裏切り者 1
ラインと二人で駈けて行ってから、メルメルはいつものように元気なニコニコ笑顔に戻っていた。トンフィーは、本当に眠たくて様子がおかしかっただけなのかな? だから、ひとっ走りして元気になったのかも知れない、と考えてホッとしていた。ところが、
「う~ん……。どうしようかな……」
急にメルメルは、腕を組んで考えこんでしまった。
「どうしたの? メルメル」トンフィーが首を傾げる。
「よーし!」メルメルは、まるで何かを決意したかのように、一つ大きく頷いた。そして、キリリッと前を向く。「みんな聞いて!」
突然のメルメルの大声に、皆ビックリしてしまった。
「何だ何だ?」グッターハイムは目を丸くしている。
「突然どうしたのよ?」ペッコリーナ先生も首を傾げている。
「ちょ、ちょっとドッキリしちゃったよ……」ニレは引きつった顔をしている。
「…………」ラインだけは無表情のままだ。メルメルがこの後、何を言おうとしているのか分かっているのだ。
「実はワタシ、みんなに誤らなくちゃいけないの……」今度は急に声の小さくなるメルメル。
「謝るって?」
いよいよトンフィーは首を傾げる。皆も、不思議そうにメルメルを見つめた。
「ワタシ、あの、その……みんなを疑っていたの。――いえ、本気で疑っていた訳じゃないのよ! ただ……少しだけ、もしかしたらって……」
皆、一体何を急に言い出したのか分からずにポカンとしている。
「……疑うってどういう意味なのメルメル? 順を追って説明しなさい」
ペッコリーナ先生が、先生らしく冷静に問いかけると、メルメルは少し気持ちが落ち着いてコクリと頷いた。
「森で――プー助を探していた時に敵に会ったと言ったでしょう?」
「ええ」ペッコリーナ先生はすぐに頷いた。
「その敵が、ラインさんが来て逃げ出す直前に言ったの。裏切り者がいるって……」
上目遣いにペッコリーナ先生を見つめるメルメル。ペッコリーナ先生はさすがに驚いた顔になった。「裏切り者って――私達の中に?」
「あの人は……仲間の中にって、言っていたわ」
この言葉に一同は静まり返った。誰かに、早く何か言って欲しくてメルメルは周りを見回した。眉根を寄せて怖い顔をしたグッターハイムの顔に出会って、思わず首をすくめる。
「俺は――」グッターハイムが呟く。「ずーっと怪しいと思っていたんだ――」そう言って自らの乗った馬を、ニレの乗った馬の横に付けた。
「この野郎ニレ! さてはお前が裏切り者だな!」ガバッとニレの頭に腕を回して引き寄せた。
「イダダダダ! な、何ですか! 何を根拠に……」
慌ててニレは逃れようとするが、グッターハイムのバカ力の前に歯が立たずにいる。
「根拠は――無い! ガハハハハ!」
大笑いしているグッターハイムに、ニレはようやく、どうやらただの悪ふざけなのだと気が付いた。
「ば、バレちゃあしょうがない!」
ニレが言うと、グッターハイムはようやく手を放した。
「実は、私が裏切り者なのです!」
えへん、と言う顔で腰に手を当てて、精一杯悪そうに言うニレ。グッターハイムに抱えこまれていたせいで頭がもじゃもじゃだから、ちっとも説得力が無い。
「――ぷっ!」メルメルは遂に吹き出した。「アハハハハハ!」
「ウフフフ! バカね~!」ペッコリーナ先生も笑っている。
「ガーハッハッハッハッ!」「アッハッハッハッ!」「フフフフフ……」
皆で(一人を除いて)ひとしきり笑った後、ペッコリーナ先生が仕切り直すように言った。
「裏切り者になれそうな頭の良い人は、残念ながらいなさそうね! さあメルメル、つまらない事考えてないで、さっさとあなたの大切なおじいちゃんを探しに行きましょう!」
「はいっ!」メルメルは元気良く頷いた。
グッターハイムを先頭に、一同は再び出発した。
――人を疑うと言う事は、人に裏切られたり、騙されたりするよりも失うものが大きい……。
馬に揺られながら、頭の中で、先程のラインの言葉が蘇る。
(……そうだ。もう、疑うのはよそう)
目を瞑り、口を引き締めるメルメル。
しかし、きつく瞑った瞼の裏側に、淀んだ暗い目がぼんやり浮かび上がってこちらをじっと見つめていた。先程みんなが大笑いする中、一人ニコリともせず青い顔をしていたトンフィーの、
暗い暗い――闇のように真っ暗な目だった。




