裏切り者 3
そろ『ある人』が一体 何者なのかをお教 えしよう。それは、王
国の天才魔術師――フ ィメロの事である 。皆様は、かつて彼が
トキアの国の宰相を務 めていた事を知っ ているだろうか? そ
れが今では闇の王国で 無敵の闇の軍隊を 操る軍師となった。
暗黒王が軍政の全てを まかす事が出来る のはフィメロのみだろ
う。更に彼は、悪魔の 技法を編み出した 事でも知られている。
なんと私は彼がきてい たいしょうに直接 触れる事に成功した。
大きさや形などを明確 に伝えたいので、 レプリカを作った。実
に良い出来栄えなので 是非きてほしい。 そのいしょうを身にま
とったまま記念写真を 撮るなどというの も、おつなものではな
いだろうか? ――も っとも、ゲリラ的 に開催される私の展示
会、『闇の王国の秘密 』に訪れる事が出 来ればの話だが……。
メルメルはハッと息を呑んだ。そこに現れたのは、グッターハイム宛てに書かれた手紙などではなく、まったく別の文章だった。
「な、何だこれは……!」
ニレは驚いて、返す返す文章を見ている。メルメルはトンフィーの様子が気になったが、そちらを見る勇気が持てなかった。変わりに、頭の中に再び呼び起こされた言葉を必死で打ち消していた。
――裏切り者。
メルメルは頭を右左にブンブンと降った。するとその目が、ふとラインの澄んだ目と出会った。
(もしかしたら、ラインさんは気付いていたのかも……)
表情が変わらないのはいつもの事だが、それにしても余りにも動揺した様子が無かった。紙を覗きにも来なかったのだ。
「――つまり、プラムは俺宛に手紙など書いていなかったと言う事だ」
ラインの様子に気を取られていたメルメルは、グッターハイムの言葉にハッとした。
「それじゃあ、この文章は一体何なんですか?」ニレが首を傾げる。
「この文章は――その中にあるわ」
ペッコリーナ先生はニレがいまだに手にしたままの本、『闇の王国の謎』を指差した。ニレは驚いた顔で本を見た。
「こ、この中にですか?」
「貸しなさい」
ペッコリーナ先生は、ニレから本を受け止りパラパラめくり始めた。
「どの辺りだったかしら……」目的のページが見つからずに首を傾げていると、
「冒頭の方だ」ラインが言った。
ペッコリーナ先生は始めからページを一枚ずつめくり始める。
「――そうだったかしら? ……あ! あったわ……これよ」
ついての情報をお教えしよう。
この、闇のベールに包まれた人物の秘密を探るのに私はいつ
もにまして危険な思いをした。だが命がけの潜伏の甲斐があっ
て、とっておきの秘密を手に入れる事が出来たのだ。
さて、前置きはこのくらいにして、そろそろ『ある人』が一
体何者なのかをお教えしよう。
それは、王国の天才魔術師――フィメロの事である。
皆様は、かつて彼がトキアの国の宰相を務めていた事を知っ
ているだろうか? それが今では闇の王国で無敵の闇の軍隊を
操る軍師となった。暗黒王が軍政の全てをまかす事が出来るの
はフィメロのみだろう。更に彼は、悪魔の技法を編み出した事
でも知られている。
なんと私は彼が着ていた衣装に直接触れる事に成功した。
大きさや形などを明確に伝えたいので、レプリカを作った。
実に良い出来栄えなので是非着て欲しい。その衣装を身にまと
ったまま記念写真を撮るなどというのも、おつなものではない
だろうか?
――もっとも、ゲリラ的に開催される私の展示会、
『闇の王国の秘密』に訪れる事が出来ればの話だが……。
ペッコリーナ先生が見せたページには、確かに先程の文章と細部に違いがあるものの、ほとんど同じような物が書かれていた。
「プラムはこの文章を書いたのね。――理由は分からないけれど」
ペッコリーナ先生が疲れた顔で言った。
「書かされたんだろうさ。何らかの方法で騙されてな。……俺宛にあんな手紙を書けと言ったら、そうやすやすとは書かないだろうが、あんな文章なら疑わせずに書かせる事も出来るだろう」
ジロリとトンフィーに視線を送るグッターハイム。メルメルはついその視線を追って、意識的に目をそらし続けていたトンフィーの顔を見てしまった。
(トンフィー……!)
余りに青白い顔と、焦点の定まらないような瞳を見て、メルメルは涙が込み上げてきた。
「何者かがこの文章を書かせ、周りを切り取ってグッターハイム宛ての手紙を作り出したのね……」
力無い声で、俯きながら喋るペッコリーナ先生に、グッターハイムが呆れた声を出した。
「何者かだと? ここまで分かりきっているのに遠回しな言い方はよせ。――おい貴様!」
そう言ってグッターハイムはトンフィーの胸を拳で押した。トンフィーはよろよろと後ろに数歩下がった。
「どうやってプラムにこの文章を書かせたんだ? ……いや。そもそも何故俺達を――メルメルを裏切ってこんな事をしたんだ?」
グッターハイムの言葉にトンフィーの顔が大きく歪んだ。泣きそうな顔でメルメルを見る。
「ちょっと待ってグッターハイム!」ペッコリーナ先生がトンフィーとグッターハイムの間に割って入った。「何か――何か事情があるに決まっているじゃない! ね? トンフィー……」
トンフィーは黙っている。
「じゃあ、その事情とやらを聞こうじゃないか。だが、いずれにしても、今の今まで俺達を欺いていた事に変わりはないがな」
険しい顔付きでグッターハイムが言う。
「で、でもこれをトンフィーが書かせたとは限らないじゃないですか! ……裏切るなんて。そんな子には見えないな……」
ニレは、眉をハの字にしている。
「だったら黙っている必要は無い! 自分はやっていないと言えばいい!」
怒鳴るグッターハイム。
「良い子なのよ……。真面目で、優しくて……。悪い事の出来る子じゃないわ」
ペッコリーナ先生は困り顔だ。
「じゃあ、その優しくてお利口な坊やの本に挟んであったこの紙切れを、一体どう説明するんだ?」
グッターハイムは紙を高く掲げた。
「それは――だから、何か事情があるのよ!」
叫ぶようなペッコリーナ先生。
「そもそも子供が、こんな文章を書かせてリーダー宛ての手紙を作り出したり出来ますかね?」
ニレがおどおどと口を挟む。
「誰か知恵をつけたのかも知れない。――おい! どうなんだトンフィー!」
再びトンフィーの胸を押そうと手を伸ばすグッターハイム。その手をペッコリーナ先生は払いのける。
「やめてちょうだい! あなたは、乱暴な態度を取れば相手が言う事を聞くと思っているのね!」
ヒステリックな声を上げるペッコリーナ先生。
「何だと! ……大体、教え子が影でこんな事をしても気付かないなんて、教師失格じゃないのか?」
片眉を上げて、挑発するように言うグッターハイム。
ペッコリーナ先生は顔色を無くした。「そ、それは――」
「いい加減にしろ二人とも!」
皆ハッとしてラインの方を向いた。グッターハイムとペッコリーナ先生は我に返り、自分を恥じて俯いた。そんな二人の様子を一瞥して、ラインはメルメルを見つめた。メルメルは先程までの大人の言い争いに、胸がドックンドックンと高鳴っていた。しかし、ラインの青い目を見つめ返すうちに、段々と心が落ち着いてくると、ゆっくりとその視線をトンフィーに移した。




