古の大占い師 11
上目遣いに見つめてくる少女を、ラインはじっと見つめ返した。見つめ合ったまま、しばらく沈黙が続く。
「ブヒブヒ!」二人の妙な雰囲気なんかお構いなしで、メルメルの腕の中でプー助が暴れだした。
「ど、どうしたのよ、プー助!」
「誰か来る……」
「えっ?」
ラインが林の奥に目を向ける。メルメルはギュッとプー助を抱きしめた。――また、敵だろうか?
「ブヒ~!」
苦しくてプー助がいよいよ暴れ出した時、林の奥からガサゴソと聞こえてきた。そして現れたのは、
「ブー」
大きな大きな豚だった。可愛らしいピンクのフリルがついた首輪をしている。
「あ、あれれ?」
メルメルが安心した様なビックリした様な複雑な気持ちで目をクリクリさせていると、
「ブーちゃ~ん、プー助いた~?」大きな豚の後ろからフレンリーが現れた。
「あ……。フレンリー」
フレンリーはジーッとこちらを見ている。メルメルは首を傾げた。
「どうしたの? フレン――」
「あ~! プー助だ~!」
言いながら走り寄って来て、プー助をメルメルの腕から受け取り、頬ずりする。相変わらずのフレンリーのとろ――ゆっくりさに、メルメルは内心でずっこけてしまった。
「……プ~助~……」
「あ! トンフィーの声だわ!」メルメルは両手を口に添えた。「トンフィー! こっちよーー!」
精一杯大声で呼び掛ける。すると、トンフィーの声が少しずつ近づいて来た。そして、
「メルメル!」
林の奥から息を切らしてトンフィーが現れて、メルメルは心底ホッとした。
「あら? プー助ちゃん見つかったのね」
トンフィーの後ろからペッコリーナ先生も現れた。一番信用出来る二人の顔を見て、メルメルはようやく安心した。自然と顔がほころぶ。そんなメルメルの様子を、ラインはじっと見つめていた。
「皆さん~、お騒がせしてすいませんでした~」
「まぁ、無事でなによりよ。湖に落ちでもしたら大変だもの」「ブー」
「あはは! ブーちゃん良かったね。……わ! メルメル、それ、どうしたの?」
トンフィーが、メルメルの肩の辺りを指差して目を丸くしている。首を捻って自分の肩を見てみると、クリーム色のシャツに赤いシミがついていた。
「あ……」
「先ほどのヒヒもどきの血だな……」
ラインの言葉に、皆驚いた顔をする。
「ヒヒもどきって――」「何かあったのライン?」
「敵が出たんだ。しかも、申し訳ない事に逃がしてしまった」
敵と聞いて、トンフィーは顔を青くしている。ペッコリーナ先生もとても驚いた様子だ。唯一、フレンリーだけは穏やかな顔をしているが、恐らくはまだ脳ミソの奥に届いてないだけだろう。
「こんな所に何故敵が……」
「たぶんつけられていたんだろう。なるべく早くここを離れた方が良いのだが――グッターハイムとニレを見なかったか?」
皆首を横に振る。ラインが考える仕草をするのを見て、トンフィーが言った。
「あの、空にファイヤーボールか何かで合図を送ったら、何かあったのかと思って戻って来るんじゃないですか?」
ラインは大きく頷く。
「良い提案だ。では、取り合えず我々は家に戻ろう。ホラッタばあさんが心配だ」
「じゃあ、ファイヤーボールを撃つわよ……。ルルル~ララララ~、――火の玉よ!」
ペッコリーナ先生が空にファイヤーボールを放ち、それを見上げて確認すると、ラインはとっとと歩きだした。みんなぞろぞろとそれに続いて歩き出す。ペッコリーナ先生が早足でラインの横に並んだ。
「ホラッタさんも移動させた方が良いかしら?」
「湖にかけた魔法が解けたわけでは無いだろうが……。やはり隠れ家に行って貰った方が安全だろうな」
「たぶん相当嫌がるわよ……。ちょっと厄介ね……」
大人二人の会話を後ろで聞きながら、メルメルは、先ほどからずっと同じ事を一人考えていた。あの、不気味な女の言葉だ。
――裏切り者がいるのさ!
(……バカバカしいわ)
そう思いながらも、その事を考えずにはいられなくなっていた。
(でも、わざわざワタシにそんな嘘を言う必要あるかしら……?)
心ここにあらずのメルメルの様子を見て、隣でフレンリーが首を傾げた。
「何を~考えているのかしら~? メルメル~?」
「え! う、ううん! 何でもないわ……」
「……そ~お~?」
フレンリーは疑わしそうにメルメルを見ている。メルメルは慌てて、少し後ろを歩くトンフィーの横に移動した。
(……トンフィーに相談してみよう)
「ね、トンフィー」
「うん?」
メルメルは、前を歩く大人達の様子をうかがう。ラインとペッコリーナ先生は今後について話し合っているし、フレンリーはブーちゃんと何やら楽しそうにお喋り(?)しているようだ。それを確認して、少し歩くスピードを緩め、小声でトンフィーに話し掛けた。
「さっきラインさんが、敵に会ったと言ったでしょ?」
「うん」
「実は、ワタシ一人でいる時に出くわしちゃったの……。プー助を見つけた時に偶然」
「わ~怖いな~。大丈夫だった?」
メルメルは笑って頷いた。「確かに怖かったけど――大丈夫。ラインさんが来て助けてくれたから」
ちらりとラインを見る。すると、向こうも何やらこちらを見ている事に気付いて、メルメルは慌てて早口になる。
「その時の敵が……あの、何か凄い不気味な女の人だったんだけれど……」
「――女の人?」
「そう。――ううん、それはどうでもいいんだけれど、とにかくその人が妙な事を言ったのよ」
「妙な事?」
「ワタシ達の中に――」
「メルメル! トンフィー! もっとこちらへ来るんだ」
「あ、はいっ」
ラインに言われて、トンフィーは慌てて前へ行く。メルメルはわざと少し離れて歩いていたのだが、仕方無くラインの傍まで走って行った。
「真ん中を歩いていた方が良い。まだ敵がいないとは限らないのだから……」
頷きながらメルメルは内心、(……何だか、わざとワタシ達の話を遮ったみたい)と考えていた。
「あら! ニレじゃない!」
バサバサバサ!
ニレが驚いた顔でこちらを振り返った。丁度ウォッチが飛び去ったところだった様だ。
「――あ! 皆さんお揃いでどうしたんですか? さっき空に信号が上がったから、何かあったのかと……」
「何かあったのよ。丁度良かった、歩きながら説明するわ! 行きましょう」
ペッコリーナ先生に言われて、首を傾げながらも大人しくニレはついてくる。
「あ、フレンリー! プー助見つかったんだね」
「そ~よ~。おかげ様でね~」
「良かった良かった」
ニコニコしているニレに、フレンリーは首を傾げる。
「さっき~、ウォッチが~飛んで行ったみたいだけど~?」
「え? ああ……。信号が上がったから、様子を見に行かせたところだったんだよ……」
「ふ~ん」
「それより、一体何があったんだい?」
「え~と~、実は~……」
メルメルはニレとフレンリーの話を何とはなしに聞きながら、やはりあの話は内容が内容だけに(だって、裏切り者うんぬんなんてメルメルには怖すぎたんだ)後でこっそりトンフィーにだけしようと考えていた。




