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裏切り者 4

「……トンフィー」

 語りかけると、ずっと俯いていたトンフィーはビクッと体を震わし、おずおずと顔を上げた。泣きそうな顔でメルメルを見る。

「トンフィー……。お願い、理由を教えて?」

 メルメルは問い掛けた。精一杯――普通の声で。トンフィーは無言でメルメルをしばらく見つめ、ギューッと強く目を閉じた。その様子を静かに皆が見守る。もう、口を開く者はいなかった。

 そして、ゆっくりと、トンフィーがその目を開いた。

「……命の石を……手に入れる為、だったんだ……」

 遂に言ってしまったというような顔で、トンフィーは天を仰いだ。その様子を眺めながら、メルメルはまったく意味が掴めずにいる。

「命の――石?」

 ――何故ここで命の石が出てくるのか? 

「……ソフィーか」ラインが静かな声で呟いた。

 トンフィーはコクリと頷く。メルメルには相変わらず意味が分からない。しかし、周りを見れば、皆それだけで全てを察したのか、何故か一様に驚愕したような表情を浮かべている。

 ――命の石。――ソフィー母さん。

 命の石と言えば、闇の軍隊が編み出したとされる、俗に悪魔の技法と呼ばれている死者の復活が思い浮かぶ。

 命の石という青色の石に、力のある術者がある魔法をかけて――その魔法がどんなものかは知られていないが――死者の胸にその石を埋め込む。埋め込まれた者は、新たな命を手に入れ復活をする。残念な事に復活と言っても、体の方は腐ったままでろくに口も聞けないのが常だが、ごく稀に、強い力を持っている者は姿形もそのままに、生前と変わらずにいられる事もあるという。

(その命の石とソフィー母さんが、どう繋がるのよ? …………!)

「ま、まさか……」

 メルメルは恐ろしい考えに思い至って言葉を無くした。トンフィーは悲しそうにメルメルを見て頷いた。

「母さんは、三カ月くらい前から、少しずつ体の調子が悪くなってきていたんだ。特に、一月前からはひどかった。以前は僕が園から戻ると、言うことをきかない体に鞭打って、僕の為にご飯を作ってくれたりしてヤキモキしたんだけれど、もう、トイレに行くのにも一人では起き上がれなくなってしまっていた……」

 この言葉にメルメルは驚いた。そんな素振りを、トンフィーはいっさい見せていなかったからだ。

「どうして言ってくれなかったのトンフィー? 何か――何か手伝いが出来たかも知れないのに……。あなた、一人で抱え込んでしまったら辛かったでしょうに……」

 メルメルと同じ気持ちらしく、ペッコリーナ先生が涙声で言った。トンフィーは俯いた。

「誰かに話してしまったら、母さんがもう長く無い事を認めてしまう気がして……怖かったんだ……」

 メルメルは隙あらば飛び出そうとする涙を、唇を噛んで我慢していた。

 ――ソフィー母さん。

 病気とはいえ威勢のいい人で、メルメルが遊びに行くといつだって陽気にカラカラと笑っていた。そして、口癖のようにこう言うのだ。

 

 ――ね、メルメル。あんたは本当にいい子だね。一生トンフィーの友達でいておくれね。出来れば嫁さんに来てくれた方が良いけれど、そればっかりは強要出来ないから、言わないでおこう。――ってすでに言ってるか! アハハハハハ!


「あの頃、母さんは僕に毎日謝っていた……。ごめんね、ごめんねって……」

「……何故?」

 目頭にハンカチを押し当てながら、ペッコリーナ先生は首を傾げた。

「母さんは、自分があとわずかしか生きられない事を悟っていた。――僕を一人残して死んで行く事を……ごめん、と」

 

 ――ごめんねぇ……トンフィー。お前を一人ぼっちにさせてしまうわね……。ごめんねぇ……。


「僕は――その言葉が恐ろしかった……。一人ぼっちになるなんて――母さんが、いなくなるなんて! ――だって、ずっと二人で生きてきたんだ。生まれてから、ずっと、母さんと二人きりで……」

 トンフィーの頬から顎にかけて透明な液体が一筋流れて、一瞬メルメルはトンフィーが泣き出したのかと思ったが、そうではなかった。いつの間にか、ポツリ、ポツリと雨が降り出していたのだ。自分の頭や肩も薄っすら湿っていたのだが、そんな事にも気付かない程メルメルは動揺していた。

「そりゃあ、母さんは病気で、ほとんどベッドから出られなかったし、一緒に外に出掛ける事も出来なかった。でも、僕にとってはそんなの全然構わなかったんだ……。生きてさえ、いてくれていれば――そばにいてくれさえすれば……」

 メルメルにはトンフィーの気持ちが良く分かった。メルメルもずっとプラムじいさんと二人きりで暮らしてきたからだ。

 ――もし、おじいちゃんがいなくなってしまったら……。

 とても、一人では生きて行けないだろう。考えるだけでも恐ろしい。

「だけど、母さんの具合はどんどん悪くなっていった……。食事もろくすっぽとれなくてやせこけてしまった……。僕は、園に行くと毎日――ペッコリーナ先生に話さなければ、メルメルに相談しなければと思いながら、結局、何も言えず家に帰っていた。だけど、家に帰るのも本当は恐ろしかった……。帰ったら、もしかしたら母さんが死んでしまってるんじゃないかと思うと――とても恐ろしかった……。そんな時――」

 皆身動き一つせずトンフィーを見つめている。雨は少しずつ強くなってきていたが、移動しようと言い出す者はいなかった。

「――そんな時、あの女が現れたんだ」

「あの女……?」

 グッターハイムが小さく首を傾げる。もう先程の怒りの表情はなく、その目には同情するような色が浮かんでいた。

「目がつり上がって、肌の色が以上に白い……不気味な女だった」

 メルメルは目を見開く。「そ、それって――」

 トンフィーはコクリと頷いた。そして、再び俯く。

「――その女は言った……。命の石さえあれば、僕は母さんのそばに、一生、いられる……と……」

 最後は消え入るような声だった。それが、どういう事なのか分からないトンフィーではあるまい。分かっていて、それでもなお、ということか。

 雨はいよいよ強さを増して、その場にいる全員の体も心も急激に冷やしていった。メルメルは続きを聞くのが恐ろしかったが、一度話し始めると、長い間胸につかえていた物を吐き出すかのように、トンフィーは次から次へと語り始めた。

「――そう……。一月程前――」

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