪くて、昨日などは食べた物を全部もどしてしまった。

(もっと消化に良い、食べやすい物にしなくちゃ……)

 今日は幸い、園の課外授業で芋掘りをした。サツマイモはソフィーの好物だし、今日の夜は芋粥を作ろうとトンフィーは考えていた。

 四二.一九四キロまで来たマラソン選手のように、額に汗を一杯浮かべてフラフラしながら走っていると、

(――あの、嫌な曲がり角だ)

 家まで残り百メートルといった所に大きな曲がり角がある。何故、嫌な曲がり角だとトンフィーが思っているかというと、いつもその手前の辺りで何だかとっても悲しい気持ちになってしまって、涙が込み上げてくるからなのだ。そして込み上げてきた涙を、瞬きを十回も二十回も繰り返してなんとか堪えなくてはならない。

 そこまで、せっかく一生懸命に走って来たのに、トンフィーはドアの前まで辿り着くと、五分以上は身じろぎせずに突っ立ている。

 ――実は、家に入るのが怖いのだ。

 もしかしたら、ベッドでソフィーが冷たく、魂の無い抜け殻になっていたらどうしようかと考えてしまうのだ。

 トンフィーが肩で息をしながら、勇気が出るまでいつものようにしばらく突っ立っていると、

「どうしたんだい坊や?」

 後ろから突然声をかけられて、トンフィーは飛び上がる程に驚いて振り向いた。するとそこに――肌の色の以上に白い、目尻の吊り上がった女が立っていた。

「おやおや? ずいぶんと悲しそうな顔だねぇ……」

 ――なんて赤い唇なんだろう……。何だか――何だかとても、

(気持ち悪い……)

 トンフィーは、初めて会う人にこんな事思ってはいけないと考えながらも、思わず眉をひそめた。

「ど、どちら様ですか?」

「私はお前の望みを叶えられる、この世で唯一の者さ……」

「………………?」訳の分からない答えにトンフィーは首を傾げる。

(頭がおかしいのかな?)

 女はドアの向こうを透かし見るように目を細めている。

「もう長く無いねぇ……。お前の母親」

「――! な、何だって?」

「し~」

 トンフィーが驚いた声を上げると、女は自らの唇に指を押し当てた。その仕草さえも薄気味が悪い。

「家の中に聞こえてしまうよ……。あまり心臓が良くないんだろう? 驚かすような事をしない方がいいよ」

 猫なで声で女が言う。トンフィーは仕方なく声のトーンを抑えた。

「あ、あなたは何なんです? 大体――どうしてそんな事を――」

 すると女は口元を手で抑えて笑った。

「クックックック……。私が何者かなんてどうでもいいじゃないか……。大切なのは、私がお前の母親の命を救える唯一の人間だということさ」

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